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◇◆◇


 レーベリッヒ国の王都ライベルは、周囲を山に囲まれた城塞都市だ。

 壁より内側に入ると市街地が広がっていて、そこを抜けた中央、おかの上にちんしているのが、レーベリッヒの王城である。

「一年ぶりに来てもらったというのに、今日は大変だったね、レイラ」

 客間でレイラとテーブルをはさんで向かいに座る青年が、かみと同じ金色のりゅうを微かに下げて言った。

 リッツ・レーベリッヒ。レーベリッヒ国の第一王子であり、レイラを王都に呼んだ張本人である。

 レイラがリッツと顔見知りなのは、クリフォード家が代々ブリーダーを生業なりわいとしていたため、王家の馬の世話をすることも多かったからだ。レイラはリッツの愛馬バルドの担当で、様子を見に来ることが今回の仕事である。

「まさか魔狼テルプスそうぐうするとは思いませんでした。逃げる際に馬にも随分と無理をさせてしまって……」

「先ほど、特に怪我はないと報告があった。安心してほしい」

「よかった……」

 ほっ、とレイラは胸を撫で下ろす。

 騎士とドラゴンに助けられてすぐ、レイラ達のところには城からむかえが来た。無事に登城し、少しきゅうけいを挟んで先ほどまでバルドの相手をしていたのだが、その間もずっと レイラは頑張ってくれた馬達が心配だったのだ。

 安心すると、たんのどかわきを訴えてきた。用意してもらった紅茶をすする。

「魔物に襲われても、馬達はすぐに落ち着きをもどしましたし、バルドの毛並みもよく整えられていて……王城の馬丁の方はゆうしゅうなのですね」

「ありがとう。けれど一人めることになってしまってね。よければレイラ、君を世話係としてやといたいくらいだ」

「光栄です」

じょうだんではなく、結構本気なんだけれどね? レイラが望むのなら他の仕事でも」

 長い足を組み、みどりの目をやわらかく細めてリッツが笑う。 今日レイラを呼んだのも、もしかするとこの話をするためだったのかもしれない。 そんなリッツの真意をんで、レイラも微かなみを返す。

「そこまでおっしゃっていただけて、本当に有難く思います。が……私は年に一度、こうやって様子を見に来るくらいがちょうどいいので」

 正直な話をすると、馬の世話や、バルドに会うのはいやではない。むしろ単純に様子を見に来るだけなら、ひんはもっと高くたっていい。

 それなのにレイラがきょをしたのは、城で暮らすことによって生じる人間関係を考えてだった。城で暮らすことになれば、リッツを始め、たくさんの人とかかわることになるだろう。人付き合いが苦手な身としては、クリフォード家で動物に囲まれながらその世話をする生活を選んでしまう。

「そうか、残念だ」

「すみません」

「ではせっかくの年に一度の機会だ。今日くらいはゆっくり話をさせてくれ」

 リッツの愛馬を担当する前から、レイラは養父母と共に何度かレーベリッヒ城に登城していた。そのためレイラとリッツは、会う回数こそ少ないとはいえ、五年以上の付き合いがある。さらにリッツは、レイラのうでを買ってくれているようで、馬のめんどうを見に来る以外でも、こうやって交流を持ちたがった。

 次期国王として様々な者と接することをこころけているのだろう。本来であれば対面で会話をすることもかなわない立場の人なのだ。リッツのその姿勢に、レイラはじゅんすいに感心していた。

「それにしても、レイラの乗る馬車が魔物に襲われたと知ったときは、私も気が気ではなかったよ。護衛の騎士から術具緊急れんらくを受けて、ウォルフ団長がすぐに向かってくれてよかった」

「団長……?」

「君を助けに行ってくれた、竜騎士団の団長だ。クラウス・ウォルフ。会っただろう?」

 リッツに言われて、黒髪の青年の姿がレイラののうよみがえる。自分を見下ろす金色の瞳も。

とつぜんドラゴンが現れて、さすがの君も驚いたかな?」

「はい。まさか竜騎士団が設立されていたなんて」

 竜騎士団は、最近頻繁に出没する魔物にたいこうするためリッツによってつくられた、魔物専門のとうばつ部隊だという。そして魔物に対抗できるのは魔物だと、魔物の中でも強く、最強とも呼ばれているドラゴンが、相棒として選ばれたということだった。

「ドラゴンは人間に恐れられているはずなのに」

「安心してくれ。彼らは絶対に人を襲わない。何故なら――」

「王都でそれほどまでにドラゴンと人の間に信頼関係が生まれていたなんて、私、うれしかったです」

 無意識にレイラの頰が緩む。

「やっぱりドラゴンと人間は分かり合えるはずなんです。一体いつからですか? どんな方法で? 竜騎士団ということは、あの火竜以外にもいるということですよね!? 私火竜以外とはまだ会ったことがなくて。個人的には水竜が泳いでいるところが見たいのですが、ここには何頭ほど――」

 つい興奮してしまい、ばやにそこまで口にしたレイラは、リッツがぽかんとした表情で自分を見ていることに気づいて、我に返った。

「す、すみません……」

「いや……」

 目を丸くしていたリッツは、すぐにくすくすと笑い出す。

「いつも冷静な君のそんな楽しそうな顔、初めて見たよ。ドラゴンに興味が?」

「はい」

「そうだったのか」

 魔物は人間を襲う。ドラゴンだって例外ではない。むしろあの大きな体軀で宙から襲ってくるドラゴンは、どんな魔物よりきょうだ。だからこそドラゴンに好意的な感情をいだく自分のような者が少数派だということは理解しており、レイラはそれを誰かに話したことはなかった。

「そんなに興味があるならすぐにてくれてよかったのに」

「仕事として来ている以上、個人的な感情は不要ですし……」

「本当に君は、そういうところが真面目だね。私と君の仲だろう?」

「ありがとうございます。……実はずっと、気になっていました」

「ちなみに、ドラゴンについての知識は?」

「それなりに調べたりはしていましたが、専門家の方にはとうていおよびません」

「ということは、少なくとも私よりはくわしいだろうね」

 リッツはあごに指をえ「ふむ」と小さく唸った。

「レイラ、もしよければ私達に助言をくれないだろうか?」

 ぐにレイラを見つめて、リッツが言った。今までの柔らかなふんとは一変した、しんけんな瞳と口調である。

 それはまさに、竜騎士団を設立したこの国の後継者としての顔だった。

 そのためレイラも、ブリーダーとしての表情で強くうなずく。

「私でよければ」

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