ワケあり竜騎士団で子育て始めました ~堅物団長となぜか夫婦になりまして~

文里荒城/ビーズログ文庫

第1章

1-1

★第一章★



 一台の馬車が、山道をけていた。

 

 二頭立ての馬車は、屋根や窓、とびらのついたなかなか立派なものである。開けた窓から景色を眺めつつ、のんびりとした旅を送るのに相応ふさわしく見えた。

 けれどその馬車は、乗っている者に景色を見せるつもりなどこれっぽっちもないようで、ただひたすらに速度を上げて、一心不乱に進むばかり。時折転がっていた石をみ、車体を大きくらす。

「っ」

 座席にこしを下ろしていたレイラ・クリフォードは、とっに座席やまどわくつかんでバランスを取った。少しでも気をけば舌をむか、イスから落ちてしまいそうだ。

「くそっ、王都は目の前だってのに!」

ものけの術具がこんなところで切れるなんて……!」

 ガタガタという馬車の音に混じって聞こえてくるのは、護衛の達の声。

 十七のむすめに護衛を三人もつけるなんておおだ、とレイラは思っていたが、もしいなかったらいまごろどうなっていたことか。そう考えるとぞっとする。

王都ライベル周辺ではものしゅつぼつひんが高まっていると聞いていましたが……)

「来るぞ!」

 きんぱくした声がひびいた。

 思わずレイラも、激しい風になびくカーテンのすきから顔をのぞかせる。

 木々をけるようにして姿を現したのは、闇色の獣魔物だった。見た目は、犬やおおかみに似ている。

 それらは十数ひきの群れを成し、赤いひとみを光らせてレイラ達の乗る馬車を追ってきていた。

「あれは……」

魔狼テルプスです。大きさはさほどではありませんがばやく動きます。するどに注意してください」

 騎士のつぶやきに、そくに答えたのはレイラだ。

魔犬カネリスと似ていますが、耳の形からしてそうかと」

「ありがとうございます。しかしクリフォード様、顔を出さないように。危ないですので」

「すみません」

 騎士に声をかけられ、レイラは顔を引っ込めた。おとなしく、カーテンの隙間からことの成り行きを見守る。

「俺らで魔物を食い止めます。その間に王都まで向かってください!」

「は、はいぃ!」

 ぎょしゃが情けない声を上げている。

「よし、行くぞ!」

 騎士達は腰や背中に下げていた武器を抜くと、魔狼に向けて馬を走らせた。訓練された馬達は、騎士の意思に逆らうことなく、群れへと飛び込んでいく。

 レイラはその様子をハラハラと見守る。といっても注目するのは騎士ではなく、馬だ。

 つい目で追ってしまうのは、毎日のように動物の世話をしてきた育成者ブリーダーとしての本能だろう。

 だがやはりそこはさすがで、おそってくる魔狼を、馬はれいけていた。

「ハァッ!」

 さらに騎士のるったけんから氷のやいばが飛び出し、魔狼数匹に襲いかかる。

 あれが術具――風水火土、自然の四つの力をつかさどせいれいの力を借りて作られた道具だ。

 しかし魔狼も、そうやすやすと追い返される気はないようだ。自らもりょくによるこうげきし、騎士達をほんろうする。

 魔物の魔力も、風水火土に分類される。目の前の魔狼の魔力属性は『土』だったらしい。

「あっ」

 小ぶりの山が地面から次々と盛り上がり、騎士や馬を攻撃して行く手をはばむ。しかもその山を足場に、魔狼達は騎士の頭上をえ、馬車を追ってきた。

「魔狼数匹が追いかけてきています! 急いでください!」

「ひぃぃぃ!」

 レイラに言われて、御者が馬をかす。かすかにだが速度が上がった。

(馬にはずいぶんと無理をさせてしまっていて申しわけないですね……。あとで彼らがどれだけがんったのか報告しないと)

 レイラがそんな心配をしているうちに、馬車は山を抜けて平地に飛び出した。

 緑の原の向こうに、高くそびえるかべが見える。あそこがレーベリッヒ国の誇る城塞じょうさい都市、王都ライベルだ。

 ライベルは、魔物のしんにゅうを防ぐ結界が張られているという。つまりその結界内に入りさえすれば助かるのだ。

 あともう少し、という思いで、レイラの気がはやる。

 その直後。

「きゃああああッ!?」

 しょうげきと共に、ぐるんと視界が、体が回転した。

「っぁ……!」

 気づけばレイラは原に横たわっていた。打ちつけた体のあちこちが痛む。

 うすく開いた視界のはしに、カラカラとゆるく車輪を回した馬車が転がっているのが見えた。落ちていた大きな石に車輪が引っかかったのか、それとも魔狼達の攻撃が馬車の行く手をさえぎったのか。

 どちらにせよ、たおれた馬車からレイラが放り出された、その事実は変わらない。

あの子達は…… !? )

 馬車を引いていた馬の姿は、車体に隠 かく れて見えない。をしていないだろうか。脚の骨を折っていたら大変だ。早く手当てをしないと……。

 反射的にそう思うレイラだが、低いうなごえが耳に届いて、ハッと顔を上げる。

 魔狼達が、レイラを囲んでいた。鋭い歯をき出しにして、レイラに飛びつかんと目をらんらんと光らせている。残念ながら、言葉が通じる相手ではなさそうだ。

「うわあああ来るなあああ!」

 馬車の方からは御者のさけぶ声がした。レイラと同じように襲われかけているのだろう。

 御者がどうかは知らないが――あの様子だと武器を持っていないと思われる――レイラはごしだ。襲われればひとたまりもない。

 目をらしたいっしゅんで、魔狼達はレイラに飛びかかってくるだろう。着々と近づいてくる死のきょうに、まばたきすらできない。

「っ……」

 ふるえたくちびるから、悲鳴の代わりにいきれる。

 一ぴきの魔狼が身じろぐ。それを合図にしたかのように、魔狼達がいっせいにレイラへ――

「ゃ……ッ」

 そのときだ。

 とつじょ、魔狼達がほのおに包まれた。

「え……」

 さかる炎のごうごうという音と、魔狼のかんだかい悲鳴がこだまする。熱風が、レイラのほおや後頭部で一つにまとめたぎんぱつでた。

 ぼうぜんとしているレイラの視界にかげよぎる。頭上だ。

 あわてて上半身を起こし、空を見上げる。

 青空にかんでいるのは、マグマのようにあかたいだった。馬と馬車よりも巨大な体。その体を支えているのは、左右に開いた、さらに大きなつばさである。もうはなく、形状は蝙蝠こうもりのそれに近い。

(あれは――!)

「カール……?」

 レイラは大きく目を見開いた。

 長い首がぐるりと向きを変え、馬車を見やる。立派なを揺らすと同時に方向てんかん

 口が開き、ごうッと炎が飛び出した。

「ぎゃあああ! なんでドラゴンが!? ひいいいぃぃッ!」

 炎は、御者を狙っていた魔狼に襲いかかった。魔狼達は熱さにえ、うめき、地面を転がって体にまとわりつく火をどうにかしようと必死だ。

 だが何匹かは炎からのがれていた。地面が大きく盛り上がり、それを足場にして四方八方からドラゴンに飛びかかる。

「危ない!」

 数ひきけても、別の数匹に襲われるだろう。ない攻撃に、レイラは声を上げる。

 そのしゅんかん、ドラゴンの背から刃のような光がいくつも飛び出した。背後から襲いかかったはずの魔狼がかれる。

 そして前方の魔狼は、ドラゴンの炎に包まれた。

だれか乗っている……?)

 前後左右に囲まれたじょうきょうでも、えて避けようとはしなかった。そうせずとも自分の背中は相手が守ってくれると、たがいをしんらいしているかのようである。

 ドラゴンも魔物の一種だ。そんなドラゴンと人間が信頼関係を築いているなんて……!

 レイラが瞳をかがやかせている間に、なんとか生き延びた魔狼達は、「キャインキャイン」と犬のようなか細い声を上げて、森へ向かって逃げていった。

 魔狼達がいなくなると同時に、レイラは立ち上がり馬車へと駆ける。頭を押さえてうずくまる御者に怪我はなさそうだった。

 それよりも気になるのは馬達だ。

じょうですか?」

 興奮して暴れる馬にられそうになるのを寸でのところで避け、声をかけたり、撫でたりして落ち着かせる。思ったよりも早く馬達がおとなしくなったのは、性格なのか、こういった経験が何度かあるからなのか。なんであれありがたいことで、レイラは一頭ずつ怪我を していないかかくにんする。

(一応問題はなさそうですが……)

 目に見える外傷もなければ、立ち姿に不自然なところもない。

 あんしていれば、視界のすみに、ドラゴンが降下してくるのが見えた。夕焼けのようにあざやかなしんの体がぐんぐんと近づいてくる。

「おい、だいじょ……」  

 地面に降り立ったドラゴンの背から、誰か――男だ――が声をかけてきた。

「ひいぃっ! もうおしまいだああああ! ドラゴンに食われるうううう!」

 が、男の声はおびえて丸まっている御者に掻き消される。

「食ったりしないし襲いもしない。俺らはりゅうだんだ」

「来るなあああああ!」

「……」

 混乱していて、竜騎士の話などまるで聞いていない。本来ドラゴンとは、そうやって人々からおそれられる存在なのだ。

 対してレイラは、いつもは無表情なその顔をパァッと明るくさせると、静かにたたずんでいるドラゴンへ走り寄り、その首に勢いよくいた。

「カール!」

 紅いうろこに頰をり寄せる。みずみずしいかと思った鱗は硬くかわいていて、ざり、と微かな痛みを頰に残した。予想外のかんしょくに顔を上げれば、鱗がところどころげかけている。

 また、首には革か何かで作られたらしい首輪があった。づなつながっているわけでもない。個体を判別するためのものだろうか。

(……カールでは、ない……?)

 改めて見上げたドラゴンの顔つきは、おくのものとはちがっていた。

(そうですよね。カールとは七年前のあれきりで……)

 同じ火竜のドラゴンと出会うのは初めてだったこともあり、いつもは感情的ではないレイラのテンションも、無自覚におかしくなっていたようだ。

(しかし、それよりも)

 別のかんを覚えて、レイラはじっとドラゴンをながめる。

 ドラゴンはレイラにいっさい反応せず、こちらをいちべつすることもしない。赤い瞳はくうを見つめるばかりで、何を考えているのか全く分からなかった。

 体は温かいし、呼吸もしている。けれど表情一つ変えない姿に、生を感じられない。

「あの、ありがとうございました。貴方あなたの名前は……」

「おい」

 話しかけようとしたレイラは、背後からかたを摑まれて、ドラゴンに回していた手を無理やり引き剝がされた。

「何してる」

 げんそうに自分を見下ろしているくろかみの青年が、先ほどまでドラゴンに乗っていた竜騎士なのだと、レイラは思い至った。

 背は高く、としもレイラより上だろう。二十代前半、もしくは半ばといったところか。

 自分を見つめる切れ長の金色の瞳に、レイラの目が吸い寄せられる。

(見覚えがある……?)

 彼と会ったことがあるとかそういう意味ではない。思い出したのは、以前家に迷い込んできたねこの瞳だ。レイラがどれだけやさしく接しようとしても、猫は敵対心を向けてくるばかりだった。お前なぞ信用しない――そう無意識にうったえてくる、そんな瞳。

 何故なぜそのような目を向けられるのか分からず、自分の行動を思い返して、ハッとした。

「失礼しました。この子におれいをと思ったのですが、しゃべる種でしょうか?」

「喋る? 何言ってるんだ?」

「……いえ、なんでもありません。忘れてください」

 しんな顔をする彼に、レイラは「竜騎士様もありがとうございました」と頭を下げる。

「感動しました。魔狼の攻撃に即座に対処する冷静さと、まるで一心同体のような動き」

 四方八方から襲いくる魔狼をあっさりとげいげきした姿は、彼らのこれまでの戦闘経験を物語っている。

「お二人の信頼関係が伝わってきました。まさか人間とドラゴンが共存していたとは――」

「誰がッ」

 早口でまくし立てていたレイラだったが、不快そうにられて小さく肩を揺らす。

「え……」

 聞き返すが、彼も怒鳴った自分におどろいたようだった。

 かといって謝罪もなく、彼は無言のままドラゴンの背に飛び乗る。手綱を引けば、ドラゴンは宙にがった。

「あ……」

 レイラが引き止める間もなく、ドラゴンの姿は遠ざかっていく。森に向かう様子から、逃げた魔狼を追ったのか、護衛の騎士達の加勢に行ったのか。

「誰かあああ! ドラゴンがあああああ!」

「もう行きましたよ」

 いまだにさわいでいる御者へ告げ、レイラは小さくなっていく彼らの姿を見つめ続ける。

「竜騎士団……」

 震える御者とは対照的に、レイラは目をキラキラさせ、はずんだ声で呟いた。




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