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◇◆◇



 リッツが手配した兵士に、城へと案内されるレイラの背中を見送ったあと。 「殿下、本当にそこまでする価値があるんですか?」

 客室に残されたクラウスは、苦々しげにリッツへ尋ねる。

 百歩ゆずって、レイラがドラゴン達の世話をするのはいい。だがまさか、城の裏にある人工森を使ってまでとは思っていなかったのだ。

「それで竜騎士団が存続できるなら充分だと私は思っているけれど。ウォルフ団長は違うのかい?」

「術具なしで魔物を支配下になんかおけるはずがありません。人語を話すドラゴンだなんて……あんな夢物語、本当に信じてるんですか?」

「信じる、信じないではなくて、彼女が結果を残してくれるのであればそれでいいんだよ」

 そう言って、リッツはにゅうな笑みをクラウスへと向ける。優しげであるはずなのにを言わせない雰囲気を感じて、クラウスは押し黙った。

「君は魔物を憎んでいるかもしれないが、空中でのせんとうが可能になる、それだけでも竜騎士団に価値があることは、よく分かっているだろう?」

「それは……まあ……」

「ドラゴンを使えきしているという事実で他国へのけんせいにもなるしね。それに、魔物討伐に有利であることを理解しているから、君だって竜騎士団団長の職を受け入れたんだろうに」

 全くもってその通りで、クラウスはぐうの音も出ない。

「術具はあってもなくても、私は正直構わない。けれど作るのには時間がかかって、増産も難しい。だから竜騎士団と言いつつ、まだ人数は数えるほどだ」

 術具が六個しかないため、必然的にドラゴンも六頭しか用意できなかった。

「術具なしでドラゴンを使役できるのなら、願ったり叶ったりというものだ。だから使える手はなんだって使う。その上で無理なのであれば、今まで通りでいい。……レイラには悪いけれどね」

 リッツも、レイラがドラゴンをかいじゅうできるとは思っていないようだった。成功すればおん。失敗すれば、今まで通り使い捨てればいい、と。

 ――レイラは気づいているのだろうか。あの術具は、ドラゴンの魔力を利用している。要は、あの術具を使えば使うほど、ドラゴン達の寿じゅみょうが縮まるということだ。

(殿下のおもわくを知ったら、俺と同じように引っ叩くのかね)

 果たしてレイラは、リッツの考えをどこまで理解しているのやら。

 そんなことを考えて、けれどすぐに自分には関係ない話だと、クラウスはリッツに頷いた。



◇◆◇



 翌朝、レイラは子竜を抱いて騎士館のろう歩いていた。

(確かここのはず)

「ピ?」

 扉の前で足を止めれば、腕の中にいた子竜が小首をかしげて見上げてくる。

「団長の部屋ですよ。尋ねたいことがあるんです」

 扉をノックすれば、中で人の動く気配がした。扉が開く。

「誰だ」

「レイラ・クリフォードです、団長」

 顔を覗かせたクラウスは、レイラがここにいることに驚いた表情をする。

「ピィ!」

 だが子竜の姿を確認した途端、目に見えて嫌そうに顔を歪めた。

「なんの用だ」

「ドラゴン達の食事について確認をと思いまして」

 レイラは日ののぼる前からずっと、ドラゴンの廐舎を掃除していた。一体どれだけ放置していたのかよごれはかたくなで、先ほどやっとある程度れいにし終えたところである。

 そして次に行うことといえば彼らの食事だった。ドラゴン達が何を食べるのかは、知識としてはある程度知っている。が、もし何か決まりごとや、ドラゴン各種の好みがあるのであれば、先に共有したいと思ったのだ。

 というわけで、兵士達にクラウスの部屋の場所を聞き、やって来たわけなのだが。

「知らん」

 クラウスはにべもなく告げた。

「……まさか、食事すらあたえていなかった、というわけではないですよね?」

「必要最低限は与えていたはずだ。が、それは他の騎士の担当だ。俺に聞かれても困る」

「……そうですか」

 正直、クラウスの返答は予想していたものではあった。

「ではその騎士の方の名前を教えてください。あとドラゴン達の名前も」

「食事についてはアノン・カレンベルクにけ。ドラゴンの名前は、手前から番号順だ」

「番号?」

 名前とは、個を区別するために付けるものではある。だが関心も意味もなく付けられた、判別のためだけの呼び方は、あまりにも不当な扱いである。

「いくらなんでもそれは……」

「文句があるならお前が付けろ。世話係なんだろ?」

「っ……分かりました」

「俺はもう行く」

 レイラを押しのけるようにして、クラウスが廊下に出てきた。

 レイラはなんとも言えない気持ちで、背を向けたクラウスの紅いマントを目で追う。腕の中の子竜も同じだ。

 と、次の瞬間。

「ピ!」

 揺れるマントの端を、子竜がしっかと摑んだ。

「は?」

「ピィ!」

 ぐい、と引っ張られて、クラウスがる。そんなクラウスに、子竜は何故か楽しそうに鳴くばかりだ。

「ッ、放せ!」

「ピィィ!」

「ダメですよ、おもちゃじゃないんです」

 クラウスは荒い動作で子竜からマントを引っ張り返す。レイラも子竜の手からマントを放させようとした。

 しかし子竜は全く言うことを聞かず、逆らうようにイヤイヤと首を横に振る。

「ピィッ!」

「え?」

 ぴょん、とレイラの腕から子竜が飛んだ――というより、ジャンプした。

 基本的に抱かれている間はおとなしかった子竜がそんなことをするとは思わず、レイラの対処が一拍おくれた。

 宙を舞った子竜は、クラウスの背中にべったりと張りつく。

 ぎゃっ、とクラウスの悲鳴が聞こえてきた。

「なっ、このっ、せろ!」

「ピィィィ」

 クラウスは子竜を引き剝がそうと手を伸ばすが、ぜつみょうな位置でなかなか届かない。

「ほら、こっちにおいで」

「ビイイィィィ!」

「いててててて!」

 子竜は、クラウスのえりあしを摑んでいた。レイラが子竜を抱き寄せようとすれば、必然的に髪も引っ張られてしまい、クラウスが叫ぶ。

いてえだろうが!」

「ピィ! ピィィ、ピィ!」

「一体どうしたのですか?」

 子竜は何かを訴えているようだが、さすがに分からない。

「早くどうにかしろ! たたっぞ!」

「子ども相手にやめてください!」

「子どもだろうが魔物は魔物だ!」

 決して冗談で言っているわけではないだろう。レイラはなんとかクラウスの髪を放させて、次は逃げられないようにと子竜を抱く腕に力をこめた。

「ぶぅ」

 どうしてか、子竜は不服そうだ。

(遊んでほしかった……? しかし他の方にはそんな反応見せなかったのに)

 城には従者やメイドがいたし、ここに来るまでにも兵士や騎士とすれ違った。レイラ以外の人間の姿を見かけるたびに、子竜は隠れるようにレイラにしがみつくのだ。なのでこの子は人見知りらしいと思っていたのだが……。

「次はないからな」

 切れ長の目が、レイラと子竜を冷たくねめつける。

 そして彼は足早に行ってしまった。

「ピ……」

 クラウスを追いかけようとするかのように、子竜は短い腕を伸ばす。

 そんな子竜を、レイラはしばらくの間見つめていた。

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