1-5
◇◆◇
リッツが手配した兵士に、城へと案内されるレイラの背中を見送ったあと。 「殿下、本当にそこまでする価値があるんですか?」
客室に残されたクラウスは、苦々しげにリッツへ尋ねる。
百歩
「それで竜騎士団が存続できるなら充分だと私は思っているけれど。ウォルフ団長は違うのかい?」
「術具なしで魔物を支配下になんかおけるはずがありません。人語を話すドラゴンだなんて……あんな夢物語、本当に信じてるんですか?」
「信じる、信じないではなくて、彼女が結果を残してくれるのであればそれでいいんだよ」
そう言って、リッツは
「君は魔物を憎んでいるかもしれないが、空中での
「それは……まあ……」
「ドラゴンを
全くもってその通りで、クラウスはぐうの音も出ない。
「術具はあってもなくても、私は正直構わない。けれど作るのには時間がかかって、増産も難しい。だから竜騎士団と言いつつ、まだ人数は数えるほどだ」
術具が六個しかないため、必然的にドラゴンも六頭しか用意できなかった。
「術具なしでドラゴンを使役できるのなら、願ったり叶ったりというものだ。だから使える手はなんだって使う。その上で無理なのであれば、今まで通りでいい。……レイラには悪いけれどね」
リッツも、レイラがドラゴンを
――レイラは気づいているのだろうか。あの術具は、ドラゴンの魔力を利用している。要は、あの術具を使えば使うほど、ドラゴン達の
(殿下の
果たしてレイラは、リッツの考えをどこまで理解しているのやら。
そんなことを考えて、けれどすぐに自分には関係ない話だと、クラウスはリッツに頷いた。
◇◆◇
翌朝、レイラは子竜を抱いて騎士館の
(確かここのはず)
「ピ?」
扉の前で足を止めれば、腕の中にいた子竜が小首を
「団長の部屋ですよ。尋ねたいことがあるんです」
扉をノックすれば、中で人の動く気配がした。扉が開く。
「誰だ」
「レイラ・クリフォードです、団長」
顔を覗かせたクラウスは、レイラがここにいることに驚いた表情をする。
「ピィ!」
だが子竜の姿を確認した途端、目に見えて嫌そうに顔を歪めた。
「なんの用だ」
「ドラゴン達の食事について確認をと思いまして」
レイラは日の
そして次に行うことといえば彼らの食事だった。ドラゴン達が何を食べるのかは、知識としてはある程度知っている。が、もし何か決まりごとや、ドラゴン各種の好みがあるのであれば、先に共有したいと思ったのだ。
というわけで、兵士達にクラウスの部屋の場所を聞き、やって来たわけなのだが。
「知らん」
クラウスはにべもなく告げた。
「……まさか、食事すら
「必要最低限は与えていたはずだ。が、それは他の騎士の担当だ。俺に聞かれても困る」
「……そうですか」
正直、クラウスの返答は予想していたものではあった。
「ではその騎士の方の名前を教えてください。あとドラゴン達の名前も」
「食事についてはアノン・カレンベルクに
「番号?」
名前とは、個を区別するために付けるものではある。だが関心も意味もなく付けられた、判別のためだけの呼び方は、あまりにも不当な扱いである。
「いくらなんでもそれは……」
「文句があるならお前が付けろ。世話係なんだろ?」
「っ……分かりました」
「俺はもう行く」
レイラを押しのけるようにして、クラウスが廊下に出てきた。
レイラはなんとも言えない気持ちで、背を向けたクラウスの紅いマントを目で追う。腕の中の子竜も同じだ。
と、次の瞬間。
「ピ!」
揺れるマントの端を、子竜がしっかと摑んだ。
「は?」
「ピィ!」
ぐい、と引っ張られて、クラウスが
「ッ、放せ!」
「ピィィ!」
「ダメですよ、おもちゃじゃないんです」
クラウスは荒い動作で子竜からマントを引っ張り返す。レイラも子竜の手からマントを放させようとした。
しかし子竜は全く言うことを聞かず、逆らうようにイヤイヤと首を横に振る。
「ピィッ!」
「え?」
ぴょん、とレイラの腕から子竜が飛んだ――というより、ジャンプした。
基本的に抱かれている間はおとなしかった子竜がそんなことをするとは思わず、レイラの対処が一拍
宙を舞った子竜は、クラウスの背中にべったりと張りつく。
ぎゃっ、とクラウスの悲鳴が聞こえてきた。
「なっ、このっ、
「ピィィィ」
クラウスは子竜を引き剝がそうと手を伸ばすが、
「ほら、こっちにおいで」
「ビイイィィィ!」
「いててててて!」
子竜は、クラウスの
「
「ピィ! ピィィ、ピィ!」
「一体どうしたのですか?」
子竜は何かを訴えているようだが、さすがに分からない。
「早くどうにかしろ! たたっ
「子ども相手にやめてください!」
「子どもだろうが魔物は魔物だ!」
決して冗談で言っているわけではないだろう。レイラはなんとかクラウスの髪を放させて、次は逃げられないようにと子竜を抱く腕に力をこめた。
「ぶぅ」
どうしてか、子竜は不服そうだ。
(遊んでほしかった……? しかし他の方にはそんな反応見せなかったのに)
城には従者やメイドがいたし、ここに来るまでにも兵士や騎士とすれ違った。レイラ以外の人間の姿を見かけるたびに、子竜は隠れるようにレイラにしがみつくのだ。なのでこの子は人見知りらしいと思っていたのだが……。
「次はないからな」
切れ長の目が、レイラと子竜を冷たくねめつける。
そして彼は足早に行ってしまった。
「ピ……」
クラウスを追いかけようとするかのように、子竜は短い腕を伸ばす。
そんな子竜を、レイラはしばらくの間見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます