そして新たな神話が始まる?

宵野暁未 Akimi Shouno

気が付くと未知の世界が広がっていた

 ある土曜日の昼下がり、それは起きた。

 合馬ヶ原おうまがばる高等学校の生徒で弓道部員の愛田睦雄あいだ むつおは、合馬ヶ原古墳近くの弓道場で練習している最中だった。(※学校名と古墳群名は諸事情により仮名である)


 新型コロナウイルスの蔓延により世界が危機に陥る中、米中露の三大強国は覇権を争い、遂にそのボタンが押されたのだ。ほぼ同時に、それぞれの国の核弾道ミサイル迎撃システムが作動する。

 日本では全国瞬時警報システム(J-Alert)が鳴り響いたが、時既に遅し。米中露から発射された核弾道ミサイルは、それぞれの国の迎撃ミサイルにより、あろうことか、三大強国に挟まれた日本の上空で爆発した。県立 合馬ヶ原おうまがばる高等学校のすぐ近くの、合馬ヶ原おうまがばる古墳群の上空で。


 合馬ヶ原おうまがばる古墳群は、国の特別史跡に指定されている日本最大級の古墳群であり、吉野ケ里遺跡や纏向遺跡にも匹敵しようかという邪馬台国の候補地でもあり、底知れぬパワーが眠っている。上空で核弾道ミサイルが迎撃ミサイルにより爆発した時、そのパワーが発動した。

 それだけではない。古戦場でもあった合馬ヶ原高等学校付近の何万という亡者たちが居場所を守ろうと死に物狂いで(死んでるけど)結界を張った。亡者たちの大半は相殺されて散じてしまったに違いなかったが。


 愛田睦雄はJアラートに驚いて空を見上げ、その様子を目撃したのだった。上空が光ったかと思った瞬間、周囲が真っ白な靄のようなものに包まれて視界が遮られ、同時に巨大地震のような揺れに襲われた。

 揺れが収まり、靄のようなものが晴れた時、合馬ヶ原古墳の様子に変化は無かったが、急いで学校に戻って愕然がくぜんとした。校舎やグラウンド等の学校自体は無事だったが、その周辺の様子が一変していた。瓦礫の山とかではなく、砂漠と化していたのだ。


 その砂漠から、見たことも無い装甲車が向かってきた。救援部隊かと思ったが、いきなり学校を攻撃してきた。愛田睦雄は学校中を逃げ回ったが、校舎は次々に破壊されていく。校舎内に他の生徒も教師も見当たらない。核爆発から生還したというのに、救出されるどころか攻撃される理由が分からない。

 一高校生でしかない愛田睦雄が装甲車に勝てるはずがない。彼は、校長室のテーブルに掛けてあった白いテーブルクロスを鷲づかみにすると、掃除用具入れからほうきを抜き取り、テーブルクロスを括り付け、窓から必死に振った。降参の合図が通じる相手だと良いのだが。


 攻撃が止んだ。


「大人しく投降するなら攻撃はせずに保護する」


 日本語だった。

 愛田睦雄は、白旗を持って大人しく投降した。元々立てこもった訳でも反乱を起こしたわけでもなく、いきなりの攻撃には大いに不服だったが仕方ない。

 装甲車から数人の兵士が降り、愛田睦雄をボディチェックをすると、何か目配せして頷き、装甲車に乗せた。


「お前、どこから来た? まさか出雲いずも軍の奴らじゃあるまいな」

 兵士に尋ねられた愛田睦雄はポカンとした。

「おらぁ何処から来たんでもねえ。合馬ヶ原高校の生徒で、古墳近くの弓道場で練習してただけだぁ」

「嘘を言うな。爆心地のあの周辺は1000年もの長い年月、白い霧のような何かに覆われて誰も近づけなかった。それが、霧が晴れた途端にいきなり巨大建築物が建っているなど在りえない」

「1000年? ちょっと待っちくれ。いってえ今、西暦何年なんだ?」

「お前、ふざけてるのか? 西暦なんて今は使わておらん。今は皇紀3681年に決まっているではないか!」

「皇紀?」

「お前アホウか? 西暦2021年に日本の上空で核弾道ミサイルが爆発したが、神風が吹いて日本は守られ、日本以外は全滅した。世界中で日本だけが生き残り、翌年、西暦を廃止して古来よりの皇紀に戻したではないか」

「おら、今さっきJアラートを聞いたばっかしなんじゃけど……」


 愛田睦雄は仰天したが、兵士たちも驚いているようだった。


「それでは、お前は1000年前から来た生身の人間なのか?」

「1000年前ち言われてん分からんが、生身の男子高校生だ!」


「な、生身の、だ、男子高校生……おおおおお!」

「我が日本国が神風により守られた時、爆心地であったはずのあの場所は時空を超えて1000年後の我らの前に、生身の男子高校生を送り届けたというのか!」

 何故か兵士たちは感動に打ち震えていた。


 愛田睦雄は基地のような場所に連れていかれ、メディカルチェックを受けた。

「間違いない。驚くべきことだが、健康な生身の男子高校生だ」

 医師らしき白衣の男が嬉しそうに言った。


 愛田睦雄は風呂に入れられ、着ていた服は洗濯され、食事が出された。


「お口に合うかどうか分かりませんが、今の我々に用意できる最高級の食事です」


 喉が渇いていたので、出された水をごくごく飲んだ。食べ物は、缶詰やレトルト食品や冷凍食品や宇宙食っぽいものなど加工食品だったが、味は美味かった。


「お疲れかも知れませんが、ご案内したい場所があります」

 何故か敬語になっていた。


 愛田睦雄はヘリコプターに乗せられた。上空から見下ろす地上は砂漠のような荒れ地で、所々に前線基地のような建物が見えるだけで、木々の緑は殆ど見えなかった。

 やがて、眼下の山の上に、厳重に警備された金属的な立方体の建物が見えてきた。周囲を重装備の兵士たちが取り囲んでいる。


 ヘリコプターから降りると、司祭風な男たちが出迎えた。

 金属的な立方体のツルツルな壁の一部が音も無く口を開け、愛田睦雄は司祭風の男たちに伴われて奥へと進んだ。


「どうぞ、こちらです」

 示されたガラスケースの中には……輝くばかりの美少女が横たわっていた。

 愛田睦雄の口から思わず言葉が漏れる。

「てぇてぇ……」


「今、何かおっしゃいましたか?」

「あ、いや、てぇてぇなぁーと思って」

「てぇてぇ?」

「尊いって言ったとよ」

「尊い……ですか。確かにそうですが、愛田睦雄殿も尊いお方ですよ」

「え? おらが?」

 司祭風な男たちは微笑んだようにも見えた。


「この御方は絵馬えまさまです」

「なんで寝てんのか? まさか、死んでんのか?」

「絵馬さまは永遠とも言える長い眠りにつかれ、時が来るのを待っておられるのです。安全で美しい世界になるのを」

「確かに、荒れ果てた生きにくそうな世界かも知んねえな。ところで、隣にもう一つ、空っぽのケースがあるな」

「はい、あなた様にお会いできて我々は本当に幸運でした。それはあなた様の為のものですから」


 そう言うと、司祭風な男たちは、寄ってたかって愛田睦雄をガラスケースに押し込んで蓋をした。物凄い力だった。

 愛田睦雄の身体は、磁石で吸い付けられたかのようにガラスケースの中で動けない。瞼も重くなって閉じ、彼の耳に、司祭風な男たちの声だけが聞こえた。


「核爆発後の世界では、唯一生き残った日本国民も感染症で次々に死んでいった。最高の遺伝子を持つ絵馬さまの冷凍保存には成功したが、既に若い男性は死に絶えていた。だが、諦めずに待っていた甲斐があった」


「我々を生み出してくれたマスターの願いをやっと叶えられるな。人間が絶滅しないように守り、その遺伝子を後世に繋げという願いを」


「これからは、瓊瓊杵尊ににぎのみこと此花咲夜姫このはなさくやひめとお呼びしようではないか」


 アンドロイド達は、尊い、尊いと大喜びした。


「関東軍や四国軍、それから出雲軍のやからには、指一本触れさせるでないぞ!」


 愛田睦雄と絵馬が眠る二つの透明な冷凍睡眠ケースを、アンドロイド達は満足げに眺めた。彼らが、マスターである科学者たちの遺志を本当に理解していたのかどうか、それは謎である。

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