第27話 偽善か義務か


 慎二が言い放った言葉は、なかなかに攻撃力があったらしい。目の前の男は呼吸することも忘れてしまったようで、数秒たった後に大きく口を開けて物凄い勢いで口から息を吸ったり吐いたりを繰り返した。


「どっ、どう言うことだよ!お前は勇者なんだろう!」


 横から叫ぶような声がきたが、力がない。

ここはギルドだ。冒険者を生業としている者たちが集まる場所だ。そんなものたちだからこそ、慎二の話を聞いて思うことがあるのだろう。子どもの頃から聞かされてきた『勇者』が、異世界からやってきた。しかも、その異世界には魔物はおらず平和だという。魔物も知らないような『勇者』が、はたして魔王を倒せるのだろうか?


「ちょっと待て、あんたが勇者だとして、戦えるのか?」


 慎二の話を静かに聞いていた冒険者の一人が口を開いた。見た感じからして、ベテラン風だ。使いこなされよく手入れのされている鎧を身につけている。落ち着いた感じもするので、年齢はジークフリートよりも上かもしれない。なんにしたって、冒険者を長く続けるのは難しいのだから。


「いい質問だよ」


 慎二は思わず唇の端を上げた。

 そう、誰もが長いこと疑問にも思わなかった事だ。召喚された勇者は何故強いのか。

 それはひとえに、召喚された勇者が同じ世界の人間だと信じて疑わなかったからだ。それがよもや、違う世界から召喚されていて、しかも、その世界には魔物なんていないだなんて思いもしなかった。

 長い間、誰もが気にしていなかったこと。

 絵本の中なら、おとぎ話なら、語り部のなかなら、誰もが知っている存在だった。だが、その勇者が何処からやってきた誰なのかなんて、誰も、ただの一度も考えたことがなかったのだ。

 みんな勝手にSクラスの冒険者だろう、もしくは城に仕える騎士の筆頭だろう。そんなふうに思い描いていたのだ。

 だから、平和な世界からやってきた異世界人が、初めて見る魔物を倒せるのか?戦い方を知っているのか?そんな疑問が生じたのだ。それは、冒険者たちだからこそ生まれてきた当たり前の疑問だった。


「無理だよ」


 慎二は静かに答えた。

 当然、その答えにその場に居合わせた冒険者たちの顔色が悪くなる。


「俺のいた世界では、肉や魚はキレイに切り分けられて店で売られていた。普通の暮らしをしていたら、生き物が死ぬところなんて見ないんだ」


 慎二がゆっくりと話し始めると、一瞬口を開きかけた冒険者たちは皆一様に口を閉じ、隣に居るものと顔を見合せた。


「人が死ぬのなんて寿命がほとんどで、大抵の病気は手術や薬で治ってしまう。稀に大怪我しても、病院にかかれば治る。だから寿命は長い。100歳ぐらいまで生きられるんだよ」


 慎二がそう話すと、小さなざわめきが起きた。100歳まで生きられるだなんて、まるでエルフのようだ。病気が治せるなんて一体どんな魔法なのだろうか?


「国は豊かで一年中食べ物に困ることがなくて、暑いのも寒いの建物の中に入れば空調設備が整っているから快適に暮らしていける」


 慎二はここまで話して、回りの反応を伺った。誰もが慎二の話す不思議な世界の話を黙って聞いていた。まるで御伽噺を聞いているような気持ちなのだろう。


「俺のいた国はとても平和で、紛争なんてなかった。どこか遠くの海の向こうの国では争いがあったりしたけれど、それはまるで知らない国のこととして捉えて生きてきた。俺は……俺たちは戦争とか、争いとか、そんなことをまるきり知らないんだ」


 横に立つジークフリートがゆっくりと視線を動かして、慎二に続きを促した。


「けれど、聖女は俺たちを神託だからと無理矢理召喚して、戦うことを義務付けた。まるで知らない世界のなんの面識もない人たちのために戦えという。戦い方を知らないのに、豊富な魔力があるから問題ないと言って、無理矢理剣を握らされた」


 そこまで話して、慎二はグッと拳を握った。


「俺はね、聖女に殺されたんだよ。殺されて、魂だけを無理やりこの世界に引きずり込まれた。もうひとりは肉体ごとこの世界に連れ去られた。戦うことなんて知らない、血を見たこともないような俺たちの前で、聖女は小さなウサギを切り裂いた」


 慎二は初めて魔物を切りつけたときのことを思い出しながら話した。そうして、光輝がされたであろうことに思いを巡らせる。


「魔物の殺し方を、何も知らない俺たちに親切に教えてくれたんだよ、聖女はなっ!元いた世界で肉体を殺された俺は帰る場所がない。もう一人……光輝は、生まれて初めて生き物が死ぬのを見てしまって、ショックのあまり城を飛び出した」


 やんわりと真実を濁しながらも、それでいて完全な嘘はついてはいない。


「だから、俺は光輝を探している。魔王を倒すために城を出たわけじゃない」


 慎二がそう言ってため息の様な呼吸をすると、なぜかジークフリートに頭を撫でられた。


「こいつは戦えるぜ。キメラを仕留められるほど強い。ただ、魔王を倒す気がないだけだ」


 ジークフリートがそう言うと、ようやく冒険者たちが動いた。


「じゃあ、いままで、この世界を救ってきた勇者は……」


「召喚された異世界人だよ」


「そして誰もかえれなかった。約束通りに魔王を倒したのに、誰も帰れなかった……騙されたんだよ。聖女になっ」


 慎二が叫ぶ様にそう言うと、ジークフリートは頭を撫でていた手をそのままに慎二を抱き寄せた。


「大ぴらには言えないが、俺たちはとある秘密を知っている。その真実にたどり着けば……あるいは魔王はいなくなる」


「魔王が倒されるのか?」


 一番近くにいた冒険者が口を開いた。


「……はっきりとは言えない。けれど、この真実にたどり着ければ、魔王なんてものはいなくなる」


 ジークフリートが苦々しげに口を開くと、抱き込まれていた慎二は顔を上げてその顔を見つめていた。

 ジークフリートも長年感じてた違和感。魔法陣の床に映り込んだ聖女の顔。慎二の手に刻まれた魔法陣と聖女の首に下げられた魔法陣。そして、表門から出てきた光輝。これらを全てつなぎ合わせた先にある答えは?


(だからと言って俺たちが元の世界に帰れる訳じゃないけどな)


 この世界の問題が解決したところで、慎二と光輝の問題が解決するわけではない。慎二はどこか苦い気持ちを胸に抱え込んだ。

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転生勇者と召喚魔道士 ひよっと丸 @hiyottomaru

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