第25話 勇者と聖女

 慎二は返事をすると、よろよろと立ち上がり、結界に隠した馬に乗る。馬の扱いは覚えた。魔物であるから、頑丈だ。

「いい馬だろう?」

「ああ、凄いな」

 何も知らないフリをするため、急いで城には戻れない。馬をゆっくりと歩かせる。

 馬の額にはめられているのは魔石で、そこには角が生えていた跡だ。危険な角を折り、大人しくさせるために魔石をはめ込む。はめ込む魔石によって能力が変わるらしい。

「後で魔石を変えないとな」

 ジークフリートに言われて、慎二は頷いた。光輝を追うなら、馬の能力をアチラに適したものかに変えなくてはならない。慎二はポーチの中にある魔石をいくつか手のひらにのせた。

「暫くはその魔石のままでいいだろうが、途中で変える必要が出てくる。そん時に、教える」

「わかった」

 早く城に戻りたかったけれど、何も知らないふりをして、光輝にお土産ということで、安らぎの効果がある花を摘むことにした。

 その花をわざとらしく床に散らばせろ。というのがジークフリートの作戦らしい。

 城の女たちの同情を慎二に集める作戦だそうだ。

 花を摘んでからは、少し馬の足を早めた。

 早く光輝に会いたいと言う気持ちを現すため。とジークフリートは言うけれど、慎二はそれどころでは無い。早く真相を確かめたいのだ。

 アレは本当に光輝だったのか。

 はやる気持ちを押さえ込んで、国王に報告をする。

 勇者としての仕事を終えたこと。表紋を消したので、もう、あそこに魔物が大量発生することは無いこと、それを報告すると、国王は満足そうに微笑んだ。

 が、控える宰相が渋い顔をしていた。

 慎二は気付かないふりをして、土産の花を持って光輝の部屋へと、足を進める。が、宰相が立ち塞がった。

「なんです?」

 慎二は怪訝な顔をして、宰相を見た。

「どちらに行かれるのかと」

「どこへ行こうと俺の勝手だ」

 慎二はわかっていながらそんなことを言ってくる宰相にイライラした。脇をすり抜けて、そのまま歩みを進める。光輝がいるはずの部屋の扉が開いていた。

「何があった」

 結界を張っていたはずだった。覚えたてではあったけれど、光輝が自分で結界を張っていた。なのに、なぜ開いている?

 開け放たれた扉から、部屋の中がよく見えた。部屋の中に、光輝の姿はない。そして、何か鼻をつく匂いがした。

「どうした、何があった」

 慎二は部屋の中に大股で入っていく。

 ソファーに腰かけた聖女が、ゆったりとくつろいでいた。そばにはクレシスが立っている。

「光輝は……光輝はどうした?」

「あら、勇者アレク様」

 聖女がわざとらしく声を上げた。自分を無視されている事をあえて気付かないふりをしている。

「聖女様、ここは光輝の部屋であったはずですが?」

 慎二はまるで用意されたセリフの如く口にする。

「ええ、そうでしたわね」

 そうでした?なぜ過去形?

「光輝をどこにやった?」

 慎二は威圧を込めて言葉を放った。

 けれど、聖女は何食わぬ顔で気だるげに髪をかきあげ答える。

「わたくしの用意したお食事がお気に召さなかったようで、いなくなってしまいましたのよ」

 慎二のそばに、青い顔をした侍従がいた。食事の支度をした侍従だった。当然、一部始終を見ていた。

「いなくなった?」

 慎二は聖女を睨みつけた。

 こんなことは茶番だ。わかっている。

「あ、あの」

 青い顔をした侍従が口を挟んできた。

「わ、わたしが食事の支度をしました。魔道士様の前で、うさぎを捌いて」

 ジークフリートの予想通りだった。

 あの可愛らしいうさぎの魔物を、光輝の目の前で捌いて調理した。血抜きもしたのだろう。魔物の血液は滋養があると人気がある。

「血液を飲ませたのか?」

 慎二は侍従を見ずに問う。

「は、あ、いえ、お勧めしましたが…飲んでは」

 光輝はいつか触ってみたいと言っていた。魔力が安定すれば、弱い魔物を抱き寄せることができるようになる。だから、光輝はうさぎを抱くことを目標に訓練をしていたのに。

「……光輝は、どこに行った」

 慎二は奥歯を噛み締めるようにして、聖女を睨む。

「闇堕ちを、したようですよ」

 クレシスが事も無げに言った。

 魔道士であるから、分かるのだろう。

「闇堕ち?」

 慎二はセリフのように口にした。聞いていた言葉が、どんどん出てくる。そんな安っぽい小説のような出来事、本当に起こすだなんて・・・

「魔道士ですから、魔族に囚われてしまったようで」

 その瞬間、花が部屋中に舞った。

 慎二は手にしていた花を床に落とすではなく、聖女に向かって投げつけたのだ。慎二が投げつけた花は、聖女にひとつも当たることはなく、空中に飛散する。

「ふざけるなぁ」

 元々、聖女なんぞ信じてはいなかった。疑いの対象であった。

 が、

 この瞬間、憎悪の対象となった。

 ただ、それだけ。

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