第24話 誰かの思惑

 魔物を討伐して、模様を描いた魔人と相対しているとき、慎二は既視感を感じた。

 目の前にあるあの模様、あれはたしか放出で、そこから出てきた黒髪の少年。一瞬慎二と目が合って、直ぐにその姿が、消えた。

 それを見た魔人は、口を三日月の形にすると、あっという間に慎二の前から姿を消した。

「今の………」

 見間違えかと思うほど、一瞬だった。

「無くなってるな」

 力のないジークフリートの声がした。

 見れば、あの模様が消えていた。

「どういうことだ?」

 自分の見たものが信じられなくて、慎二は思わずジークフリートに詰め寄った。ジークフリートも見たはずだ。あの模様から出てきた少年の姿を。

「何に対する?」

 ジークフリートは至って冷静に口を開いた。だが、発せられた言葉は慎二の質問の答えとは思えない 。

「あの、模様からでてきたのが、いただろっ……見なかったとは、言わせない」

 慎二は自分の感情がぐちゃぐちゃで、ジークフリートに八つ当たりをしそうなのを懸命にこらえた。こんなことで仲違いをするわけにはいかない。ジークフリートは慎二の知る中で、唯一聖女の事を慎二に教えてくれる人物だ。完全な味方とは言いきれないが、現状、唯一だ。

「あの坊やだったな」

 そう言って、ジークフリートは地面に唾を吐いた。ちょうど模様のあった辺りだ。

「どうして、表紋から出てきた?」

 自分たちの手にあるのは裏紋だと、教えたのはジークフリートだ。聖女の表紋と繋がっているのではなかったのか?

「おそらく、だが………闇堕ち」

 慎二は聞きなれない言葉に、一瞬動きをとめた。なんだそれは?そんな言葉、それこそラノベの世界だ。厨2かよ、としか、言えない。

「なにか、あったんだな」

「あの坊やはずい分と脆弱だったからな。お前と引き離して、精神を揺さぶられたんだろ」

「………」

「あれ、可愛いよな」

 ジークフリートが木の影にいる魔物を顎で示した。

 うさぎの姿をした魔物。いつも見かけては、光輝と一緒に観賞していた。殺したところで意味が無いので、気づかれないようにいつも離れていた。ふわふわとした白い毛が特徴で、いつも触りたい衝動はあった。

「あれな、美味いんだよ。沢山いるし、狩りやすいし。毛皮が使えるし」

 ジークフリートが言っていることは分かる。

 この世界では、魔物もは野生動物と同じ括りだ。いや、そもそも野生動物がいない世界だ。家畜と言われるものは、長い年月をかけて人間が飼い慣らした元は魔物だ。卵をとるニワトリだって魔物だから、餌に抑制剤を配合して凶暴化を防いでいる。

「聖女が、ご馳走でも振舞った、かな」

 ジークフリートの言葉を聞いて、慎二はスウッと力が抜けた。現代日本から転移させられた光輝には、捌くと言う行為は恐怖でしか無かっただろう。あの可愛らし生き物を目の前で解体されたら?

「光輝は戦いに向いてない」

「ああ、そうだろうな。お前が、イカつい魔物ばかりを相手にするから」

「……っ俺の、せいかよ…」

 慎二だって分かっていた。優しすぎる光輝に、初心者向けの弱い魔物を殺させるのが嫌だった。うさぎやリスの姿をした魔物は、初心者向きの魔物だ。火の玉をひとつ当てれば倒せる。

 けれど、現代日本からきた光輝に、魔物だから。と言う理由だけで殺略行為をさせるのが嫌だった。多分、光輝には、出来ないだろう。そう言う思いもあった。

 だから、ダンジョンに潜って、いかにも魔物と言う風情を相手に魔法の訓練をしたのだ。

 それがいけなかった。

「俺の…せいか……だよな」

 慎二は今度こそ力が抜け落ち、その場に座り込んだ。

 闇堕ちなんて、ラノベでの知識しかない、元に戻すのが大変で、大抵倒される瞬間に元に戻って涙を流す。そんな展開が多かった。

「とりあえず、ここは終わった。何も知らないフリをして城に戻るぞ」

 ジークフリートがそんなことを言うので、慎二は驚いて顔を見た。

「なぜ?」

 かろうじて出てきたのはそんな言葉。知らないフリをする?何を?

「俺たちは、魔物を討伐して、表紋を消した。それだけだ」

「それだけ……」

「そう、それだけ、だ」

「わかっ、た」

 慎二は返事をすると、よろよろと立ち上がり、結界に隠した馬に乗る。馬の扱いは覚えた。魔物であるから、頑丈だ。

「いい馬だろう?」

「ああ、凄いな」

 何も知らないフリをするため、急いで城には戻れない。馬をゆっくりと歩かせる。

 馬の額にはめられているのは魔石で、そこには角が生えていた跡だ。危険な角を折り、大人しくさせるために魔石をはめ込む。はめ込む魔石によって能力が変わるらしい。

「後で魔石を変えないとな」

 ジークフリートに言われて、慎二は頷いた。光輝を追うなら、馬の能力をアチラに適したものかに変えなくてはならない。慎二はポーチの中にある魔石をいくつか手のひらにのせた。

「暫くはその魔石のままでいいだろうが、途中で変える必要が出てくる。そん時に、教える」

「わかった」

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