第17話 勇者の作り方13

 真顔で見つめられて、慎二は戸惑った。やめておけ?そんなことを言われたのは初めてだった。宰相も国王も、訓練に付き合ってくれた騎士も、部屋の掃除をしてくれる侍女も、誰もが微笑ましく見てくれていたのに。


「意味がわからねーんなら、聖女の歳を聞いてみるんだな」


 耳元でそう言うと、ジークフリートは儀式の部屋を後にした。慎二はポカンとした顔をしてしまったが、慌てて取り繕うように聖女を見た。

 まるで金糸のような髪を時折かきあげながら、魔法陣を描いている聖女。遠目からでも決めの細やかな肌は輝いて見える。ピカピカに磨きあげられた床に、魔道具で描いているからか、魔法陣はなかなか描きあがらない。


 その様子を見ていて、慎二は思わずハッとした。

 ジークフリートの言わんとしていた事に気づいてしまったのだ。思わず慎二は下を向いた。その行動は、聖女を見つめすぎてしまったことを恥じ入るかのように見えたのだろう。

 聖女の世話をする侍女たちが、なにやら囁きあっていた。

 慎二は全身が震えるのを止められなかった。辛うじてオートガードを貼り続けているから、この動揺は聖女にバレてはいないだろう。慎二はゆっくりと儀式の間を後にした。そうして、早足で自分の部屋へと戻っていく。

 誰にも見つからないように、魔法で気配を消す。そうして自分の部屋の前までたどり着いた時、慎二は足が止まった。


「待ってたぜ」


 当たり前の顔をして、ジークフリートが扉によりかかっていた。

「二人っきりで話をしないか?」

 そう切り出され、慎二はジークフリートを部屋に招き入れた。

 厳重な結界を張り巡らせると、ジークフリートは眉根を寄せてその結界に軽く触れた。


「なぜここまでする?」


 城の中にいれば、ここまでする必要がないほど安全であるはずなのに。

「女性たちが来るんですよ」

 慎二が困ったような顔をしてそう言うと、ジークフリートは片方の唇だけを上げて笑った。

「ババアに探られないためだろう?」

 言われて、慎二は小首を傾げた。どうにもジークフリートとは会話が噛み合わない。

 反応を示さない慎二に向かって、ジークフリートが歩み寄ってきた。

「これだけの結界を貼ってんだ、今更だろ?見たんだろ?聖女のババアの顔」

 言われて慎二の喉が鳴る。


 磨きあげられた床に、聖女の姿が映っていた。魔法陣の中の床にだけ、聖女の本当の姿が映し出されていたのだ。

 聖女が、いつから聖女なのかは知らないが、慎二を現代日本から転生させたというのなら、アレクの年齢から言っても十年以上は聖女をしているはずだ。

「俺がガキの頃から聖女は聖女だったぜ?」

 ジークフリートが慎二の顔を覗き込む。色々考え込んでいて、慎二は表情にゆとりがなかった。


「まぁ、お前が聖女に惚れていたと仮定して、だ。どうだい、アレでも惚れていられるのかい?」

 ジークフリートの言わんとすることがわかって、慎二は黙った。もとより惚れてなどいないから、なんと答えればいいのか。それを必死で考える。


「なぁ、隠し事はやめようぜ」


 ジークフリートの手が慎二の頬を撫でた。目があえは、ジークフリートは笑っていた。慎二は息を飲む。この世界のアレクよりは成長していて、17歳の高校二年生ではあるけれど、目の前にいるジークフリートは、さらに年上だ。加えて、この世界での色々を知っている。


 敵か味方か、それによってはこの後の言動を決め兼ねる。

「なぁ、お前が、聖女に惚れているなんて嘘だろう?」

 ジークフリートにそう言われて、慎二は体から力を抜いた。それを察したジークフリートは、今度は満面の笑みを浮かべたのだった。

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