第16話 勇者の作り方12

慎二が、とにかくこの世界の人間と関わらないように心がけたのは、何も聖女を信じていないからだけではない。


 お年頃であるから、一人でこっそりと処理をすることもある。できるだけパレないように、浴室で致すようにしていたが、ある時湯船の中で処理をした時に、慎二は血の気が引くほど驚いた。

 自分が吐き出したものが、湯船に溶け込まなかったのだ。吐き出した白濁が、いつまでも湯船の中に漂っている。


 最初、濃度が違うからかと思ったものの、いつまでも漂う白濁に嫌気がさして、慎二は湯船をかき混ぜた。それなのに、白濁はそのままの形でお湯の中をグルグルと回ったのだ。

 まるで、水と油の様に混じり合わないそれを見て、慎二は驚愕のあまり目を見開き、唾を飲み込んだ。目の前で起きたことが信じられなかった。


 軽いパニックを起こしながらも、慎二は湯船の湯を流し捨て、服を着た。

「ちょっと待てよ」

 自分の手で口を抑えるも、その手は小刻みに震えている。とんでもなく恐ろしい事を知ってしまったかも知れない。

 ゆっくりとした足取りで、庭に出て、しゃがみこむ。目の前には土の地面がある。

 自分の中で湧き上がった仮定を確かめるために、短剣で指先を少しだけ傷つけて、血を数的地面に落とした。

 落ちた血が、地面の上で丸くなった。


「………っ……」


 息を飲む。

 血の気が引くとはこのことなのかもしれない。自分の流した血が、地面に吸い込まれないのだ。討伐に出たさい、倒した魔物の血は、地面に流れて染みを作っていた。

 魔物の血は地面に染み込むというのに、慎二の血は染み込まない。勇者であると言うのに、この世界から拒絶されているのだ。

 この現象が何よりの証拠だろう。

 世界から異物と認識されている、それが勇者。

 だからこそ、魔王を討伐するのに適している。

 もしかすると、この世界に拒否されているために、死なないのかもしれない。この世界に、命さえ拒否されているとしたら、瀕死の重症となっても死ねないかもしれない。そう考えると、恐ろしくなり慎二は魔法で自分の血の塊を消し去った。


 結界を貼っていたから、この心の動揺は聖女に知られることはなかっただろう。もっとも、夜にわざわざ慎二の部屋を覗くようなことはしないと思いたい。何をしているのか分からないのだから。


 それから、慎二は訓練や討伐のさいに、怪我をしないように心掛けた。うっかり血をながして、その血が地面を転がるんなんてことを見られてしまったら、そう考えると背筋が寒くなる。

 怪我をしないように心がけて動くようになり、慎二は更に強くなった。

 街にいる冒険者たちでは、全く慎二のサポートにならないほどに。

 慎二が、覚醒した時よりも随分と強くなった頃、聖女が、神託を新たに受けたと言ってきた。

 膨大な魔力を持つ異世界人を召喚せよ。

 その者と共に、魔王討伐に勇者は旅立つ。そう神託を受けたと聖女は真顔で言ってきた。

 それを聞いて、慎二は腸が煮えくり返りそうな程の怒りを覚えた。


 そんな神託がでたのか、本気で疑った。


 神託を受ける際、聖女は一人だ。

 誰かが一緒にいる訳では無い。

 神託を授ける神の声は、聖女にしか届かないと言う。

 だとすれば、それが、嘘であっても誰にも分からないのだ。

 もしかすると、聖女と国王が結託をしているのかもしれない。そう疑いさえ持っていた。


 だから、召喚の儀式を行うと、城内に儀式のための魔法陣を描き始めたときは、心底驚いた。こんな魔法陣で呼び出されてしまうのかと、嫌になった。自分はどんな方法で殺されたのか、儀式の準備が進められるのを暗い気持ちで見守った。当然のようにあの魔道士クレシスも手伝っていた。

 黙って腕を組み、儀式の準備を見ている慎二の隣に、ジークフリートが、やってきた。


「興味があるのか?」


 返事をせずに目線だけを動かすと、ジークフリートは肩を竦めて見せた。

「そんな顔するなよ。お前だって、神託を受けた聖女が、召喚したんだろ?なんか、転生だと聞いたけど。今回は転移なんだってな?何が違うんだ?」

 ジークフリートは転生と転移の違いが分かっていなかったようだ。それもそうだろう。目の前にいる慎二、勇者アレクはどう見ても異世界人の姿をしているのだから。この姿をみて、転生しているんです。なんて言われても、この世界のどんな親から生まれたのか謎が生まれるばかりだろう。


 慎二はめんどくさいと思いつつも、自分が勇者として覚醒した経緯を話して聞かせた。

「それは、凄いな」

 ジークフリートは純粋に驚いたようで、慎二の体をペタペタと無遠慮に触ってきた。

「凄いなアレク。勇者に覚醒してこの肉体を手に入れたのか!」

 ジークフリートは、バカ正直に神託が凄いとか、聖女の力は偉大だとか、やたらと褒めちぎった。それが聞こえたのか、魔法陣を描く聖女は、だいぶドヤ顔をしたようだった。慎二はそれを見て、慌てて聖女に向かって微笑んだ。聖女を、慕っているという演技を怠る訳には行かない。


 そんな慎二を見て、ジークフリートは小声で言ってきた。

「アレク、お前聖女のやつに惚れてんのか?やめておけ」

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