第9話 勇者の作り方 5
勇者として覚醒した慎二は、前世の記憶を取り戻すときに、肉体も前世の肉体を取り戻していた。
平和な世界で、衣食住なんの不満もない生活を送っていたおかげで、慎二は随分と体格が良かった。この世界の人達と比べれば、背も高く肩幅も随分とある。
鍛え抜かれたはずの城にいる兵士と比較しても、慎二の方が見た目だけなら強そうだ。
慎二は記憶が混乱しているふりをして、侍女たちが自分を風呂に入れるのを拒んだ。もちろん、記憶を取り戻した状態で、女性に裸にされて体を洗われるなんて冗談ではない。
湯浴み姿の侍女たちを見て、大体のことを察してしまった。勇者となった慎二を、色んな意味で懐柔しようとしているのだ。だからこそ、前世の記憶があるからこそ、全力で拒絶した。
何とか一人で風呂に入り、自分自身に落ち着けと言い聞かせる。騙されてはいけない。記憶が戻る時に聞いた声を忘れてはいけない。悪意に満ちた女の声。慎二をこちらの世界に召喚した女だ。
その女が何者なのか、大体推測は出来ている。
だからこそ、油断は禁物である。
前世で見た事のあるラノベの主人公みたいになってはいけない。自分は利用されているのだと、自分に言い聞かせなくてはならない。
用意された服が、慎二の体にピッタリなのが、きみが悪かった。体格まで知れているのだ。なんとも恐ろしいことだ。気を引き締めなくては、そう思って自分の頬を叩いた。
随分と豪華な部屋に連れていかれ、椅子に座ってしばらく待っていると、先程見た男がやってきた。
宰相だと名乗ると、慎二に話を始めた。
お前は勇者だ。世界を救うため、魔王を倒せ。
よくある話だ。
異世界人の方が強いから。
だから、神の力を借りて召喚した。
お前のこの世界での使命だ。
そんなことを言われても、慎二は、全くやる気が出なかった。逆に気持ちが冷めていく。ヒーローに憧れてなんかいない。世界に絶望なんかしていなかった。淡々と過ごす日常に、別段不満なんかなかった。
平凡な高校生が、異世界でヒーローになる。そんなこと、想像したことも無い。
けれど、宰相の話を聞いて、慎二は大袈裟に驚いて見せた。
「俺にそんなことが?」
「神が、あなたを選んだのです。あなたは勇者なのですよ」
宰相は慎二を褒めて、神に選ばれた。と選民意識を植え付ける。それが分かっているだけに、慎二の心の内は冷めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます