第8話 勇者の作り方 4


 悲鳴をあげそうになるのを辛うじて押さえ込み、慎二はゆっくりと起き上がった。

 玉座には、王が座っていた。

 王と目線が合う。

 その満足そうな顔を見て、慎二は反吐が出そうな気分になった。

(何を嬉しそうに)

 まず、沸き起こったの起こったのは反感。

 この世界でのアレクの記憶はあるものの、慎二はこの王に傅く気持ちはなかった。逆に、いつか殺してやる。そんな気持ちが自然に沸いた。

 慎二は時分の姿を見ることが出来なかったが、自分の手を見て気がついた。アレクにしては手が大きい。アレクはまだ、10歳程だったはずなのに、随分と大きい手をしている。それに、服が小さい。パツパツで、動くと布の裂ける音がした。

 体に巻かれた白い布のおかげで、色々と隠せているようだ。

 慎二は咄嗟に考えた。アレクの記憶から言って、あの玉座に座るのは王で間違いないだろう。だが、慎二が、どちらの記憶も持ち合わせていると知っているのだろうか?

 ここはひとつ、かけに出てみよう。慎二はそう考えた。

「なぁ、あんた、誰だ?ここはどこだ?」

 前世の記憶のまま、日本人だった高校生のような喋り方をした。玉座に座るの王を敬うことも無く、自分の置かれている状況を訝しむ。そんな現代っ子のような素振りをしてみる。相手はどう出るか?

「記憶が、混乱しておるようだな」

 玉座からではなく、背後から声がした。

 その声も慎二の記憶にない声だ。

 そちらを見れば、立派な服を着た男が立っていた。いつの間に現れたのだろうか。扉が開く音も、足音も聞こえなかった。もしかすると、ずっと、そこにいたのかもしれない。

「誰だ?ここはどこなんだ?」

 慎二はもう一度、声を発した男の方を向き尋ねる。しかし、男は答えない。

「成功したと言っていいだろう。まずは勇者を風呂へ」

 男がそう言うと、同じ色のドレスを着た女たちがやってきた。慎二が身につける布をしっかりと慎二にまきつけ直し、慎二のことを無言で引っ張った。

「なんだよ…」

 自分より小柄な女たちに手を引かれ、慎二は抵抗が出来なかった。慎二がその手を払えば、女たちは倒れてしまいそうだった。

 慎二は男のそばを通る時、睨みつけるように見た。だが、男は解しないようで、慎二をただ見ているだけだった。

 慎二が、居なくなったあと、男は玉座に歩み寄った。

「それで、どうなのだ?」

 玉座に座るの王はぞんざいに投げかける。

「記憶が、混乱しているのでしょう。聖女がそのようなことを申しておりました。覚醒したてでは、前世の記憶が色々邪魔をする。そう言っておりましたから」

「なるほど勇者の教育は、宰相、お前に任せた」

「御意に」

 宰相が、うやうやしく頭を下げると王は玉座を後にした。扉が閉まる音を聞き、宰相は頭をあげる。静かな広間を一人で見渡すと、宰相はゆっくりと背後の扉へと向かう。

 まずは、聖女の所へと向かった方がいいだろう。

 仕事の成功を伝えてやらねば、聖女の事だ、何か不満を口にするかもしれない。時間的に、聖女の好きな焼き菓子でも届けなが向かえば、機嫌は取れそうだ。

 宰相は扉の外で待機していた部下に指示を出す。

 そうして支度を整えて、聖女の元へと向かうのであった。

 聖女は神殿で、祈りを捧げていた。

 そうやっていると、慎ましやかで儚げな雰囲気のある聖女に見える。だがしかし、口を開けば別物だと思い知らされる。

「遅いわよ」

 やってきた宰相を見るなり聖女は言った。

「王より後になるのは当たり前だ」

 宰相は、そう言いながら、手土産をチラつかせる。

「ああ、そうね。お茶でもいれさせましょうね」

 聖女がそう言うと、神殿の侍女たちが慌てて動き出す。本来なら、聖女が客をもてなすなど、するべき行為ではない。宰相と分かってはいても、男と聖女が、ひとつの部屋に入るなど、あってはならない。

 が、それが許されている。

 聖女の部屋で、侍女がいれたお茶を飲みながら、宰相の持参した手土産を口にする。甘い焼き菓子は、聖女のお気に入りで、砂糖をふんだんに使っていれば、身分の低いものの口には、なかなか、入るものでは無い。

 本来なら、慎ましやかに暮らさなくてはならない聖女の口に、このような焼き菓子が届けられるはずはないのだが、聖女の行った勇者召喚が正しく行われたため、それを認めるとして、宰相は高価な焼き菓子を持参したのだ。

「ああ、美味しい」

 焼き菓子を、ひとつ口に運んで、聖女は言う。

 城に務める食人が焼き上げた菓子であれば、本来なら口に入れられるのは王族に、限られる。それなのに、

 聖女に食べさせるのは、この度の仕事の成果が良かったからだ。

 勇者がみつかった。

 聖女の言う通りの試験を行った結果、勇者は見つかり覚醒した。

 聖女の神託の通り、覚醒した勇者は暗い色を身にまとっていた。

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