第7話 勇者の作り方 3
勇者が目覚めたのは、翌日の昼過ぎだった。
冷たい石の床の上で目覚めた勇者は、ゆっくりと辺りを見渡した。
まるで知らない天井だった。
こんなに高い天井は初めて見た。
周りが随分と明るくて、周りを見るまでにしばらく時間がかかった。
勇者は、一人で天井を眺めている間に、村からこちらまでの記憶をたどった。今まで生きてきたこの世界のアレクとしての記憶と前世の記憶。それが一気に流れ込んで、村であのように取り乱したのだ。
勇者は前世で日本人だった。
名前は新田慎二。高校二年生だった。
登校中に事故に会い、死亡した。
こう言えば、なんとあっさりとしたこととなるだろう。しかし、なぜ故勇者の前世では死んでしまったのか。
これは不幸な事故ではなかった。
登校中の、生徒は慎二だけではなく、大勢いた。高校近くの歩道であったから、大勢の高校生が歩いていた。
慎二もその大勢の中の一人であった。
それなのに、暴走したトラックは、真っ直ぐに慎二に直撃した。
暴走するトラックに気がついた生徒たちが、悲鳴や叫び声をあげるのに気がついて、慎二はそちらを見た。
坂道を、ブレーキが故障したかのように速度をまるで落とさず、トラックが突っ込んでくる。
逃げようにも逃げられないスピードで、トラックは慎二に迫ってきた。周りに大勢いたはずの同じ制服を着た生徒たちは、トラックに跳ねられて、道の脇に倒れていく、それなのに・・・
「嘘だろ…」
慎二だけが跳ねらることなく、トラックとブロック塀に挟まれた。慎二は自分に迫り来るトラックを見つめたまま、身動きが全く取れない状態で、全身に強い衝撃を受けた。
最後に見たのは、大きく目を見開くトラックの運転の顔だった。もちろん、慎二も信じられないという気持ちで見つめ返した。最後に見るのが見知らぬおじさんの顔だなんて、最悪だった。
だから、勇者の覚醒のために行われた試験は、飛んでくる丸太を避けることだった。
前世の最後の記憶を刺激して覚醒させるという、聖女の指示だったのだ。聖女は知っていたのだ、勇者が前世でどのような死に方をしたのかを。
何しろ、勇者を、そのような形で召喚したのは聖女である。転生した魂は強い。この世界の人の10倍はあるのだ。
その力を持ってして、魔王を倒させるのだ。
だからこそ、より強い記憶を持って死んでもらわなくてはならない。傷付いた魂が、生まれ変わるとき、その傷を修復して強くなるのだから。
だかこそ、その瞬間の記憶を鮮明に。
記憶を取り戻すときに、より衝撃的に。
聖女の目論見通り、勇者は前世の記憶を鮮明に取り戻し、その体を魂の記憶のとおりに塗り替えた。
闇のように黒い髪、漆黒の夜のような黒い瞳。
魂が受けた傷が深ければ、深いほど、より強くその姿を再現する。そうすれば、より強い勇者が誕生するのだ。
聖女は自らが行った転生の儀式の完璧さに満足していた。深く傷がついた勇者の魂は、この世界で誰よりも強かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます