第5話 勇者の作り方 1

 勇者は、この世界に生まれ落ちた時は勇者はではなかった。至って普通の赤ん坊だった。

 首都から少し離れた農村の、牛飼の家に産まれた。

 牛飼の夫婦には、既に子どもが何人かいて、その子供たちは家の手伝いをよくする。農村によくある光景の普通の家だった。

 産まれた勇者も、普通に育てられ、兄弟仲良くよく遊び、喧嘩もし、村の学校に通い、普通に友だちも増えていった。

 そんな頃、御触れを持って兵士があちこちの村を訪問していた。適性検査を行うからと、村にいる男の子に試験を受けさせて回っているのだという。

 試験の内容は至って簡単だった。

 吊るされた丸太が飛んでくるのを避ける。

 ただ、それだけだった。

 学校に通っている男の子は、誰もがそれを受けさせられた。けれど、あまりにも簡単で、どの子も飛んでくる丸太を何事もなく綺麗に避けた。

「次」

 兵士の合図でアレクは指示された場所に立った。

 目の前にいる兵士が、手にした丸太を離すと、大きな木の枝に縛り付けられたロープに引かれて、丸太が真っ直ぐアレク目掛けて飛んでくる。それだけ見えるのだから、兵士が手を離した瞬間に、右か左に良ければいい。ただ、それだけの話しだ。

 なのに・・・

 丸太が迫り来るのを見た途端、アレクは胸が苦しくなった。一瞬で、色々な出来事が脳裏に浮かんでは消える。

「あっ!あぁぁ!!」

 飛んできた丸太を避けたものの、アレクは頭を抱えて叫び声を上げ続ける。

 その様子を見て、他の子ども達は驚いて騒ぎ出した。

 アレクが、試験に失敗した。

 それを見た村の学校の教師は青ざめた。まさか、自分の教え子が、失敗するなんて。

 もちろん、村長も大慌てだ。

 小さな村なのに、こんな簡単な試験を失敗するような子どもが、いただなんて。

 何たることかと、大人たちは騒いだ。だが、あの様子を見た兵士は声たかだかに御触れを読み上げだ。

「この者は合格である」

 予想外の声を聞き、村長を始めとした村の大人たちは驚いた。放牧のため村を離れていたアレクの父親は、呼びつけられて大慌てで駆けつけた。

 そうして、自分の息子が御触れの試験に合格したと告げられると、力なくその場に座り込んだ。

 頭を抱えて叫んでいたアレクは、いつの間にかに静かになっていた。

 兵士たちは、そんなアレクを布に包み、荷馬車に運び込む。

 それを見たアレクの両親は慌てて駆け寄った。

「む、息子をどこへ連れいかれるの行くというのです」

 兵士に縋るように問えば、兵士は満面の笑みで答えた。

「お触れの通り、合格したのだから首都に連れていく。これからこの子は城で暮らすのだ」

 そう言われても、アレクの両親はそう簡単に納得など出来やしない。なぜ直ぐに連れていくのか、わかれの挨拶もないのか。騒ぎ立てるアレクの両親に、兵士が何かを押し付けて言った。

「これで黙れ。それ以上騒ぎ立てれば容赦はしない」

 父親は、押し付けられた物がなんなのか手触りで察した。母親は、それを見て父親の腕に縋り付く。

 村長の傍に行った兵士が、何やらを囁くと、村長も満足そうに頷いておる。

「わかったな」

 兵士がもう一度言うと、村長は深く頷き、アレクの両親を見た。アレクの両親も深く頷く。

 兵士はそれを見て満足そうに笑うと、村長の肩を叩いて立ち去った。

 アレクを乗せた荷馬車は、砂埃を上げてあっいう間に村を出ていった。それに続く兵士も、騎馬に跨りついて行く。兵士の一団が見えなくなると、村長が村人たちに向かって声を上げた。

「この村に、アレクという名の子どもはいなかった。わかったな」

 誰も声を上げることが出来ず、黙ったまま頷いた。アレクの兄弟たちは、涙を流しながら両親に縋り付く。けれど、誰も何も話さないまま、無言で家へと帰って行った。

 3日後、村には立派な布や綿が届けられた。塩や砂糖も樽に入った物がある。それを村長の配分で分けられ、村人たちは二度とアレクの名前を口にしない事を約束させられた。幼い子ども達はしきりに理由を聞いていたが、学校でそううものだと教えられると、皆それを守った。

 この村から、アレクという名の男の子はいなくなった。

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