第3話 光輝の思い

「訓練なんてしないよ」

 翌日、聖女の指示でやってきた魔道士に少年はすげなく答えた。

「光輝」

 不貞腐れたように背中を向ける少年の名前を呼ぶのは勇者だった。

「僕はやらないよ。そんなの必要ないからね」

 膝を抱えて座り込み、全身で拒絶を表している。

 傍らには勇者がいるのだが、時折少年の頭を撫でるだけで説得には加勢してはくれなかった。

 ただ、いつの間にかに少年の名前は聞き出してはいたらしい。召喚された少年の名前は『新井 光輝』日本で高校生だった。

「光輝、ごめんね、嫌だよね」

 勇者は光輝の頭を撫でで、ひたすら優しくする。光輝は頭を撫でる勇者を見るが、訓練を勧めてくる魔道士のことは決して見ない。

「アレク、どういうつもりだ」

 自分を無視する行為に腹を立てた魔道士は、勇者の肩を掴んだ。

「どうもこうもない。光輝はやりたくないんだ。無理強いをしても意味が無い」

 勇者は自分の肩を掴む魔道士の手を払った。

「何を言っている。訓練をして、魔王討伐に行かなくてはならないのだぞ」

 魔道士は凄むが、勇者はそれを軽く聞き流す。

「本人に、やる気がないんだ。やれと言われてやるようなら、昨日のうちに訓練が出来ただろう」

「お前が一晩かけて説得したのではないのか」

「説得?俺が?」

 勇者は軽く魔道士を睨みつけた。

 なぜ勇者がそちら側であるかのように思っているのか。勘違いも甚だしいとしか思えない。

「アレク、お前は勇者なんだぞ」

 魔道士はそう叫ぶが、勇者はそんなことを気にもしない。

「だからなんだ?俺が好きで勇者になったとでも?誇りに思っているとでも?」

 勇者はそう言って魔道士を睨みつけた。

 まさかの味方の裏切りに、魔道士は後ずさる。

「アレク、お前…勇者でありながら聖女様を裏切るというのかか」

「裏切る?聖女を?……はっ、何をバカのことを言っているんだ?」

 勇者は立ち上がって、魔道士と真っ直ぐに対面した。

「いつ俺が聖女の言うことを聞くと言った?人を勝手に呼びつけて、勇者にして、使命を押し付けて、従うと思っていたのか?」

「アレク、お前!」

「今更なんだが、バカなのか?素直に従うとでも?するわけないだろう?なぜ俺がやらなきゃいけないんだ!」

 勇者が思いのほか大きな声を出したので、ベッドの縁に座っていた光輝は、驚いて肩をふるわせた。

「ああ、ごめんね。怖かったね」

 勇者は慌てて光輝の傍に行く。そうして優しく抱きしめた。

「帰れよ。時間の無駄だ。光輝は魔術の訓練なんかしない」

 勇者が、睨みつけそう言うと、魔道士は渋々部屋を出ていった。

「どうして?」

 抱きしめられたまま、光輝は勇者に問いかける。光輝から見たら、勇者だってこちらの世界の人だ。それに、勇者と呼ばれるからには、魔王を倒すのが使命なのではないのだろうか。

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