ここから始まる

柚城佳歩

ここから始まる

この世界には時として、物理法則をものともしない、奇跡のような現象を起こす者が現れる。

昔の人はそれを魔法師と呼んだ。


魔法の才能は、遺伝とは関係ない。

生まれながらに使える者もいるし、ふとした拍子に才能が開花する者もいる。

謂わば突然変異のようなものだ。

いずれにしても、その絶対数は決して多くないため、魔法師の存在は尊いものとされている。


国の中枢都市には、優秀な魔法師を数多く輩出している名門魔法師養成学校がある。

ここは魔法の才能が認められさえすれば、誰でも魔法の授業を受けられる。

生まれも身分も関係ない。

魔法師はそれだけ貴重というわけだ。


僕、ダリヤ・ローウェルも昨年入学を認められた一人だ。

昔、母と山の麓に暮らしていた頃、旅人だというおじいさんを数日泊めた事があった。

旅で訪れた異国の話を聞くのが面白くて、大きくなったら自分も旅に出ようと漠然と考えたりもした。


ある夜、不穏な騒がしさに目が覚め外を見ると、山火事が発生していた。

木々が燃える音、逃げる動物たちの群れ。

僕たちの家までまだ距離はあるものの、このまま延焼し続ければ巻き込まれるのは確かだった。


川は近くにあるが、火を消そうにも人の手で運べる量など高が知れている。

どうしようもなく立ち竦む僕の隣におじいさんが立ち、徐に手を上げ何かを呟いた。

すると、何もない空中にどこからか水が集まってきて、あっという間に大きな塊になったかと思うと、そのまま火元へ向かって飛んでいった。


火事は見事に消火され、夜の静けさが戻る。

それとは逆に、間近で見た奇跡に僕の心は興奮していた。

おじいさんは魔法師だったのだ。


幼かった僕は、おじいさんに魔法を教えてほしいとせがんだ。

方法を教わったからと言って、誰にでも魔法が使えるわけじゃない。

けれど、おじいさんは優しく教えてくれた。

無邪気な子どもに一時の夢を見せてくれようとしたのかもしれない。

おじいさんに続いて、教わった呪文を唱える。

すると、広げた手のひらに、ぽわんと小さな光の球が現れた。


「出来た……っ!」


光の球はすぐに消えてしまったけれど、隣で見ていたおじいさんは僕以上に喜んでくれた。

そして、都市部にある魔法学校へ行くよう勧めてくれた。

火事を消した一件で魔法師がヒーローのように感じていた僕は数年後、憧れの気持ちだけを抱えて、養成学校の門を潜ったのだった。




素質があれば誰でも入学が出来るとはいえ、卒業して魔法師と認められるためにはいくつか試験を突破しなければならない。

努力の甲斐あって、筆記試験では上位に食い込んでいるものの、実力試験はからっきしだった。

そんなだから、影でがり勉とか中途半端と言われているのも知っている。


炎を出す、風を操る、物を浮かせる。

どれも全然出来ないわけではない。

ただ、周りと比べるとその差は歴然だった。

これまで追試こそギリギリのところで免れてきたものの、今度の試験はそうはいかない。

卒業試験が迫っていた。


卒業試験は使い魔の召喚試験だ。

使い魔は猫やカラスの他に、カエルや蛇などを召喚する者も多くいる。

稀に例外もあるが、一般に、魔法の力が強いほど使い魔も強力なものを召喚する事が出来る。

僕はちゃんと何かを呼び出す事が出来るのだろうか。


名簿順に名前が呼ばれ、一人ずつ試験を浮けていく。僕の前の学生たちは、順調に召喚を成功させていった。


「次、ダリヤ・ローウェル」

「はい」


いよいよ自分の番が来た。

震えそうになる足を一歩一歩踏み出す。

手順は完璧に頭に入っている。

練習だってたくさんした。

大丈夫、きっと出来る。


完成図をイメージしながら、床に陣を描く。

サイズは両手を広げたくらいを目安に。

次に指先を針で刺して、浮き出た血を陣の縁に垂らし、陣に向けて手を翳して呪文を唱える。

頼む、誰か、呼び掛けに応えてくれ……!


「…………」


いくら待ってみても何も起こらない。

どこかで間違った?いや、手順は合っている。

なら僕の力じゃまだ届かないっていうのか?


「やっぱりあいつはただのがり勉だな」

「いくら知識があったって、実際に使えなきゃ意味ねーじゃん」


わざと聞こえるように話す声に、悔しいけれど言い返せない。だってその通りだったから。


「次」


先生の声が僕の試験の終わりを告げる。

やれるだけの事はやってきたつもりでいたけど、結局ダメだったのか。


「早く下がりなさい」


あの時の旅人のおじいさんみたいに、誰かの窮地に手を差し伸べられる魔法師になりたいのに。

諦めきれずに動かずにいたら、退場を促された。

……ここまでか。


後ろへ下がろうとした時、先程描いた陣が突如目映いほどに光り出した。

今まで見た中で一番強い光だ。

それまで雑談をしていた学生たち、そして先生までもが固唾を呑んで成り行きを見守っている。

光が徐々に収まってくると、陣の真ん中に佇む影の輪郭が徐々に浮かび上がってきた。

大きい。陣からはみ出すほどだ。

これは……。


気品のある佇まい。五色の鮮やかな体に長い尾。

この姿にはどこかで見覚えがある。

そうだ、魔法史の資料で見たんだ。

それに確か、校章にも描かれてあった。

歴史上でも尊いとされている存在、聖獣の一つ、鳳凰。


「聖獣を召喚するなんて聞いたことないぞ!」

「本当にあいつが呼んだのか?」

「何かずるい手でも使ったんじゃねーのか」


ざわめきが満ちる空間で、鳳凰は無言で僕を見つめている。

本当に僕が呼んだのか……?

とても自分の実力で呼び出せたとは思えない。

だって、召喚出来る使い魔は、例外を除いて普通は魔法師の実力に比例するはず。

例外。そうだ、ある事はある。


稀に、魔法師自身の実力とは関係なく、召喚獣の方から魔法師を選ぶ事があるらしい。

魔法の波長が合ったからとか、魂の形が好みだったからとか、文献には一応それらしい事は書いてあったけれど、なにぶん事例が少ないから本当のところは定かではない。


僕は改めて目の前の鳳凰と向き合った。

見上げるほどに大きいけれど、威圧されている感じは全くなく、むしろその目は優しい色を湛えている。


「……僕は、まだあなたに見合う魔法師とは言えないかもしれない。でも絶対にこの先胸を張って最高の魔法師だって言えるようになる。だから、僕と契約してくれますか」


伸ばした手に、鳳凰の嘴が触れる。

その瞬間、大きな力の波が身体中に流れ込んだ。

熱い。けれど心地好い。

波が引くと、手に先程描いた陣の模様が小さく刻まれていた。それを確認したかのように、鳳凰は高らかに鳴いて消えていった。


「成功、したのか……?」

「おめでとう。文句無しの合格だ。まさか君にこんなすごい光景を見せてもらえるとは思わなかったよ」


先生の言葉が浸透すると同時に実感が沸き上がってくる。

やったんだ、本当に成功させられた!

最高の旅立ちの日だ。

あの日憧れた魔法師への始まりの一歩。

僕の夢はここから広がっていく。




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