第156話 それぞれの17歳

 あと5秒で午前0時。去年のこともあるし、期待して待っちゃうな。プレッシャーかけちゃわないように誕生日の話はしないようにしてたけど。


 やっぱ、去年は全部が付き合いだして初めてだったから気負ってたのかなーとか。

 今年はもう、俺もロングスリーパーである必要性も理解してるし。


 ペコン、と通知音が鳴る。叶からだ。おー、覚えて起きてくれてたー。こんなことでソワソワするくらいなら自分からガンガン誕生日アピっとけば良かったわ。


「17歳おめでとう」


「ありがとう。追いついてやったぜ」


 叶は誕生日早いからなー。


「私半年もしないうちに18歳だわ」


「年取ったら誕生日のおそい俺がうらやましくなるんだぜ」


「愛良はもっとね。3月生まれだから」


 曽羽のヤツ、体はデカいくせに誕生日は遅いんだよな。充里も。


「こんな時間まで起きててくれてありがとう。おやすみ」


「おやすみ」


「ちゅっ」


「ちゅっ」


 あー、幸せ。産んでくれてありがとう、マクベス 希さん。


「あ! 12時過ぎてんじゃん! 誕生日おめでとうー!」


「おめでとう! 統基!」


「よっ! 17歳!」


 ピィ――と悠真が器用にどデカい指笛を吹く。


「うるっせー酔っ払いども! 廉が起きちゃうだろーが!」


「17歳だって、17歳」


「青春真っ只中だよなー。17歳って聞くだけでなんか甘酸っぱいわ」


 人の抗議を聞いちゃいねーな。


 俺の誕生日の瞬間を祝うためと言う口実で、兄貴たちが親父秘蔵の高い酒をあおりに集まっている。てか、息子の誕生日にもいねえ親ってどうなんだ。


「お前らの17歳なんか、どーせろくでもない思い出しかねーんだろ」


「なめんなよ、17歳なら俺なんか幼なじみに切ない片思いの真っ最中だったよ。まさに青春だよ」


 亮河が当時を思い出したのか、懐かしむように語る。ああ、後にデキ婚する幼なじみね。


「俺は17歳の頃はほとんど学校にも行かずに遊びまくってたな。若い時って寝なくても元気だよねー。今じゃ考えらんねえ」


 慶斗はずっと遊んでるか逃げてるかじゃねーのか。お前の人生それでいいのか。


「17歳って言ったら、俺嫁さんと付き合い始めた頃だな」


 じゃあ、今の俺くらいから他の女に触ると死ぬ設定を植え付けられてたのか。大変だな、悠真。


「孝寿兄ちゃんは?」


「俺は17歳になってすぐ奥さんのマンションに突撃して、そっこーでチューして俺の18歳の誕生日に結婚するって宣言した」


「すげーな。若気の至りがすげー。もはや黒歴史じゃん」


「人の愛の軌跡を黒歴史ゆーな」


 てか、今でもフラフラしてる慶斗以外は17歳当時ですでに結婚相手を好きだったのか、兄貴たち。揃いも揃って10代で結婚してるから、そりゃそうなるか。


 結婚ねー。俺ゃまだまだ考えらんねえな。


 飲みが終わりそうにねーから、明日に備えて俺は先に寝る。兄貴たちにあいさつもなく、2階の自分の部屋に行く。下手に酔っ払いに声かけて絡まれたらめんどくせえ。


 無意識にスマホをベッドにポイッと放って、じーっと見る。


 ……去年は、天音さんからもおめでとうのメッセージをもらった。スマホを再び手に取り、去年誕プレにもらったスタンプを眺める。すっかり流行りが変わっちゃって、もう全然使ってない。


 天音さんとのトークリストをかなりぶりに開いてみる。


「えっ」


 思わず声が漏れた。既読になってる。おそらくブロックされてたのに、解除されてるのかな。メッセージを送ったら届くんだろうか。おめでとうって……赤ちゃん生まれて、おめでとうって。


 ……やめとこ。俺はもう、天音さんの人生に関わらないと決めている。それが、天音さんの望みだから。




「ハッピーバースデ――! 統基――!」


「ありがとう! みんな、ありがとう!」


 充里が大声で祝ってくれるから、クラスメートたちもおめでとうーと拍手してくれる。ほんと、いいクラスだ。生まれてきて良かったと思える。


 放課後には、バイトを始めたばかりでまだ初給料をもらってないのに叶がケーキを2個買ってくれる。


「ここのケーキは甘くないから、甘いのが苦手な人でも大丈夫なんだって」


「お気遣いありがとう! けどさ、叶はどうせケーキ食うなら甘い方がいいんじゃねーの?」


「甘ければいいってものじゃないわよ。甘くてもおいしく食べられるってだけで」


「そっか、甘けりゃいいんなら砂糖なめるのが1番早いもんな」


「早いけど味気ないわね」


 叶が笑う。叶の部屋におじゃまして、音程のとち狂ったハッピーバースデーの歌を聞き、ありがたくケーキを食う。


「おー、うまい! 甘さ控えめ、上品なお味」


「ほんとだー、おいしい! 今日は家でもパーティするの?」


「誕生日パーティなんて小学校に入ったくらいからしてねーんじゃねーかな。高校生にもなって毎年家族でパーティしてんの叶くらいじゃねーの」


「え? みんなしてるものだと思ってたわ」


「あ、でも今年は昨夜から兄貴たちが集まってくれてさ。すっげーうっせえ誕生日の瞬間を迎えたわ。ありがた迷惑」


 朝見たら全員泥酔で寝落ちしてやがるし。俺も廉も普通に学校だからほったらかして出て来た。


「へぇー、にぎやかで楽しそうね。私も統基のお兄さんたちに会ってみたい! うちには来るのに統基の家に行ったことないし」


「え……」


 いつかは言われると思ってはいた。うちばっかりじゃ不公平だから統基の家に行こうと言われるのを回避するためになるべく外で遊んでるのだが、それでも言われるだろうとは分かっていた。


 でもなー……うち、デケーんだよ。4人家族に不相応なデカさなんだよ。絶対、「お父さん、何やってるの?」って聞かれるデカさなんだよ。


 カリスマレジェンドホストだよ、を言う勇気はまだもうちょいない。ごめん、叶。


「そうだねー。そのうちねー。いつかはねー。あ、ほっぺにクリーム付いてんぞ」


 俺は叶に嘘はつかないと決めている。これは嘘ではない。何も付いてない叶のほっぺにチューする口実だ。


 隣に座る叶に接近して、そのほっぺたに唇を付ける。そうだ、せっかく近付いたからアレやりたい。


 足を開いてひざを立て、その間に床に座る叶を入れて背後から抱きしめる。おお、髪から漂ってくる香りヤバい。ガチの囲い込みだな、これじゃ。


胸から腹にかけて、びっくりしてカチコチに固まってる叶の緊張感をダイレクトに感じる。


「な……何してるの?」


「誕プレいただいてます。昨日読んでた漫画でこういうシーンがあったの。ひたすらにカップルがイチャついてるだけの何がおもしろいのか分かんねー漫画なんだけどさ、これだけはすげーいいなって思ったから、やってみたかったの」


「そう……すごい密着感ね」


 すっげー背中熱い。顔は見えないけど、耳まで真っ赤だ。こういいリアクションされたんじゃ止まんねーな。わざわざ叶の耳たぶに口を付ける。


「密着感はいいんだけどさ、顔見えないしチューできない。こんなくっついたらチューしたくなるじゃん。ねえ?」


「えっ……」


 さあ、どう返す? うんって言うならじゃあしようってチューするし、そんなことないって言うなら嘘つくなよってチューする。


「あ! 誕プレ! 統基にプレゼント用意してあるの」


 ちっ、話をそらされたか。叶が立ち上がり、小学校から使ってるのであろう学習デスクからラッピングされた箱を持ってくる。


「お誕生日おめでとう」


 と両手で渡してくれる。


「ありがとう!」


 何だろう? キレイにラッピングされているのをバリバリはがして中身を見る。


「財布だ!」


 ふたつ折りの、濃いブラウンの大人っぽい皮の財布だ。


「統基っていつもポケットにお金入れてるでしょ。こだわりあるのかと思ってたけどそうでもなさそうだし、野生児っぽいからお財布ある方がいいんじゃないかと思って」


「誰が野生児じゃい。ありがとう! 俺これ大事に使う!」


 去年は何をあげたらいいのか分からないってのど飴をくれた。あれから俺のことをずいぶん観察・研究してくれてたんだなあ……。


 うれしい。すっげー、うれしい。


「去年が人生最高の誕生日かと思ってたけど、更新された! 今年こそ真の人生最高だったわ」


「良かった。でも、そう言われると来年プレッシャーだなー。今年を越えられるかしら」


 冗談半分で叶も笑う。力いっぱい、叶を抱きしめる。


「お前がいてくれたら、それだけで人生最高だよ」


 叶が真っ赤になって、ものすごい熱を放ってくる。


「本当に、よく真顔でそういうことが言えるわね、統基は」


「俺は本当のことしか言ってねえもん。ねえ、一生俺のそばにいるって明確に約束してよ」


「ふふっ、明確に? うん、いいよ」


 叶も笑って俺の体を両腕で締め付けてくる。


「言ったぞ! 絶対だかんなー。約束!」


「うん、約束!」


 17歳初日は最高のスタートだ! 一生に関わる大事な約束を取り付けることに大成功した!

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