君と後悔とともに
第157話 第4回、進路希望調査〜
「第4回、進路希望調査〜。お前たちも早3年生。この夏休みに親御さんともよく話し合って、始業式に提出しろ。二学期に入ったらすぐに進路懇談会があるから、将来についてマジメに考えろよー」
3年1組担任の体育教師、高梨が進路希望調査用紙を配りながらしゃべっている。そういう大事そうな話をながらでするな。
「進路かー。いよいよ決めなあかんわなあ」
前の席に座る阿波盛あかねが振り向いて用紙の束を渡してくる。1枚取って後ろに回し、用紙を見る。
ふっ。進路か。俺はすでに自分の進む道を見つけている。
今日は終業式だけだから、早々に終わった。明日から、高校生活最後の夏休みに突入だ!
「統基は進路どーすんの?」
充里と曽羽が俺とあかねの座る窓際の席へとやってくる。
「俺は指定校推薦でニッポン最底辺の大学、桜マラカリア大学へ進学する!」
1年の時は5段階評価の平均点が4.6もあったのに、2年でガクンと下がって指定校推薦ギリギリの評点3.5だった。大学なんか選べねえ。
「高校で下山手まで出てきたのに地元に戻るんかい」
「入谷、あんた最底辺の高校出て最底辺の大学て、その学歴に意味はあるんか」
「大卒は大卒! しかも、さくマラ大にはこども福祉学科があるからな」
「こども福祉学科? 入谷くん、子供いるの?」
「いる訳ねーだろ!」
あー、びっくりした! 変なところで妙な鋭さ発揮してんじゃねーよ! 曽羽のヤツ、フワフワとした虹色綿菓子ボイスと笑顔で何言い出すか分かんねーな、このド天然!
「俺は、保育士になる!」
「入谷が保育士? 先生とか向いてねえだろー。保育園児とでも本気でケンカしそうじゃん」
隣の席の佐伯がチャチャ入れてきやがる。
「誰が保育園の先生になるっつった。俺は保育士になって乳児院で保護者に成り代わり赤ちゃんの養育を行う!」
赤ちゃん超かわいい。成長していくスピードが半端ない。もう、最近の南紗は俺の顔を見ると「とーきー」とかわいい笑顔で駆け寄って来る。たまらん、かわいい!
調べてみると、乳児院では家庭に近いようにとひとりの保育士がひとりの子供を担当して世話する所もあるらしい。かわいい赤ちゃんが親と離れて寂しい思いをしないように、全力で愛情を注ぎたい。
「乳児院?」
「知らねーだろ。すぐには自分たちで赤ちゃんを育てられなくても、乳児院に預けるって選択肢だってあんだよ。育てる力のない若年層にこそもっと乳児院について知ってもらえば、2択なんかじゃなく選択肢が広がると思うんだよね」
「入谷、何の話してんだ?」
仲野と行村が連れ立ってやって来る。
「ゴリラの子供は預からねーからマザゴリには関係のない話」
「ゴリラ言うな!」
「入谷が赤ん坊の世話してるとか想像つかねーわ。チャれえ保育士な、マジ」
「チャラさで売ってるげーのー人に言われたかねーわ。行村、卒業したら本格的に芸能活動したいとか言ってたくせにすでにガンガンやってんじゃん」
「俺、今が旬らしくて事務所がガンガン推してくれてんだよね」
なるほど、これ以上モテるイケメンのイヤなところが出てきたら人気なんか望めねえもんな。見極める目のあるデキる事務所のようだ。
「最近、行村とマザゴリとセットでよく見るけど、お前芸能活動まで相方マザゴリでマジでいいの?」
充里の言う通り、CMまでこのふたりセットでやってたりするから不意に出てくると吹き出しそうになる。
「仲野と仕事行くと退屈しなくていいんだよ」
「退屈はしねーだろうな。いいオモチャだわな。デカくてジャマだし見苦しいから俺はいらんけど」
「ひでーな、入谷!」
と苦情を言いながら喜びに満ちた笑顔すんのやめろ、気持ち悪い。
「充里は? やっぱり就職?」
「そのつもりだったんだけど、昨日長谷川にバスケ部の試合の助っ人頼まれて出たら実業団のスカウトの人に声かけてもらったんだよ。高校じゃ何も実績残してないのに中学の頃から目ぇ付けてくれてたらしくて、残り少ないこれからの試合での活躍によっては所属させてくれるって言うから、まずはバスケをがんばる!」
「高3の夏休みからバスケかよ!」
「おー! 充里すげーな!」
「なんでうちの彼ピッピがスカウトされへんのにバスケ部でもない充里がスカウトされんのよー。納得いかんわー」
あかねが不満げな顔をしている。
あ。そういや、長谷川はバスケ部キャプテンだったな。
「もう、僕は気にしてないって昨日散々言ったのに、阿波盛さんはもう……はあ、阿波盛さんとの付き合いにも疲れてきちゃったな。この夏休みに少しずつ距離を置いて自然と別れられないかなあ」
長谷川を見ると、美少年はクールなポーカーフェイスをしている。
「何別れ画策してんねん! うちは別れへんからな!」
「分かる。お前よくあかねなんかと付き合ってるよ。そんな少しずつなんて気ぃ遣わんでも今すぐ別れても許されると思うぞ、俺は」
「そうかな、入谷くん」
「何を別れさせようとしてんねん! 絶対に別れへんからな!」
あーもー、うっせえ。そういうとこだっつの。
「ねえ、叶はどうするの? 進路」
あかねと違って奥ゆかしい叶に曽羽が尋ねる。いつの間にか叶もやって来ていたらしい。
「私は調理師専門学校に進学しようと思ってるわ。両親も賛成してくれてるし」
「ひろしのバイト辞めたがってるって曽羽ちゃんから聞いたこともあったのに、調理の道に進むんだ?」
「うん、あまりにも失敗ばかりで迷惑かけちゃうから辞めようかとも思ったんだけど……」
と、叶が俺を見る。え、何? 俺のそばにいたいから、とかかわいいこと言う? すでに顔にやけちゃうんだけど。
「統基こそ囲い込んで見張ってなきゃいけない人なんだってよく分かったから辞められないでいるうちに、できることが少しずつ増えて調理の仕事が楽しくなってきたの」
そっちかよ! 誤解だってのに!
「まさか店でも入谷組を作ってるとは思わなかったわ」
「若い客層が少ないから積極的に声かけてただけ! 店を長く続けるためにはおっさんばっかりじゃなくて若い客必要じゃん?」
「じゃあ、どうしてかわいい女性客ばっかりなのよ」
「それは単なるクセだよ」
「相変わらずだなー、統基。お前は本当に変わらない」
「お前もだろ、充里」
また背が伸びてる気はするけどな。
人間、そうそう簡単には変われねえんだよ。
だから、自然と変わるのを待つのはヤメだ。
幾重にも誤解を重ねても、叶は約束通り俺のそばにいてくれている。叶なら、きっと親や兄弟の職業に偏見を持って別れるなんて言わない。そう信じられる。
校門を出てふたりきりになったタイミングで、勇気を出した。
「叶、明日俺んちで遊ばねえ?」
「え? 家? いいの?」
「……うん。親はベガスでいねえし、弟はいるかもしんないけど気軽に来てよ」
「ベガス?」
首をかしげる叶がかわいい。叶なら、親がホストでも俺から離れてなんていかない。たぶん、きっと。この叶が俺を見捨てたりなんて……あー、やっぱり言わなきゃ良かったかな……。
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