第155話 変わり者の常人には測れぬ悩み
……なんで泣いてんだ、夏川さんは。ほとんど意味ある会話をしたこともないのに。訳が分からんが興味もないから適当な返事をする会話しかしたことねーのに。
……あ! こんな美人があんなことごときで俺を特別視するとは思わんかったけど、心当たりがひとつだけある。
「夏川さん、本田さんから夏川さんを引きはがしたことなら――」
と言いかけてるそばから夏川さんが赤くなって両手で口元を押さえる。
やっぱり、あれか。しかねーわ。マジでまともに話したこともねーんだもん。
「そんなリアクションされたら言いにくいけど、俺夏川さんだからやった訳じゃないですよ。店のルールが分かってない本田さんにムカついただけです」
「……私……バイト辞めます。今から、辞めます」
……え?
「……なんで?」
「だって……その人、彼女なんでしょう」
ちょっと待って。
俺が彼女と事務所でチューしてたから辞めるの? その辞める理由、絶対店長に言わんでもらっていい? 働きにくくなるわ!
「彼女だけど……そんなこと言わないで、夏川さん。俺、夏川さんにそんな理由で辞めてほしくない。俺が悪かった。ちゃんと仕事と線引きする。このひろしでは、彼女も夏川さんも変わりないバイト仲間だから」
他の違う理由引っさげてくれたら好きに辞めてもらっていい。でも、その理由だけはやめて?
「私も、彼女?!」
違う!
「夏川さんも彼女も、このひろしでは同じバイト仲間だから」
「私も彼女も同じ……」
なんか違う。けど、あまりに訂正するとまた辞めるって言いそう。
「夏川さん、バイト仲間として共にこのひろしを盛り上げて行きましょう! ね? バイト仲間として!」
「仲間……ありがとう、入谷くん!」
あー、変わり者だけに仲間って単語が意味合い大きいのかもしんない。この仲間って単語のジャンプ感に乗っかるしかない。仲間との絆を確固たるものとし、海賊王に、俺はなる!
シュバッとエプロンを着けて素早く夏川さんが階段を下りていく。ほんと、変わった人だな。
「……統基」
「今の見てて分かるだろ? 変わり者なの、あの人がよく分かんないって俺が言ってた夏川さんなの」
「……なんか、統基のこと好きそうだったけど。そんな話聞いてないんだけど」
「俺も聞いてねーよ。何なのか俺にも分かんない」
「告られた訳じゃないんだ」
「全然ない! マジでない! 本当によく分からん人なだけ! 常連客にセクハラってかガッツリ触られてたから文句言ったら俺が助けたみたいな空気になっただけ!」
ああ、と叶が納得したような?
「正義感強いものね、統基。そっか、それなら分かる」
叶が笑う。俺別に正義感強くねーけど?
「たしかにバイト先でチューしてちゃダメだよな。気合い入れ直すぞ! 夏川さんに言った通り、彼女だからって甘やかさねーからな! 社会の厳しさを知れ、叶!」
「分かった!」
「お前ならやれる! がんばれよ」
気合いの入った顔になった叶に笑いかける。俺、叶の自信過剰なところも好きだけど、自分がポンコツだと自覚することも必要だろう。厳しい現実をも乗り越えて行くのじゃ!
いざ店がオープンして常連客たちがやって来ると、トイレに立った田島さんがその帰りに厨房をのぞき、店長の隣でケチャップにまみれた叶に気付いた。
「えらい美人さんだな! 店長、その子誰?!」
「新しい厨房バイトさん。比嘉さんです、ごひいきにお願いしますー」
「あ、よろしくお願いします」
店長が背中を押して叶をカウンターに出すと、客たちが色めき立つ。
座敷からカウンターに移動して厨房をのぞき込むおっさんたち。
1年の初めを思い出したわ。次々と他のクラスの男子どもが叶を見学に来てたな。さりげに俺が撃退し続けてやがて来なくなったが。
みんながみんな叶を見てるから、俺と夏川さんは激ヒマなんだけど。空いたテーブルを拭き終わり、布巾の交換に厨房に入る。カウンターに群がるおっさんどもがジャマだ。
「比嘉さん、僕レタスをちぎってって言ったんだよ。それナスだよね」
「え? これレタスじゃないんですか?」
どんな間違い方だよ。調理以前の問題過ぎるだろ。ナスを素手でちぎるって、なかなか力いりそうなのにがんばったな。
「店長、レタスとナス間違えたくらいで怒るなよ!」
「叶ちゃん、がんばってむしってたんだから」
「俺らナスのサラダ食うからいいよ、それにドレッシングかけちゃって!」
クソまずそう。生ナスは無理だろ。
てか、俺は叶に社会の厳しさを知ってほしいんだが。大人の世界が叶に甘々すぎる。
コイツこの顔に生まれてきた時点で人生超イージーモードなんじゃねーのか。だがしかし、俺ならこんな衆人環視の中黒歴史を刻むのは御免こうむる。
おっさんをかき分けホールに戻ったけど、やることねーな。
「すごいですね、彼女さん」
「ねえ。まあ、そのうちみんな見慣れるだろうからしばらくの間だけでしょう」
夏川さんがヒマを持て余して話しかけてくる。カウンターに群がるおっさんどもを俯瞰で見ると、超マヌケ。笑けてくるわ。
「慣れたんですか? 入谷くんは」
「そりゃー、初めて見た時に比べれば」
「学校でもあんな感じですか?」
「学校では、遠巻きに見てるヤツらはいっぱいいるけど話しかけてくるヤツはほとんどいないっすね。あいつ友達少ないし」
「入谷くんは話しかけたんですか?」
「……まあ。友達と」
友達とって言うか、友達が。
「いいですね」
おっさんの合間からチラチラと見える程度の叶を見ながら、夏川さんが微笑んでいる。
キレイな横顔だ。
夏川さんも、気安く声かけられる見た目じゃねーな。その上こんな変わり者じゃあ、叶と同じく友達が少なかったのかな。俺らみたいなグイグイいくヤツがクラスにいなかったら、もしかしたら孤立しがちだったのかもしれない。
「夏川さん、叶と話が合うかもしれないっすね。美人あるあるとか盛り上がるかもしんないっすよ。美人すぎる悩みなんて普通の人に言えないもんでしょ」
普通の人にはイヤミに聞こえてしまうだろうからな。
ただの思いつきで言ったけど、思いのほか夏川さんの顔が明るくなる。あー、やっぱり俺なんかには分かんねー悩みがあったりもするんかね。
「比嘉さんはグレイでしょうか、ノルディックでしょうか? もしかするとレプティリアンでしょうか?」
知らん!
叶を混乱させんじゃねえ!
変わり者とニッポンの底辺校でも底辺の会話って、もはや成り立つ気がしねえな。
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