第137話 劇の練習初日は恥ずかしくて照れが入る

「マジでか! え、ブルックリンってどこだっけ? 曽羽ちゃん」


「分からない。アメリカって言ってたっけ」


 ブルックボンドな。


 この日本のド底辺の高校で学年トップの成績でも、一般的には下の中くらいかな。ブルックボンドなんてそりゃ知らんだろうな。


 文化祭の準備を進めるべく、この1か月はホームルームが1日4時間設けられている。本当にこの学校は勉強しないな。


 2年1組を3等分に分け、それぞれの役で目立つポイントを作ったオリジナル脚本を3つ仲野が作って来た。


 たった1日ですげーな、マザゴリ。


 俺たちのロミオとジュリエットは完璧な王道ラブストーリーかつハッピーエンドだ。


 敵対する家に生まれたロミオとジュリエットは一目で恋に落ちるも交際に反対される流れはオリジナルと同じだが、仮死状態のジュリエットにロミオがキスをすると目覚め、修道僧の助けを受けてふたりは新天地で末永く幸せに暮らす。


 素晴らしい。さすがにこれはほめたたえるしかねえ。


「お前のゴリラフェイスでこんなラブストーリー書くとかキモいんだよ。その顔面を隠してろ。いい話が台無しなんだよ、気が利かねえな」


「ありがとう、入谷!」


「比嘉さんが文化祭当日におらんのやったら、ジュリエット決め直さなあかんのとちゃうん」


「いや、決め直さない。叶と練習して、当日はあかねか実来に代役を頼みたい。だいたいの流れは同じだから、できるだろ」


「うち、やる! どうせ入谷のことやからフリやなくてほんまにキスするんやろ」


「叶にならするけど、お前になんかするか!」 


「私にもしないで! みんなの前で恥ずかしい!」


 ちっ、ダメか。みんながいればさすがの俺でも欲に負けそうになんてならねーから、トラウマ発動せずにできると思ったのに。


「じゃあ、それぞれのグループで台本読んでいってみるか」


「そうだな」


 クラスメートも何人か辞めているとは言え、クラスが消滅するにつれ少しずつ1クラスの人数は増えてるから、今2年1組には36人の生徒がいる。よって、1グループ12人。なかなかの登場人物の多さだ。


 我ら王道ラブストーリーグループは、ロミオ俺、ジュリエット叶、主要人物の修道僧ロレンスに充里、ジュリエットの乳母に曽羽、俺を殺そうとして殺されるティボルトに仲野、ジュリエットが婚約させられるパリスに行村。


 あとは、両家の親兄弟などの身内や友人などがそれぞれ見せ場がある。俺に殺される場面が最大の見せ場だったりするけどな。ほんと、たった1日でよく書いたものだ。


「なんか、ただ読むだけってのも恥ずかしいな」


「そうね、内容が内容だけに照れるわね」


「おいおい、主役ふたりが照れてちゃダメだよ。見てる者を照れさせねえと」


 おお、仲野がぽいことを言う。


「おおー、お前監督とか向いてんじゃねーのー」


 と行村が軽口を叩くとゴリラは真に受けて


「お前の事務所紹介しろよ!」


 などと調子に乗ってはしゃいでいる。うざい。


「ただ読むのが恥ずかしいんなら、動き付けてみたら?」


「そうだな、立ってやるか、叶」


 充里、いいこと言った。立ち上がって台本を見ながら動いてみると、次の動きとか考えるから恥ずかしいのがマシになった。


 ラストシーンは、完全なる仲野のオリジナルだ。


 修道僧が手配してくれた汽車に乗り込むシーンだが、汽車なんか用意できねえから乗り込む動きをする。


「ジュリエット!」


 先に乗ったロミオが振り返りジュリエットに手を伸ばす。


 その手をつかみ、ジュリエットも汽車に乗る。無事追手をかわしたふたりは遠く新天地で幸せに暮らす、という希望溢れるラストだ。


「汽車に乗った感じに見える?」


「うまい、うまい!」


「仲野の演出すげーよ、ちゃんと汽車感あるわー」


「マジで?! 俺演出家もいけっかなあ」


「いやーもう、お前裏方の才能すげーわ」


 なぜに行村はやたらと仲野をほめとるんじゃい。どんどんマザゴリが調子付いて気持ち悪い。


「なんか、最後いいね。振り返って手を伸ばされるの」


「ほんと?! 比嘉さん! 俺、ラストは絶対ロミオに振り返らせたかったんだよ!」


 仲野が叶の方へと振り返る。


「お前は振り返らんでいい。前向いたまましゃべってろ」


「顔見るくらいいいだろ、入谷!」


「ダメ。叶の目が腐る」


「ひどい! だが、いい! 今日は大サービスだな、入谷!」


 まあ、いい脚本書きやがったから、ご褒美だ。


「お前なんかを喜ばせるつもりはねえんだよ、クソが。作詞作曲できるんだろ、マザゴリ。最後に歌いたいか?」


「歌いたい!」


「じゃあ曲作ってみろよ。いいもん出来上がったら歌わせてやるよ」


「ありがとう! 入谷!」


「しょーもない曲作りやがったら蹴り倒してやるからな!」


「あー、それもいい!」


 どこまで変態なんだ、コイツ。自分を俺に殺される役に配役してる時点で趣味嗜好がダダ漏れだけどな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る