第138話 長い夏休みも終わる頃には短く感じる

「充里……1カ月バイト代わってくれ」


「長い! 今度は急な上に長い!」


「仕方ないよ、充里。入谷くん、あと1カ月で叶と離ればなれになっちゃうんだから。1ヶ月なんて、夏休みくらいしかないんだから」


 夏休みって結構長いけどな。


「しゃーねーな。お前金なくなるけどいいんか?」


 金……そりゃ、働かざる者給料得られずだからな。


「よかねーけど、いい! もう、金のことは忘れる!」


「ごめんね、なんか私のせいで」


「叶は何も悪くない!」


 叶、だいぶ変わったよなあ……。ちょっとびっくりした。自分から謝るとか。しかも、こんな何も悪くないのに。


 出会った頃は、小馬鹿にした物言いする自信過剰な女だと思ったものだけど、今思えばあの頃はバリアを張ってるとでも言うか、ナチュラルな叶じゃなかったんじゃねーかな。知らんけど。単に人見知りでああなってたのかもしれないし、成長しただけかもしれねーし。


「どこか行っときたいとことかある? まあ1年くらいだからそんな気張ることもねーんだけどさ」


「お金ないしって考えると、とりあえずペットショップかしら」


「だと思った。電車代節約のためにチャリでがんばるか。動物園もまだ安いぞ。水族館は無理だけど」


「でも、動物園はすごく遠いから電車代がかかるのよね」


「それな。俺来年誕生日来て18歳になったら車の免許取ろうかな」


「えー、統基の運転とか怖い。あおられたりしたら対抗しそうだもの」


「ぜってー引かねえ。相手が諦めるまであおり返してやる!」


「危ないから、本当に気を付けて! 事件とかに巻き込まれないでね」


 あ……叶が不安そうな顔をしてる。


 心配かけちゃダメだな。安心して1年過ごしてもらえるように、言葉に気を付けよう。


「分かったよ。叶こそ、気を付けるんだぞ。アメリカは人が左側通行で車が右側だからな」


「え、そうなの?」


 そうなのって、基本中の基本だろーが。


「お前、ブルックボンドについて調べたりした?」


「ブルックリンね。全然」


「お前たった1年とは言え、移住する土地のことが気にならねえとかすげーな。肝座ってるわ」


 大丈夫なのか、やってけるのかそれで。お前に心配されてたなんて心外なほどに叶が心配なんだけど。


 この放課後を、俺は今までバイト入れて叶と同じ時間を共有しなかったのか……。


 なんでそんなもったいないことしてたんだろ。


 なんでこの叶と過ごす高校生活が永遠に続くように思ってたんだろう。


 確実に、基本3年間しかないものなのに。その3年すらなくなって、やっと続く訳ないものなんだ、とは知った。


 けど……


「統基、この色のレオパ知ってた? かわいいー」


「おー、初めて見た! かわいー、やっぱレオパ飼いたい!」


「エサを飼えるかどうかだよー」


 叶が笑う。


 日に日に、叶の笑顔を見るだけで動悸が激しくなって気を抜いたら意識がなくなりそうな感覚に陥る。


 あと少ししか叶と毎日会えない。


 無意識に焦っていていっそ子供を作ってしまえ、とでも深層心理で思ってんのかってくらい、心拍数が異常になる。


 どんな表情してたってかわいいけど、やっぱり笑顔を目に焼き付けたいのに、笑顔を見ると苦しくなる。


 でも、劇の練習中は何回も繰り返してるから、すっかり慣れて鼓動が安定する。全部台本通りだからかな。ラストまで展開が分かってるもんな。


 汽車に乗り込む演技をして、振り返り叶へと手を伸ばす。


「ジュリエット!」


 叶が俺の手を握ってくれる。台本通りだ。


「おー! すげー完成度じゃね?」


「それぞれいいから、舞台3公演でも認められたかもよー」


 たしかに、佐伯&実来のお子ちゃま向けは、ビジュアルかわいいヤツらで固めた上に仲野の脚本の甲斐あって悲恋を感じさせない。


 はじめてのおつかいを観ているかのような、がんばれー! と応援したくなるほっこりロミジュリに仕上がった。ロミオとジュリエットとしてはどうなんだ。


 長谷川&あかねは、まるっきり王道少女漫画なシンデレラストーリーに仕上がっている。ジュリエットの関西弁が異彩を放っているのが強調されておもしろい。


 正直適当だったのに、長谷川の王子感に乗っかった完全女子向けだな、これ。


 話の軸は共通してるのに、それぞれに個性があってすげー。


「やっぱり王道ええなあ。この続きを映画館で観たいわ」


「無期限汽車編か」


 クラス演劇の続きって何なんだ、エセ関西人。


 もう文化祭前日だ。やっぱり1ヶ月なんかすぐだった。夏休み前は長く感じるけど、終わる頃にはびっくりするくらいあっという間に感じるもんな。


「それより、明日できそう? こっちのジュリエットは関西弁出すなよ。台無しになるから」


「台無してなんやねん! できるよ、ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」


「お前やっぱり標準語の方がしっくりくるじゃねーか」


「そんなことあらへんわ!」


 あはははは、とみんなで笑う。


「お前ら、まだやってたのかー。最終下校の放送流れてただろーが。鍵かけるから出ろー」


「はーい」


 高梨が珍しく仕事をして、俺らを追い出しにかかりやがる。どーせ早く見回り終わらせてパチンコにでも行きたいだけだろうがな。

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