第136話 遠距離恋愛の前には不安をつぶそう

 叶パパはこれからメシらしいから、帰ることにした。玄関まで叶パパが見送ってくれる。


「ありがとう、入谷くん」


「約束破ったら俺ブルックボンドまですっ飛んでくから」


「ブルックリンね」


 叶がなんか手と顔ギットギトで小走りにやって来る。


「え、帰るの?」


「何お前、その顔」


 案の定料理もできねーのか。思わず笑いながらシャツの袖を引っ張って叶の顔を拭う。


 あと、1か月ほどか……。


「叶パパ、先に叶と話していい?」


「うん、頼むよ」


 頼むよ? 何を頼まれたの、俺?


 叶も靴を履いて家の外に出る。笑って叶を見ると、不安そうな顔をしている。


「そんな顔すんなよ。1年くらい、すぐだよ」


「反対しなかったの? 絶対に行かせないって言ってくれてたのに、どうして?」


 そんな責めんでくれよ……。


「ごめん! ヤキモチに負けた! お前、長谷川としゃべり過ぎなんだもん。長谷川と引き離したくなってさ」


「えっ……え? そんな理由? ヤキモチなんて話じゃないって言ったじゃない」


「いや、あいつはいいヤツそうなだけに危険だ! だがしかし、1年後見てろ、叶! あいつは熱が冷めてるだろうが、俺は違う!」


 叶の肩に右手をポンと置き、左手の親指を立て自分を指差す。


「俺は1年分の愛情を溜めながら叶の帰りを待ってるから! 俺と長谷川の違いを見て笑え、叶!」


「……統基……でも、1年も会えないんだよ」


「会えないくらいで俺は諦めねえ! 毎日電話して、俺のこと絶対忘れさせない! 離れてても、俺ガンガンに囲い込む! 今と何も変わらない!」


「変わるよ……寂しい」


 短い言葉に、不安と寂しさが込められている。テンション上げるだけじゃダメだな。何とか、叶の不安を払拭したい。


「寂しさなんか感じさせない。俺精一杯がんばるから。お前が寂しい思いしないように、ありとあらゆる手を使う! 現代社会で同じ地球上にいるんだから、大したことじゃねーんだよ。大丈夫、俺を信じろ!」


「……ざっくりしてるなあ」


 叶が笑った。お、ちょっとプラス傾向かな?


「俺もめちゃくちゃ寂しいけど、でも俺には毎日会えなくたって関係ない。お前を好きな気持ちは近くにいても遠く離れてたって変わらない」


 うつむき加減だった顔を驚いたように上げた。


「統基も……寂しい?」


 かわいい! 首をかしげて尋ねるクセがここへ来てスパーキングにかわいい!


 こんなかわいい叶に心配の種をひとつたりとも残したくない。叶の不安は全部解消させてみせる!


「寂しいよ。離れたくない。でも、寂しいのは俺だけじゃない。叶パパだって、叶と離れるのは寂しいんだ。俺はお前と離れても平気だから反対しなかったんじゃない。お前と離れてしまったら寂しい気持ちが俺にも分かるから、反対できなかった」


 ざっくりじゃなく、丁寧に気持ちを伝える。こんな、寂しいとか泣き言を叶に知られたくない。けど、叶は俺が離れても平気でいることに不安なのかと感じた。


 俺のどうでもいい男のプライドなんか、叶を安心させられるなら、いくらでも投げ捨てる。


「不安があったら、我慢しないで何でも言って。俺のこと信用できなかったら逐一行動報告するし、1時間置きに電話するし」


 叶が笑って俺の顔を見上げた。


「そこまで信用されてないと思ってたの?」


「だって、チャラいチャラいって言うからさ」


「チャラいのが統基だもんね」


 どういう笑顔なんだ。どう解釈すりゃいいんだ、その言葉。笑ってるけど、目に涙浮かんでるし。無理して笑ってんじゃねーのか。


 とりあえず、浮かんでる涙が流れても見えないように、叶を抱きしめる。


「1年なんかすぐだよ。こんな今生の別れみたいなことしてたなんて笑い話になるくらい」


「ほんと、もうロミオとジュリエットやってるみたい」


 あのふたりは思い合ってても悲恋だったけど、俺はそうはさせない! 絶対に!


 体を離して叶の目を見て話す。


「俺はこれから1年を叶パパに譲る。その間に箱入り娘を箱から出す覚悟を固めてもらわねーとな。そして、パパが箱から出した叶を俺が囲い込む。結局叶に自由はねえな」


 あはは、と笑っても、叶はキョトンとしている。


「どういうこと?」


「大好き」


 力を入れ過ぎないように気を付けて叶を抱きしめる。


 叶がない力振り絞って俺の体を締め付けてくるから、ちゃんと人間らしく加減できてたのに俺までやっぱり力いっぱい抱きしめてしまう。


「ちゃんと勉強しろよ。一緒に卒業しような」


「うん」


「俺めっちゃバイトして金貯めて会いに行く。1年も会えないなんてこと、ないから」


「うん」


「俺は変わりたくても変われない。離れたって何も変わらない。大丈夫だから、安心しろ」


「うん。ありがとう」


 もう大丈夫そうかな。叶の頭をなでたらにっこり笑った。


「そろそろ眠くなっちゃうんじゃねーの?」


「そうね、お風呂に入らないと」


「俺も一緒に入って行こかな」


「ダメに決まってるでしょ! もー、いいかげんなことばっかり言うんだから」


「いや、本気だよ」


「えっ」


 冗談だけどな。いいリアクションだ。さすが叶。


「おやすみ。また明日な」


「うん、おやすみ」


 叶が笑って手を振り、家に入るのを見届けて歩きだす。


 また明日、がずっと続きそうだ。ああは言ったが叶がいなくなるなんて、想像できねえ。でも、叶に言った通り、たった1年だ。きっと何も変わらない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る