第130話 ラブコメあるあるパターン

 2年1組の教室にて、綿林先生の授業を真面目に静かに受けている。


「あ。比嘉さんは僕の後ろの席だ。今日僕鏡見てないけど、寝ぐせ大丈夫かなあ? 今比嘉さんが僕の後頭部を見ているかもしれない。僕の後頭――」


「叶はお前の後頭部なんか気にしねえ! うるっせーんだよ! 授業妨害だって先生に訴えるぞ!」


 あー、イライラする! 何なんだ、コイツ!


 長谷川のヤツ、心の中でずっと叶のことを考えてやがる。


「お前ら2人ともうっせーんだよ! あおたんの授業が進まねーだろうが!」


「お前の声の方がうっせーわ! 黙れマザゴリ!」


「うわー、入谷くん、すごく大きな声が出るんだなあ」


「お前ら一旦口を閉じよーか。全員うっせー! あおたん、無視して授業!」


「充里もな! そうそう、あおたん、授業進めて!」


「あ、はい!」


 叶はずーっと自分のことを考えてる男が目の前にいても、特に気にしてる素振りはない。叶にとっては、特に珍しいことでもないのかな。羨望の眼差しで見られることには慣れてるだろうし。


 でも、自分への思いを授業中すら垂れ流されることにはさすがに慣れてないだろう。てか、初めての経験じゃなかろーか。しかも、かなり残念な仕様ながらこんな正統派イケメンに。


「後ろに回してくださーい」


 と先生がプリントを配る。あかねが振り向いて


「見るだけでイヤやわー、字ぃちっこいなあ、これー」


 とプリントの束を渡してくる。


 1枚取って後ろへと回し、プリントを見るとマジだ。マジでちっせー字でびっしり詰まってる。


「ちょっと設定ミスっちゃって、見づらいかもしれませんががんばってください」


 生徒に無理を強いらず印刷し直そうか、あおたん。やっぱりこの学校、教師までバカばっかりだ。


 なんとなく気になって後ろの方の席を見ると、叶と長谷川もプリントを見ながら笑っている。表情が出てるから、今はちゃんとしゃべってるみたいだな、長谷川。


「お似合いやねえ。ほんまに見るだけなら美男美女で映画でも観とるみたいやわー。羨ましいー」


 美男美女……まあ、女子から見れば羨ましいってのも分からんでもないかもしれない。俺は何も羨ましくないけど。見てても胸がザワザワしてくるだけだ。


「話の内容はバカ100%だぞ。それでも羨ましいってのか」


「100%で済むかー。あの簡単な小テストで0点やで」


「悪い、180%の間違いだ」


「質問があったら答えるので手を上げてくださーい」


 綿林先生が生徒たちを見回す。


「はーい」


「はい、箱作くん」


「黒い塊にしか見えなくて全然読めねーんだけど。印刷し直してよ、あおたん」


「やっぱりダメかー。次の授業までに高梨先生に聞いて設定やり直してみますね」


 うれしそうに先生が笑っている。高梨に話しかけるいいきっかけにでもするつもりか。なんで体育教師の高梨なんだ。もっと機械に強い先生、他にいるだろ。


 昼休みになり、叶の隣の席へと移動する。充里の隣の席には曽羽が座り、叶と充里の間に座る長谷川の隣に佐伯が座り、あかねが俺が借りてる席のさらに隣から椅子だけ借りて俺と机を共用する。


 1年の頃はずっと4人で食べてたけど、ずいぶん増えたもんだな。


「なんかお弁当まで似てるね、叶と長谷川くん」


「長谷川くんもお母さんがお弁当を作ってるの?」


「ううん、お父さんが作ってるよ。お母さんは料理が苦手で」


「ふーん、叶のお母さんとは大違いだな。何でもかんでも同じではないよな、そりゃあ」


「でも、お父さんが料理好きで昔っからおやつなんかもお父さんの手作りだったんだ。何でも作っちゃうんだよ」


「へー、うちのお母さんと同じだわ」


 ……性別入れ替えただけでそっくりじゃねーか。


 楽しそうに長谷川としゃべってる。共通点が多くて親近感が湧くのか、人見知りの叶にしては珍しく速やかに心を許してる気がする。


 メシを食い終えた長谷川がトイレか席を立った。叶はまだ食べてるけど、俺もパンをとっくに食い終わってる。


「お前、俺の彼女なのに他の男としゃべりすぎじゃね?」


 女々しいヤキモチ男みたいで言いたくなかったけど、つい出てしまった。


「入谷、ヤキモチ焼いてるんー?」


 あかねが腕に抱きつきながらチャチャを入れてくる。いらんことを言うな。恥ずかしいわ。


「しゃべりすぎって……腕に他の女の子くっつけてる彼氏に言われたくないわ」


 それもそうだな。


「離れろ、1号」


「ヤキモチ焼くようなことじゃないわよ。ただこんなに話の合う人が初めてだからしゃべりやすいだけよ」


「あんなヤツ好きな訳じゃないわ、ただの友達よって思ってたけど気が付いたら好きになってたわ、とかラブコメであるあるパターンなんだけど」


 俺がどれだけの漫画を読んで来たと思ってやがる。


「別に長谷川くんのことをあんなヤツとも思ってないわよ」


 あ、そうか。元は嫌い合ってたふたりが気が付いたら好きになってたわ、がパターンだわ。


 長谷川は主人公ばりに心の声がダダ漏れだから明らかに叶に惹かれていってる様が見て取れる。だがしかし、ヒロインの方は主人公に無関心。これじゃラブコメにはならねーな。はっはっは。


 ……いや、ていうか、俺も元々完全に無関心決めこまれてたんだけど。


 ずっと俺に無関心だったのに、いつの間にか好きになってくれていた。付き合い始めてもしばらくは本当に俺のこと好きでいてくれてるのか不安だったほどに。


 ダメだ、叶はある。無関心からいつの間にか好きパターン、叶にはある!

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