第129話 ポンコツ美少年、長谷川

「この曲、すごく好きだな、僕。どこの国の曲だったかなあ。たしか、プエルトリコとかチェコスロバキアみたいな響きの国だったことは覚えてるんだけどなあ。チョコワッフルがおいしい国で」


 チョコがおいしい国なのかワッフルがおいしい国なのか。


「僕もティーガットル欲しいなあ。練習してこの曲をマスターしたい。けど、どこにも売ってないんだよなあ。現地に行かないと買えないのかなあ」


 えらい民族楽器っぽい名前だな。チョコワッフルがおいしい国なら都会的なシティな国を思い浮かべてたんだけど。


「あ! 後ろの席に人の気配が! 比嘉さんが来たのかなあ」


 いや、違う。俺だよ。


「長谷川! 出てる! ダダ漏れとる!」


 あかねは無視すればいいって言ってたけど、無視しきれねえ!


 むしろ、結構席離れてるのに長谷川が何言ってるのか聞き耳立てちゃうんだけど!


 長谷川は正統派イケメンな見た目に負けず劣らず心もキレイだったようだ。素朴でど――でもいいことを唐突にしゃべりだす。


 下山手っ子だけあって内容がめちゃくちゃだし、気になってしょーがない!


「何聴いてんの? イヤホン片方貸せよ」


 長谷川の耳からイヤホンのコードを引っ張って引っこ抜く。


「あー、このポケポケ鳴ってんのがティーガットル?」


「え! 入谷くん、ティーガットル知ってるの? これどこの国の曲だっけ、覚えてる?」


 訳ねーだろ。お前が言ってたんだよ、心の中で。ダダ漏れだったけどな。


「長谷川、この間このオーストリアの曲いいなーって言ってたじゃん。オーストリアじゃねーの?」


 長谷川の前の席に座る充里が思い出したらしい。


「そうだ! オーストリアだ。ありがとう、箱作くん。スッキリしたよ」


 全然スッキリしねえ! 普通に音楽の都じゃねーか! さっきのヒント完全無視じゃねーか!


「へー、イケメンコンビと長谷川が仲良くなるとは思わんかったわー。意外な組み合わせー」


 女子が体育の着替えから戻って来たらしい。あかねが自分の席に行かずにこっちに来る。


「お前らこそ」


 なんやかんやであかねも叶と曽羽と一緒に行動してるみたいだ。単なるあぶれた者同士だな。大きめの女子グループがいくつかすでに出来上がっているから、編入してきたあかねが最小グループに合流するのは不思議ない。どう見ても女子たちから好かれてねえしな、あかね。


「どいてくれないと私が座れないんだけど、統基」


 体操服を机の横に掛けながら叶が苦情を言ってくる。曽羽が普通に充里のひざの上に座る。


「俺のひざの上に座ればいいじゃん。こっち向いて座ってくれていいよ。めっちゃ足開いて座ることになるけど」


 かるーく冗談を言っただけなのに、想像したのか、叶が真っ赤になった。お、さすがナイスリアクション。かわいいー。


「俺思いっきり抱きしめていい? そのまま普通に授業受けても先生気付かねえかなあ?」


 まあ、今そんなことしたら俺の方が鼓動がやばくなって授業なんか受けられねえだろうけど。俺も想像するだけでドキドキしてきた。


「うわー、入谷くんはすごいことを言うなあ。やったことあるのかなあ、比嘉さんをひざに座らせるとか、抱きしめるとか。付き合ってるんだから、当然あるのかなあ」


「やめろ! 長谷川! お口チャック!」


 ピュア過ぎてこっちが恥ずかしくなるわ!


「比嘉さんが座れへんねやったらうちが座ろー」


 あかねがピョンと横からひざに乗って抱きついてきた。叶が大きな目を見開いている。


「やめろ。立ってろ、1号」


「はーい」


 渋々あかねが立ち上がった。


「1号って?」


「え……俺そんなこと言った?」


「言った」


「奴隷1号だよ。あかねも小1の時同じクラスで出席番号1番だったから」


 充里め、いらんことを……。案の定、叶が久しぶりに冷たい目で俺を見る。


「まだ真人間にはなってないようね」


「ふっ、俺にはまだまだ叶とふたりで過ごす時間が必要なようだな」


「入谷くんはすごいなあ。何を言われても歯の浮くような軽薄なセリフで返しちゃうんだなあ」


「誰が軽薄だ! 黙ってろっつってんだろーが!」


 最近気にしてるんだから、マジでやめろ!


「あ、そういえば英語の小テスト見るよ、叶」


「うん、お願い」


 曽羽が叶の席へとやって来る。叶が机の中からプリントを取り出した。


 小テスト? 体育の前に返されたやつかな?


「ここがね、バツになってるけど合ってない? 私これだけは自信があったのに」


 普段は自信満々のくせに勉強に関してだけは自信を持てない叶にしては珍しく自信あったんだ。


「大丈夫、間違ってるよ。0点で合ってる」


 全然大丈夫じゃねえじゃねーか。小テストとは言え、0点て。


「うわー、すごい! 比嘉さんの解答と僕の解答が全部完全に一緒だー」


「え?」


 長谷川を見ると、美少年なポーカーフェイスで手に解答用紙を持っている。


「全部? え、そんなことある?」


 叶と長谷川の解答用紙を並べて見ると、間違え方が完全一致している。


「長谷川もあったまわりーんだな」


「そうなんだ。僕、昔からちゃんと勉強してるのに点は取れないし、足は遅いし泳げないし力がなくて中学の時は荷物が重くて学校までたどり着けなかったこともあるくらいで」


「え、私も」


 叶が驚いた声を上げた。長谷川も驚きの表情だ。叶をまだよく知らないあかねも驚愕の表情だ。


「何ができんの、あんたら。顔がいいだけのポンコツか、ふたりとも」


「はっきり言いすぎだろーが!」


 何なの、この雰囲気。叶と長谷川が見つめ合ってんだけど。チャイムが鳴り始めたけど、意に介さず見つめ合っている……。


「私、リコーダーも吹けないわ」


「僕も。吹いても吹いても音が出なくて」


「えー、嘘! こんなに話の合う人初めて会った!」


「僕も! 比嘉さんとの共通点がこんなにあるなんて思いもしなかった!」


 叶と長谷川がハイタッチで喜び合ってる……何なんだ、マジで! 無性に腹が立ってくる光景なんだけど! 割って入ってやろうと立ち上がった。


「そんなに気が合うんなら、付き合えばいいやん。見てくれだけは美男美女やで。ポンコツはポンコツ同士がお似合いや」


「気が合うからって付き合わないよ。ね、統基。……統基?」


 あかねの言葉にゴリラに胸をドーンと張り手されたような衝撃を受けて、叶の笑顔にとっさに反応できなかった。


「あ……そうだよ! 叶は俺のもんだかんな!」


「やだ、もう! 恥ずかしい!」


 叶のいつもの掌底に、思わずよろめく。


「統基?」


 そこへ、ナイスタイミングで綿林先生が教室に入って来た。


「はーい、授業を始めまーす。チャイムが鳴ったら席に着いてくださーい」


「あ……席行かなきゃ」


「大丈夫? 統基……」


「大丈夫。立ち上がったとこだったからバランス崩しただけだよ」


 叶が心配してるみたいだから、なんとか笑って席に着く。


 何でだ。何で、チューした訳でも見つめられた訳でもないのに、こんなに鼓動が異常に速くなってんだ。

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