第128話 テレパシーなんていらない

 教室がシーンと静まり返る。


 まだ全員がそろってないせいもあるだろうが、クラスメートたちも俺がにらみつけてる男がブツブツとまだ何か言うかと聞き耳を立てているからだろう。


「あーあ、入谷くんを批判してみてもやっぱり気が晴れないなあ。これならまだ素直に認めた方が気持ちいいか。いいなあ、キレイな彼女がいて陽キャでカースト上位で。僕も思い切ってイメチェンしようかなあ。でも、僕が髪染めたりピアス開けたりしたところでキャラに合ってなくて笑われるかなあ。いやでも、僕のことなんか誰も気にしてないから気付かれもしないか……ふふふ」


 いや、めちゃくちゃ気になる! 今クラス中から注目集めてるよ、お前!


 何コイツこの空気に気付いてないの?! 意味不明すぎて気持ち悪!


「目ぇつぶってブツブツ言ってんだけど」


 充里が後ろの席に座る男を指差す。


「ああ、長谷川はせがわはすぐに心の声がダダ漏れになんねん。そのうち慣れるわ。無視しとけばいいだけやから」


「心の声?!」


 そうか、編入してきたってことはあかねと同じ4組だったからあかねはこの気持ち悪い男を知ってんのか!


「おい、お前何なんだよ」


 恐る恐る長谷川の肩に手を置くと、椅子と机がガタッと鳴るほど飛び上がって振り向いた。


「あ、入谷くん」


「入谷くんじゃねーんだよ。文句があるのかないのかケンカ売ってんのか何なんだ。意味不明すぎて気持ち悪いんだよ、お前」


 俺もたいがい心の声がそのまま出とんな。


「文句なんてとんでもない! え、なんで怒ってるの?」


「お前人の悪口堂々と言っといて何言っちゃってんの?」


「え、口に出てたのかな。ごめん、悪口なんかじゃないんだ。なんか、なんて言えばいいのか……自分の陰キャっぷりに嫌気が差しちゃって、入谷くんが羨ましかっただけなんだ。本当にごめんなさい」


 長谷川が立ち上がって頭を下げた。


 ……なんか訳は分からんが、悪いヤツではなさそう、か?


 下げていた頭を上げた長谷川は、俺より10センチは背が高そうで引き締まった細身の筋肉質な体で、黒髪を自然に流していてピアスもアクセもなくワイシャツの裾をキッチリとスラックスにインして、美少年な顔をしていた。


 高身長で真面目そうな正統派イケメンじゃねーか!


 陰キャの意味分かってる?! お前陰キャに属する顔してねーだろ! 美少年が個性派イケメンを羨んでんじゃねえ!


「うわー、入谷くんが僕なんかに話しかけてくれるなんて思ってなかったなあ。近くで見ると高圧的で逃げたくなってくるけど、こんな機会はもうないかもしれないからしっかり入谷くんと話したいな」


「何、お前?! 気持ち悪い! 何なの、この何とも言えない気持ち悪さ!」


 長谷川が悲しげに目を伏せる。と、同時にチャイムが鳴った。チャイムが鳴り終わると、長谷川が話し始めた。


「やっぱり、僕なんかと気持ち悪くて話もしたくないよね……分かってるんだ、昔から僕人に避けられてばかりで……きっと心も見た目も醜いせいだ。せめて何かに夢中になろうとバスケ部でがんばって実績残して新部長になったけど、部員たちもなんか僕から距離を置こうとするし」


 うん、悪いヤツではなさそうだ。そして、たしかに陰キャ属性のようだ。


 本気で悩んでるっぽいな、長谷川。だがしかし、悩むべきポイントがズレとる。お前が悩むべきは気持ち悪くタラタラと垂れ流される心の声だ。


「長谷川、お前は見た目はキレイだし心もキレイなんだと思うぞ、たぶん。俺、お前のこと何も知らんけど」


「ええ! 入谷くんが僕のことをキレイだなんて! びっくりした! いや、でも入谷くんは人のことをおちょくったりからかったりするのが好きらしいから、僕のこともからかってるだけかもしれない。どうしよう、喜んでいいのか分からないなあ」


 ダダもれがひどすぎる! 人の心の声が聞こえてくるのってこんなにも気持ちの悪いものなんだ?! テレパシーとか絶対にいらない超能力だわ!


「今のは本音だと思うわよ。統基が人をからかう時はもっと楽しそうだから」


 と叶が言うと、長谷川が叶の方を振り向いた。


「うわー、比嘉さんキレイだなあ。見てるだけでドキドキしてくるよ。比嘉さんが話しかけてくれるなんてうれし……ええ?! 今の入谷くんの言葉が本音?! 僕入谷くんにほめられちゃったよ! 喜んで良かったんだ! うれしいなあ」


 なんで気持ち悪いのか分かった! 表情が伴ってないからだ! 顔だけクールなポーカーフェイスで感情の起伏が激しいことを言うから違和感がすさまじいんだ!


 そりゃそうだよね、心の声なんだから。普通に何も話してないつもりなんだもんね、本人は。


 ただ、周りはすっげー気持ち悪い!


「あー、やべー。遅刻するところだったー」


「まだ高梨来てねーんだ? ギリセーフー。休み明けは起きられねーわ、やっぱり」


 仲野と行村が走って教室に入って来る。


「うわ! 不良だ。不良と同じクラスか、怖いなあ」


「は?! 誰が不良だ! 俺は比嘉さんのためにとっくに不良なんかやめて無遅刻無欠席を誇る生徒に生まれ変わったんだよ!」


「へえ、すごいなあ、比嘉さんは。仲野と言えば入学当初からすごい不良だって有名だったのに、更生させたんだ」


「俺はもうケンカはしない、暴力なんて振るわない、ちゃんと勉強もして授業中も寝ない!」


「へえ、見た目は怖いけど仲野って案外マジメなんだなあ」


「人を見た目で判断するなんて失礼なヤツだ」


「あはは、本当だ、僕の中で見た目からのイメージが完成されちゃってたなあ」


「分かりゃあいいんだよ、分かりゃあ」


 あははは、とふたりの笑い声が聞こえるけど、大口開けて笑っているのは仲野ひとりだ。


 ……シュールが過ぎる……。


「え、俺誰としゃべってたの?」


 心の声と普通に会話するヤツなんて初めて見たわ。マザゴリも気持ち悪!


「こらー、席に着けー」


 担任教師の高梨が教室に入って来る。


「よし、全員いるなー」


 はーい、と手を上げる。


「仲野と行村は遅刻でーす」


「せっかく記録伸ばしてたのにー。明日からは遅刻すんなよー」


 出席簿に高梨が何やら書き込んでいる。


「ギリセーフだったのに! 無遅刻無欠席記録がー」


 チャイムが鳴った後なんだからアウトじゃい。気持ち悪いもん見せた罰じゃ!

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