第123話 兄弟ごっこ

 俺の親父と結婚した母さんの連れ子である廉が、実は母さんの子供ではなかった?!


 そんな……俺たち兄弟と血が繋がっていないだけでなく、この家族の中で廉は誰とも血が繋がってないってことか?!


 ここへ来てそんな急展開?! どういう経緯で廉は今ここにいるんだ!


「それは考えにくいだろ。見てみろ、そっくりだぞ」


 シャワーを浴びた母さんが長い髪をタオルでくるんで廉の後ろを通りかかった。孝寿に指差されてこちらを向く。


 小さくて丸い顔に丸い目、キョトンとした表情までそっくりだ。


「何? スキンケアしてきていいかしら」


「どーぞどーぞ」


 孝寿が笑顔で階段へと手を向ける。母さんも笑って階段を上って行く。


「え? どういうこと? 廉は母さんの遺伝子と全く別人の遺伝子両方を持っている? と言うことは、廉は実は人間ではなく母さんとどこぞの研究所が創り出した――」


「マジでバカだな! ややこしく考えすぎだろ、統基。もっとシンプルに考えろよ」


「シンプルに? シンプルにって……」


 孝寿が廉を指差した。


「シンプルに、廉が嘘をついている」


「え? 廉が?」


 廉が真顔でうつむいてしまった。いつもかわいい笑顔を振りまいてくれる廉が……。


「何言ってんだよ、孝寿! なんで廉が嘘なんかつくんだよ」


 兄ちゃんが猛抗議してやる!


「それは廉に聞けよ」


 いけしゃあしゃあと孝寿が答える。おうよ、聞いてやらあ!


「嘘なんかついてねえよな? 廉」


「質問の内容が変わってますよー。全く統基は、本当にバカなんだから」


「記憶力なくて質問が変わったんじゃねーんだよ! 聞く相手が変わったから質問内容を変えたの!」


「変えずに聞けよ」


 ……え?


 孝寿が有無を言わせぬ眼光の鋭さで俺を見ている。目線を、孝寿から廉に移す。


「……なんで……嘘なんかついたの?」


 嘘なのか? いや、単に自分の血液型を知らなくて、適当にO型だって言っただけじゃ……


 ……違う。廉は、O型だと言った訳じゃない。僕も、って言った。


「……お兄ちゃんと、兄弟でいたかったから……」


 うつむいたまま、みるみる廉の目に涙が溢れて泣き出してしまった。


「いたかったって何だよ。なんで泣いてんの? 兄弟だろ、なんで泣くんだよ」


「本当の兄弟じゃないって僕が知ってるってバレたら、お兄ちゃんが変わっちゃうかと思って」


 しゃくり上げて廉が泣いている。


 3年生くらいまでは泣くこともあったけど、もうすっかり廉が泣くことはなくなっていた。なのに、廉がこんな泣き方をするなんて……。


 知ってたのか、廉。知ってて、知らないフリをしてたのか。なんで?


 廉に本当の兄弟じゃないことをできるだけ気付かせたくないとは思ってたけど、バレたら俺が変わるってどういうことだ。


 え……まさか、廉……


「俺が……廉に知られないためにわざと兄弟らしくしてると思ってたのか、お前」


 廉の泣き声がより一層勢いを増す。


「うるせえ! 泣くな! そうなんだな、廉! 俺が兄弟ごっこをしてると思ってたのか! ふざけんな! お前は俺をその程度のお兄ちゃんだと思ってたのか!」


 冗談じゃねえ! ますます激しくなる廉の泣き声につられて、俺の声も大きくなる。


「俺は一度も兄貴のフリなんかしたことねえ! よくもそんなこと考えやがったな、廉! ごちゃごちゃ考えてんじゃねえ! お前はただの俺の弟なんだよ! 俺はただのお前のお兄ちゃんだ!」


「やめんか、このドS」


 孝寿が俺の頭にチョップをしてくる。孝寿にだけは言われたくねえ!


「落ち着け、統基。大声に廉がビビるだろー」


 慶斗が廉を後ろから抱きしめる。廉の頭を悠真がなでている。


 ふしゅー、と変な音が出そうな俺の頭を亮河がポンポンとなだめるように叩く。


「自分側からしか見れないのはお前の悪いクセだよ。廉の立場で考えてもみろ。血の繋がらないお兄ちゃんに半分とは言え血の繋がった兄が突然4人も現れた。自分だけ誰とも血は繋がっていない。廉が不安になるのも分かるだろ」


「なんで不安になるんだよ!」


「このバカは分かんねーらしいよ、亮河兄ちゃん」


 その程度で不安になるのかよ! 10年以上も普通に兄弟だったのに!


「よし、廉と話そう。廉、統基がどうしてこんなにも怒ったと思う? 統基は廉のことを血の繋がりなんか関係なく兄弟だと信じているからだ。そして、廉もそう思ってると信じていたんだよ。統基だって、廉とずっと兄弟でいたいんだよ」


 ひっくひっくと嗚咽と涙の止まらない廉が俺を見た。廉……。


「廉、よく聞け。お前なら理解できるはずだ。日本には戸籍というものがある。パパの話によれば、廉が生まれる前に廉の父親は慶斗のように逃げている。しかも、中途半端に捕まった慶斗と違って逃げ切っている」


「俺の名前出す必要ある?」


 当然の抗議だな。孝寿の悪意がありすぎる。


「廉が生まれた時、戸籍の母親の欄には花恋の名前が入るが父親は空欄だったはずだ。その後、パパと花恋が結婚してお前の戸籍の父親欄には入谷 銀二が登録される。そして、統基と俺たちの母親は誰もパパと結婚はしていないけど認知はされてるから俺たちの父親欄もお前と同じ入谷 銀二なはずだ。わざわざ確認してねーけど。お前の名前は?」


「……入谷 廉」


「お前は?」


 孝寿が俺に向かって笑っている。


「入谷 統基」


「兄ちゃんたちは?」


「森山 亮河」


「滝沢 慶斗」


「林 悠真」


「俺は、泉 孝寿。みんな母親は違うし苗字はバラバラだけど、戸籍の父親欄には全員同じ入谷 銀二の名前があるんだよ。間違いなく、兄弟だ」


 そうだったんだ……俺もそこまで知らなかった。戸籍とか考えたことなかった。


 廉はもちろん、コイツらみんなただの俺の兄弟だとしか思ってなかった。

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