第124話 廉の最強の武器

 廉がやっと泣き止んだ。良かった……笑った。いくつになっても、笑ってくれると安心するもんなんだな。


「孝寿は廉が統基と兄弟じゃないって知ってることを知ってたのか?」


 なんかややこしいな。


「亮河兄ちゃんも気付いてないみたいだったもんね。俺の勝ちー」


「勝ちってなんだ。そんな勝負はしてねえわ」


 ムッとしたのだろう、いつも変な声の亮河だが1トーン上がって笑っちゃいそうな声になってる。


「初めて会った時に分かったよ。統基がバカ丸出しで大騒ぎしてたのに、廉はかわいく統基は僕のお兄ちゃんアピールをするだけだったからね」


「誰がバカ丸出しだ! そりゃ長男からいきなり五男にされたんじゃ騒ぐだろーが!」


「俺なんかひとりっ子から6人兄弟になっても動じなかったがな」


「孝寿はもう冷静通り越して人としての感情が欠落してんだよ!」


「へー。ムカついたから前髪上げていい?」


 孝寿が笑顔で前髪に手を掛けた。


「やめて! てか、なんで廉のその反応だけで分かったの?」


「廉を見ててお前たちが実の兄弟じゃないんだなって分かったから。当然、廉も知ってるんだなって分かった」


「なんで分かるの?! かわいくしゃべっただけで!」


「かわいいのは子供が生き延びるための武器だよ。廉は統基に向けて武器を使ってた。同時に統基は自分のお兄ちゃんだとアピールして俺たちを牽制けんせいしていた。なぜか? 俺たちの存在が脅威だからだ。異母兄弟の俺たちが脅威だってことは、このふたりには全く血が繋がってねーんだなって分かったよ」


 すっげー。あのいきなり兄弟を紹介されたパニック状態で孝寿はそんな冷静に観察してたのかよ。やっぱり人としてはおかしいんじゃねーのか。


「ただ、なんで廉が知ってたのかは俺にも分かんねえ。花恋から聞いてたの?」


 廉を見ると、静かに首を振った。


「僕、初めてこの家に来た時のことを覚えてるんだよ。パパがお兄ちゃんに今日から統基の弟だよって言って僕のことを抱っこさせて、お兄ちゃんがやったー弟だーってすっごく喜んで力いっぱいギューってしてくるから僕痛くて泣いちゃって」


「……え?! 廉、覚えてんの?! 俺でも覚えてねーのに?!」


「嘘だろー?! 廉、生後間もなくこの家に来たってオーナーが言ってたぞ?」


「そうか! なるほどねー」


 ホスト達も驚いてる中、孝寿は理解したようだ。


「廉、お前もしかして腹ん中にいた時の記憶からあるんじゃね?」


「あるよ」


「やっぱり! あースッキリした」


「ひとりでスッキリするな! 共有しろよ! どういうこと?」


 亮河もああ、と納得したようだ。なんか、正解したら抜けられるクイズやってる気分なんだけど!


「胎内記憶か。生まれる前からの記憶を持ち続けてるのか、廉」


「そうだよ。小さい時はみんなそうだと思ってたけど、違うんだよね」


「すっげー記憶力いいんだな、廉」


「廉は頭が良すぎたんだ。お前にはもう守りたい秘密はねえだろ。人に話すことで気が楽になって忘れられることもある。これからは統基をタンツボだと思って何でも吐きだせ」


「タンツボって何だよ! 孝寿は単語のチョイスに悪意がある!」


 孝寿が廉に微笑み続けている。俺の抗議を素で無視するんじゃねえ!


 亮河が廉の頭をなでて、優しく笑った。


「全てを覚えているのは辛いことも忘れられないってことだもんな。人は忘れることで生きていけるところもある。今までひとりでよくがんばったな、廉」


 ひとりで、か……。俺こんなに近くにいたのに全然気付かなかった。俺バカだから、廉の笑顔が武器だなんて思いもしなかった。


「統基が産みの母親を覚えてないのも自分を守るためだろうな。当時、廉の母親は廉のために結婚したのであって統基には冷たかった。優しかった亡き母の病床の記憶は5歳の統基には耐えがたかったんだろう」


 亮河が俺にも笑いかけてくる。そっか、病気で亡くなってるから、入院とかしてたんだろうからなあ……。お見舞いにも行ってたんだろうけど、やっぱり全然思い出せない。


「廉と違って統基がバカなだけじゃねーの」


「ひでーな、慶斗兄ちゃん!」


 亮河の優しさを分けてもらえ!


「俺は違うと思う」


 お! 珍しく孝寿が俺をかばってくれる。


「統基がヴァカなのは大前提だけど、悠真と同じで統基も何でも考えなしに受け入れるところがある。廉を喜んで受け入れたんなら花恋のことも受け入れたんだろう。その上統基は甘ちゃんだから花恋に気を遣って母親の記憶を封印したんだと思う」


 慶斗の意見に対しての違うと思う、じゃなかったんかい! それ、素直とか優しいって単語に置き換えられそうなんだけど!


「新しい母親ができたからわざわざ覚えてる必要なくなっただけじゃねーの」


 お前と一緒にするな。悠真ならそうかもしらんが俺はそこまで考えなしにはできていねえ!


「ただいまー。お! お前ら揃ってるな」


 帰って来た親父が嬉しそうに俺たちを見渡した。


「どうした? 6人固まって」


「兄弟の絆を確かめ合ってたんだよ、パパ」


「そーか、そーか! お前らが仲良くなってくれて俺は本当に嬉しい!」


 うまいこと親父の喜びそうな言い方しやがるな、孝寿は。


 兄弟の絆か……よく恥ずかしげもなくかわいいアメモードの笑顔で言ってのけたな、あいつ。やっぱりこんなヤツらが兄貴だなんて汚点だわ。


 兄貴たちと親父がワイワイ言ってる中、廉が立ち上がって俺のシャツのすそをつかんだ。


 ……廉?


 何を言う気なんだろう……俺、廉にキレたのなんて初めてだし何を言われるのか怖い。


「お兄ちゃん、ごめんね」


 廉……。


 廉にこんな顔をさせるなんて、俺は……


「ごめん、お前は謝らなくていいよ。俺こそ、ごめん。俺何も覚えてないし分かってなくて考えてなかったから」


 ないない尽くしだな、俺。情けねえ兄貴だ……。


「だから良かったんだ。僕も、ただの弟でいたい」


 ……良かった。廉も、これまでと変わらない兄弟でいることを本当に望んでくれてる!


「なら安心しろ。俺は嫌になるほどそうそう変われない。お前はただの俺の弟だよ、廉」


 頭をなでると、いつものようにかわいい笑顔で俺を見上げる。いい武器持ってんなー、廉。最強だ。

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