第115話 トラウマ
唯一の武器瞬発力を発揮して、一気に叶との間を詰める。すると、突然横から叶へと飛びかかる影が視界に入った。
何かに襲われる!
とっさに何か目がけて飛び蹴りを食らわせる。サルか! 野生のサルで人間に飛びかかる程の気性の荒さじゃあ、油断ならねえ。
俺は理性を保つよりもタガを外す方が得意だ。叶を襲おうだとは、このサル、ぶっ殺してやる!
本気の殺気は伝わるものらしい。サルをにらみつけると、向こうは目をそらして静かに後ずさりし、距離をとったと思ったら一気に走り去って行った。
「待ちやがれ!」
「統基!」
思わずサルを追いかけようとしたが、そうだ、こんな所に叶をひとりで置いていく訳にはいかない。
「なんか、サルの方が野生動物に出会った時の正しい対応をしてたわね」
「俺は野生動物か。危ねーから……走るなよ。歩いて、戻ろう」
息が上がってる。
叶の手首をつかんで、引っ張りながら来た方向へ歩き出す。
沈黙はまずい。だがしかし、ノーリアでごめんね? もおかしい。
「ありがとう、叶。うれしかったよ」
何がって言うのは照れるけど、分かるだろ。
「私にはウソつかないんじゃなかったの」
「え」
ギクリだわ。なぜバレた。
「完全に困ってたでしょ。それくらいは分かるわ」
「いや、そんなことは」
「分かってた。もう、私のこと好きじゃないんでしょ」
「……え?! 今、なんて?」
とんでもねー聞き間違いしたんだけど。
「……私、何かおかしかったの?」
「何の話? お前、何言ってんの?」
立ち止まり叶と向かい合う。
暗くてはっきりとは見えなくても分かる。キレイな顔に悲しみが立ちこめてる。なんで、こんな顔をしてんの?
「はじめは、充里もバイト始めたりしてふたりでいる時間が減ったからかな、くらいに思ってた。けど、ふたりでデートしても、何もしないし……」
「何もしないって何? デートしてたじゃん」
「……なんでかなって、いつからかなって考えたら、私の誕生日に旅行に連れてってもらって以来じゃないかなって、気付いたの」
俺の質問、スルーかよ。
何の話か要領を得ないな。叶の誕生日の旅行……思い出しただけでドキドキしてくる。
熱に浮かされてたのか、あの時の叶はえらく大胆にチューしてきてプレゼントだって――
「バイトにしたって、私もバイトしたいって言ってたのに何も教えてくれなかったし……私には、魅力がなかったのね」
ちょっと待て。
もしかして、叶の中では旅行の時にやってから俺がチューもしてこないってことになってる?
純粋無垢な叶は自分に魅力がなかったんだと思ってるみたいだけど……悪意を持って考えたら、俺、1回やって気が済んだ最低な男とも取れるんじゃねーか?!
「違う! そうじゃねーんだよ! お前に魅力がない訳ねーだろ! 魅力しかねえよ!」
「ウソよ! やっぱり私にもウソつくんじゃない!」
「ウソじゃない!」
「じゃあ、どうして……」
どうしてって言われても……あの旅行の次の日、バイトに行って天音さんの妊娠を知った。すげー動揺して、ずっと鼓動がバクバクで……。
「分かった。そんなに言うなら、俺の秘密を教えてやるよ」
「え……秘密?」
パーカーのチャックを下ろし、ブレザーのボタンを外す。
「え……なんで脱いでるの?」
「知りたいんだろ? どうして俺がチューしなくなったのか」
ワイシャツのボタンも全部外して、叶がはおってる上着の下のブレザーのボタンに手をかける。
「ちょ……ちょっと、何してるの? 統基!」
「黙ってろよ」
胸がドキドキして言葉が出ない。もう十分な気もするけど、どうせなら徹底的にやってやる。
腹が冷えたら下すから、叶はブラウスまではやめとくか。
叶に抱きついて、前面はシャツ1枚の体を密着させる。叶の体温を自分の体で感じてますます心臓が早鐘を打つ。
あー、小さい。こんなだったなあ、叶。やっぱり力のコントロールができなくなって思いっきり抱きしめてしまう。
叶の顔を見つめると、真っ赤になってる。かわいい――……
引き寄せられるように叶の唇に自分の唇を重ねる。もう丸呑みしちゃいそうだわ。いっそ、飲み込みたい。
より動悸が激しくなり、頭が真っ白になってくる。
足の力が抜けて、ひざから崩れ落ちた。限界超えちゃったみたいだな。
「統基?! どうしたの?!」
慌てて叶がしゃがみ込む。
「手」
「手?」
差し出された叶の手を俺の左胸にあてる。シャツ1枚越しくらいなら、十分伝わるだろう。
「えっ……何、この心拍数?!」
「好きじゃない相手に、こんなんになると思う?」
「これ……好きとかそういう問題?! 病気を疑った方がいいんじゃないの?! 尋常じゃない速さだよ!」
「恋の病」
「冗談言ってる場合じゃないよ!」
誰も冗談言ってねえんだよ。
「お前じゃないと、こんなんならない」
「……本当に? サルと戦ったからじゃ」
「あのな。じゃあ、友姫にでもチューしてみようか? 変化あるかないか」
あんなメスゴリラにチューするなんて、イヤすぎて心臓止まるかもしれないけど。
「いい! やめて」
へぇーと、驚きながらもその顔に安心したような笑顔が浮かんだ。
良かった、まさかそんな誤解を招いていたなんて全然気付いてなかった。何もしないことで傷付けることもあるなんて知らなかった。
ウソをつくことなく、叶を納得させられたみたいだな。まあ、恋の病ってのはグレーだけど、俺が叶に恋焦がれているのは事実だ。
でも、この症状はおそらく、恋の病って言うよりも……トラウマだ。
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