第114話 ノーリアクション
「迷子になったらシャレになんねーから、勝手な行動はするなよー。俺の後をついてこいよー」
懐中電灯を手に、高梨が2年1組の生徒諸君に呼びかける。1クラスずつ夜のハイキングを行うから、我らは夕食後すぐのスタートだ。
さっむ。超寒いんだけど。6月とは思えぬ寒さなんだけど。
叶、ちゃんと上着着てきてるかな?
キョロキョロ見回すと、ちゃんと黒い上着をはおってる。よしよし。
って、これがパパっぽいんだよな、叶に言わせると。でも、心配なんだもん、しゃあねーじゃん。心配させねーようにもっとしっかりしてくんないと。
叶がもっと、俺が世話焼かなくても大丈夫なくらいに成長してくれれば俺だってこんな親父化しないで済むんだよ。
「ほらほら、あおたん、勇気を出してー」
なんだ? 仲野&友姫のゴリゴリコンビが文字通り綿林先生の背中を押している。
「あっ、あの! 高梨先生、良かったら私とお散歩してくれませんか?」
キャーと両手で顔を隠して照れている。かわいいな、おい。だがしかし、教師が生徒ほっぽって何を言ってやがる。
「いやでも、コイツらを引率しねーと」
さすがに高梨もそこまで職務を忘れてはいないようだ。
「あの、良かったら、速く走れるお馬さんの見分け方のお話でもしながら歩きませんか?」
「え? まさか、あなたの神の目は馬の調子まで分かるんですか?」
「はい。私、パドックを見るだけで勝つ馬を当てられるんです」
「ふたりでお散歩に行きましょう。大丈夫、コイツらはもう高2です。迷子になんてなりませんよ。お前ら、気を付けてなー」
あおたん、すげー。ギャンブルの女神だな。働く必要ないんじゃねーのか。
「よし! 場は整った! 高梨のパチンコでの借金がかさんで返済のために競馬を始めたっていうどうでもいい情報が役に立った!」
あのカス教師、身の破滅しか待ってねえな。
「なあ、高梨が懐中電灯持ってっちゃったんじゃね? 誰か明かり持ってんの?」
「てかこれ、ホテル戻って遊んでてもバレないんじゃない?」
と気付いた大半の生徒がホテルへと戻って行く。残っているのは俺らの班と叶の班の12人だけだ。
「よーし! 肝試しを始めるぞ! 男女ペアになってー」
「イエッサー!」
根回しのしすぎだな。俺と叶、充里と曽羽はともかく、仲野と友姫、津田と向中島、行村と吉永までスムーズすぎるわ。
「え? 肝試し?」
「この辺さあ、出るらしいんだよ。コレが」
仲野が手をだらんとさせてオバケのポーズをとる。実来は幽霊が苦手らしいな。サッと青ざめた。
「ええ? 私ヤダ! しかも佐伯とペアなの、私? 行村がいいー」
これ、肝試しなんかやっても無意味じゃねーの? 佐伯無理なんじゃねーのか。かわいいよりかっこいい男が好みなんじゃねーのか、実来は。
まあ、いいや。俺の目的は佐伯じゃない。お前だ、叶!
俺に飽きたなんて言わせねえ! 言われてたまるか!
でも、どうしようか。
修学旅行先で特に何も準備なんてできねーし、何か使えそうなもんねーかなと思ってこの辺りのことも調べたけど、この辺は日光でもフィクションじゃねーのくらい特に自然豊かな湖畔ののどかな地だということしか分からんかった。
まずは、ゴリゴリが出発する。あのふたりは普通に夜道に出てくるだけで恐怖感を与えられるだろう。適役だ。
続いて、充里と曽羽が。そして、俺たちが暗闇へと足を踏み出す。いや、んなオーバーなもんじゃねえ。まだ普通に足元が見える程度には明かりがある。我ら先陣を切る1組、時間は早い。
昼間は仲野の乱入から班別行動に移ったから、特に叶と話せていないままだ。ちょっと、気まずい。
「幽霊が出ても安心しろ叶、俺が高尚な坊主ばりに説得して昇天させてやるぜ」
「統基は口がうまいものね。え、あれ? 昇天? 成仏じゃなくて?」
「あ、成仏だわ」
「頼りにならない和尚さんね」
「んだと、コラ」
おふざけから入ってみて、とりあえずそこそこ普段通りの空気にはなったかな。
俺たちはこの先のデカい寺の敷地内に隠れて実来たちを待ち、驚かせる手はずになっている。
「あ! シカだ! かわいいー」
「おー、さすが自然豊かだな。驚かせないようにそーっと見ねえと」
と言ってるそばから野生の勘が人間の存在をキャッチしたのか、軽やかにシカが走り出す。
「あー! 待って!」
叶がシカを追って走る。叶の足じゃ絶対追いつかねえと思うんだけど?
だがしかし、動物好きの執念で追ううちにシカの方もまたのんびりと草を食べ始めた。
「かわいいー」
「何か食ってる動物ってなんであんなにかわいいんだろーな」
シカを刺激しないよう、背の高い草むらに隠れるようにしゃがみ込む叶に顔を近付けて小声で話す。
口元がズレるようなモグモグ仕方はウサギにも似てる。草食う動物ってみんなあんな感じなんかね。
叶に聞いてみようとすぐ横にある叶の顔を見ると、叶も俺を見ていた。うわ! 顔、近!
すげー真剣な目で見てる。いや、こんな近くでそんな見られるとドキドキしてくるんだけど。
「ど……どうかした?」
外に出た時はすっげー寒かったのに、なんかもう、全身に汗かいてる。なんかもう、叶の顔も見れずにシカに目を戻す。あれ、いねえ! シカどっか行っちゃったよ。
と思った瞬間、唇に温かくて柔らかい感触がした。1拍置いて離れると、湿った唇に風が冷たい。
何が起きた?
まさか、叶がチューしてきた?
鼓動が激しい。体が固まる。頭が真っ白になる。
叶の顔なんて見れる訳もなく、もうシカはいないのに一点を見つめて微動だにできない。
この沈黙はまずくないか。
少しずつ頭がまわり始めたみたいだ。
超恥ずかしがり屋な叶が自分からチューするなんて、かなりの勇気を振り絞ったんじゃなかろーか。なのにノーリアクションって、まずくないか。
もうすっかり暗くなったっていうのに、叶が立ち上がって走り出した。
やっぱりまずかったか!
慌てて叶を追いかける。
「叶! 危ねーから走るな!」
足元を確認しねえと、いきなり湖にドボンもありえる。今の叶が周りに注意を払えるとは思えねえ!
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