第100話 初めて抱っこした赤ちゃん、南紗

 テスト最終日、恒例となったボーリング大会が終わった。


「どうしていつもあと1本のところで勝てないのかしら? 悔しいー」


 それはね、叶がピンを倒してるんじゃなく、俺がボールに手を添えてコントロールしているからだよ。絶対に俺は越えさせねえ!


 さすがに多少はうまくなってるだろう、と序盤、中盤、終盤に叶ひとりに投げてもらったら、コイツびっくりするくらい上達してない。安定感抜群だわー。


「比嘉さん! 見て! 俺がトップ!」


 仲野が金髪、デカい図体、厳つい顔のパーフェクトゴリラルックでスコア表を手に飛び跳ねて喜んでる。


「へー、すごいわね。充里を超えたの?」


 と叶が振り返ると、赤面するばかりで何も言えなくなったようだ。自分から声かけといて、なんだそりゃ。


「充里マザゴリに負けたんだー」


「途中からただボール投げるのに飽きちゃってさ、隣のレーンにいたキッズ達にボーリング教室やってたら負けたんだよねー」


「ボーリング来てボール投げるのに飽きたら負けるわなー」


 腕が痛くなるまでボーリングしてたから、それぞれまっすぐ家に帰ることになった。


「叶、大丈夫?」


「腕の感覚がマヒしちゃってる感じ」


「俺送ってこうか?」


「大丈夫よ。足は平気だし。また明日ね」


「そっか、また明日」


 笑って手を振って、叶は曽羽と、俺は充里とそれぞれ家が近いから分かれて帰る。


「お前、曽羽と帰らないのなんて、かなりぶりじゃねーの?」


「バイトの時以外ではそーかも。てか、統基もだろ」


「まあねー」


「バイトと言えばさー、豊貴が結婚する人の子供って誰の子供なんだろーな」


「……は?!」


 充里は何を言い出してるんだ?!


「日野さんだろ、そりゃ」


「違うんだって。豊貴はずっと好きだったらしいけど、付き合ってはなかったんだって。いきなり統基といい感じだったお姉さんが辞めちゃって、店長に頼み込んで連絡取ってもらって結婚することになったんだって」


「人妻なんだからその言い方やめろって言っただろ……そんなのただの噂だろ? あの店は客まで適当な噂話するんだから、いちいち真に受けてんじゃねーよ。誰から聞いたんだよ、そんなホラ話」


「豊貴から」


 まさかのご本人かい!


「何お前そんな深い話するくらいに仲良くなってんだよ!」


「いやー、なんか気が合っちゃってさあ」


 本人が言うならホラ話じゃなく本当の話?! 嘘だろ?!


「統基、お姉さんと仲良かったじゃん。心当たりねえの?」


「ねえ!」


「うーお、即答中の即答」


 ねえよ……日野さんが父親じゃなかったのかよ。じゃあ誰なんだ。


 ……話が戻っちゃったじゃねえか!


 フラフラと家に帰る。ダメだ、廉の前でこんな顔できねえ。シャキッとしろ!


 門を開けて中に入り、玄関ドアを開けると見慣れない大きな革靴がある。


 ……誰か来てんのかな?


 よく見ると、ピンクのかわいい小さな靴もある。


 え?!


 慌ててリビングへと入って行くと、ソファで廉が赤ちゃんを抱っこして嬉しそうに笑っている。


 その隣に笑顔の孝寿もいる。


「お兄ちゃん、おかえり!」


「あれ、早かったんだな。おかえり、統基。バイトは?」


「孝寿! どうしたの?!」


 と言いながら、赤ちゃんにしか目が行かない。


 ワンピースのズボンバージョンみたいな、つなぎみたいな見たことない形の服を着てる。薄いピンク地に水色や黄色や赤やカラフルな小花がたくさんデザインされてて華やかでかわいい。


 顔も体も小さくて色が白くて、髪が少なくてすげー茶色だ。自分の右手の親指を口に突っ込んで、ニコニコと笑いながら廉を見上げている。孝寿そっくりだけど、孝寿よりハーフっぽい、すげーかわいい顔をしてる。


「俺にも抱っこさせろ! 廉!」


「ええー。10分経ったら交代してね、お兄ちゃん」


「次は俺だろーよ」


「孝寿は家でいくらでも抱けんだろ!」


 廉の隣に座り、おいで! と赤ちゃんに向かって両手を広げてみる。俺の顔を大きな目でじーっと見ている。


 いきなりおいで、とか言ったから警戒されてる? もうちょっと廉に抱っこしてもらったまま慣れてからの方が良かったか?!


 赤ちゃんはニコッと笑うと、俺の方へと小さな体でびょーんと伸びた。


「うわ! びっくりした!」


 慌てて脇の下に手を入れて抱きかかえ、俺の太ももの上に座らせて抱っこする。


「おー、よく対応できたな。さすが俺の子だからさ、運動神経いいみたいで動きがすばしっこいんだよね。赤ちゃん抱いたことあるの?」


「実際にはねえよ」


「実際にはって何だよ」


「夢で抱いたことはあるんだけど、夢の中よりどっしりしてる!」


 柔らかい! 赤ちゃんってこんなにフニフニしてんの?! 骨ないの?!


 孝寿の声に反応したのか、背中を落っことしそうになるくらいに反らせた。


「こわ! 危な! 落ちるよ!」


 慌てて頭を支えて体を起こすと、


「にゃは! あは! あはは!」


 と甲高い声で笑う。


「笑った!」


 かわいい! え、何この生き物、かわいい!


「離乳食終わったら連れてくるって廉と約束してたじゃん? まだ終わってねえんだけど、最近は俺がごはんあげてもよく食べてくれるようになったから大丈夫かと思って連れて来た。ホスト共が今日は全店舗でデカいイベントぶち上げるから来れねえんだって」


「名前は? この子!」


「俺の話聞いてねえな。南紗なしゃ


「南紗?」


 南紗の目を見て名前を呼んでみると、


「はーい」


 と小さい左手を上げた。


「返事した!」


「えらいね、南紗ちゃんー」


 俺がびっくりしてると、廉が横から南紗の頭をなでた。


「南紗ちゃん、頭いいんだよ。南紗ちゃん、廉は?」


 と廉が聞くと、俺の隣に座る廉を指差した。


「え、もう廉のこと覚えてんの? 俺のことも覚える?」


「すぐ覚えると思うよ。南紗、統基だよ、統基」


「統基だよ~、南紗ちゃん~」


 孝寿が俺を指差し、俺も南紗を顔の高さまで抱き上げると南紗が俺の太ももの上にちょうど立った。


「南紗、統基は?」


 孝寿が聞くと、さっと俺を指差す。かわいい! 俺のこと覚えてくれたんだ!


「マジかわいい! 孝寿、ここで暮らせよ! 南紗ちゃんと引っ越して来いよ!」


「奥さんわい!」


「奥さんも越して来いよ! 2階の部屋余ってんだしさ」


「絶対やだー。ホスト共が出入りするような家にかわいい娘を住まわせるなんて絶対やだー」


 ああ、親ってやっぱりそうだよな。こんなにかわいい娘をホストになんて近付けたくねえよな……。


 いきなり、南紗がひざを曲げたと思ったら思いっきり体を反らせてひざを伸ばした。


 ソファとソファの間に置いているセンターテーブルに頭をぶつけて、ゴッって音がした。


「南紗! 大丈夫か?!」


「ごめん! 大丈夫?!」


 慌てて抱きかかえたけど、ワアアアアと泣き出してしまった。廉も大丈夫? と心配そうに南紗の顔を覗き込んでいる。


「おいで、南紗」


 と差し出された孝寿の手に南紗を託す。大丈夫かな? 結構な音したけど?


「大丈夫? ごめんな、南紗」


 オロオロと孝寿の周りをウロチョロしていたら、足を思いっきりセンターテーブルにぶつけてえらいドデカイ音がした。


「痛って!」


「にゃはは!」


 南紗を見ると、まだ大粒の涙がほっぺにあるのに笑っている。


 泣いたり笑ったりのスピード感がすげーな!


「良かった、大丈夫そうだな。この子すげー活発で読めねえ動きするから、よく頭ぶつけるんだよね」


「そうなんだ。ごめん、油断してたわ。えらい泣いちゃったなー、ごめんな、南紗ちゃん」


「そんなに気にすんなよ。すぐに泣いたら逆に安心していいらしいよ。頭ぶつけて泣かない方が病院行った方がいいんだって」


「そうなの? 良かったー」


 何事もなかったかのように南紗は笑ってる。あー、良かった、心底ホッとした。


 叶の親が過保護になった理由がこの一瞬で分かったわ。そりゃ泣いてたらどんなに適当でもポジティブ名言吐いて笑顔を取り戻したくなる!

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