第101話 あざとかわいい後輩の超小さな嫌がらせ

 異変が起きたのは、テストが終わってからだ。


 俺が初めにおや? と思ったのは、朝靴箱を開けた叶の上靴に鉛筆で引いたような1センチ程の線があった。


 叶は気付かずに履き替えていたけど、前日の叶の上靴にあんな線はなかった!


 その翌日には上靴の下に1本の草が置かれ、更に翌日には板ガムの外装の赤い所からグルっと回して開けたら出る細長いビニールのゴミへと進化し、昨日は消しゴムが入っていた。


 叶の目を盗んで1センチ程の線を消しゴムかけてみたら消えた。もしかすると、犯人が良心の呵責に耐えかねたのかもしんない。


「あれ? 私こんな所に消しゴム入れてたのかな?」


 と、叶は自分のしたことかと思っていた。それくらい些細なことばかりだ。


 だがしかし、いくら些細なことであっても続くのはおかしい。


 叶は疑問に思ってないけど、明らかにおかしい。


 俺は、疑問に思わない叶が超いいじゃん〜、人を疑うより自分を疑うとか、女神かよ〜さすが尊いわ〜と思う。


 でも、些細ながら超ゆるやかに少しずつ少しずつスケールが大きくなっている。


 ――誰かが、叶に嫌がらせをしている。多分、間違いなく。


 俺は、それを叶に知らせたくはない。叶の知らない内に犯人に手を引かせたい。


 早朝、2年1組の靴箱が見渡せる掃除道具入れのロッカーに入り、扉を閉める。よし、大丈夫、中からは外の様子がバッチリ見える。


 小柄で細くて良かった。コンプレックスでしかなかったこの体だが、デカくてゴツい充里にはできない作戦だ。


 まあ多分、こんな早朝からこもったって意味はねえだろうけどな……。


 案の定、何の動きもないまま、始業時間を迎える。


 叶から着信が来る。だがしかし、電話に出る訳にはいかない。掃除道具入れから声が聞こえたら、俺だって開ける。


「大丈夫、俺は近くにいるから気にしないで、普通にしてて」


 と、メッセージを送る。


「え? どういう意味? もうすぐ学校に来るの?」


 と、返信が来る。


 いや、多分、今日は行かねえ。いや、学校には来てんだけど、多分、教室には行かねえ。


「心は叶のそばにいるから、今は気にしないで」


 叶が不審な言動をすることで、犯人を刺激したり警戒されたりするかもしれない。お前はいつも通りでいてくれ、叶。


「霊体ってこと?」


 勝手に殺すな。


「それより、しっかりノート取っといて。明日見せて」


「明日? 今日は来ないの?」


「たぶんね」


 行っても大丈夫だとは思うんだけど、まあ、念のためだ。


 ちゃんとパンを持ち込んでるから、昼休みになったらパンを食べる。後はひたすら、スマホで漫画を読む。モバイルバッテリーもちゃんと持って来てるから、狭い暗い立ちっぱなし以外は家でくつろいでるのと変わらない。


 放課後か。


 叶が充里、曽羽と共に帰って行く。俺今日はバイト休み取ってっから、充里がんばって。


 部活も終わる時間みたいだな。数人ずつ固まってやって来ては帰って行く。


 あ、結愛と来夢だ。あのふたりは吹奏楽部だな。吹奏楽部は終わるのが遅いで有名だから、もう校内に残ってる生徒なんていないんじゃないのか。


 焦りを感じていると、15分程して10人くらいの生徒が2年生の靴箱前を通り過ぎて行った。1年生か……。


 ようやく、ひとりの生徒が周りを警戒しながら叶の靴箱を開けた。


 あれだな。探偵ものの漫画だったら、あいつ今黒い影だわ。


 手に持ってたスマホから漫画アプリを閉じてカメラを起動する。


 黒い影は自分のカバンから何かを出すと、叶の靴箱の中に向けた。その瞬間を動画に収める。証拠は押さえた!


 そーっと掃除道具入れのロッカーから出て、犯人に近付く。


「18時47分、現行犯逮捕だ!」


「わっ」


 肩にポンと手を置くと、犯人が軽く飛び上がって驚いている。


「証拠はある! 言い逃れはできな――何これ? いい匂い」


 叶の靴箱からほのかに爽やかで甘い香りが漂ってくる。


「アロマスプレーです」


「へぇー、なんか癒されるー」


「ラベンダーなんで、リラックス効果が高いんですよ」


「上靴リラックスさせてどうするんだよ、嵯峨根さん」


「……ごめんなさい……」


 嵯峨根さんがうつむいてしまう。悪いことをしてる自覚はあったんだな。いやこれ、悪いことなのか? 超リラクゼーションなんだけど。いや、人の靴箱を勝手に開けるのがもう悪いことだ。


「全く、地味すぎる嫌がらせしやがって。悪人になりきれもしねーくせに中途半端なマネすんじゃねーよ」


 うつむいたまま、嵯峨根さんは顔を上げない。いいや、反論がないなら言いたいことを勝手に言わせてもらう。


「叶から手を引け。あいつはお前に何もしてないだろ? お前が嫌がらせをするべき相手は俺のはずだ。ターゲットを俺に変えろ」


「え?」


 嵯峨根さんがやっと顔を上げて、俺の顔を見た。


「俺の秘密を教えてやるよ。口からデマカセなんかじゃねえ、高校生活終わるくらいの秘密を教えてやる」


「……え?」


 嵯峨根さんの眉間にシワが寄る。目が泳ぐ。その目をまっすぐ見て、そらすことなく続ける。


「それで俺を脅すなり叶に言いつけるなり、好きにすればいい。ただし、叶には今後一切嫌がらせをするな。全然悪い条件じゃねえだろ」


 いつものかわいらしいぶりっ子な程の嵯峨根さんとはまるで違う、強い感情を持った目で俺を見る。


「私、そんな……そんな、入谷先輩を脅そうなんて思いません! 結構です! 秘密なんて、教えていりません!」


「いいのか? 俺の弱みを握れるチャンスなのに」


「いらない! 弱みを握って脅して付き合ってもらったって、なんにも嬉しくない!」


 嵯峨根さんが走り出してしまった。声だけが聞こえてくる。


「あ、美心どこ行ってたのー? 音楽室に忘れ物でもしてたの?」


「え……あ、うん。ホウキしまうの忘れてたなって思い出して」


 そう言えば、吹奏楽部は1年生が部活の後に掃除するルールがあってめんどくせーって去年来夢がグチってた気がするな。


 なるほど、上級生がいなくなってから自分達がここに来るのを利用して地味ーな嫌がらせをしてたのか。


 多分これで、嵯峨根さんは叶への超小さな嫌がらせはやめるだろ。


 嵯峨根さんは恐らく、洞察力に優れている。だから、生粋の下山手っ子の佐伯くらいなら簡単に思い通りに動かしてしまうんだろう。


 俺が嘘をつけば見抜くだろうから、嵯峨根さんが望めば本当に秘密を打ち明けるつもりだった。


 ただ、俺の手持ちの秘密はひとつじゃねえ。もちろん、いざ打ち明けるとなればまだダメージの少なそうな秘密を選ぶつもりではあった。


 一か八かの賭けだったけど、嫌がらせをせずにはいられないくらい憎い叶にすらあの程度しかできない嵯峨根さんが俺の秘密を聞こうとはしないだろうとは読んでいた。


 分かってた。あの子は、いい子だ。


 ……本当に、いい子だったみたいだな。


 でも、悪いな。俺、叶じゃなきゃ嫌なんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る