第99話 日野さんの送別会

 テスト期間中は、店長のご厚意に甘えて充里、叶、曽羽の4人で店のテーブルを借りて勉強させてもらう。


 天音さんがいる時は鉢合わせするのが怖くて近付けなかったし、ここんところは心苦しくて叶を連れては来れなかった。


 でも、もう今は何もない。ずっと店長が勉強しに来ないの? と寂しげにするのを適当な理由つけてごまかしてたけど、もうそんな必要はない!


「はい、どうぞー」


「ありがとう、店長! うまそー!」


「テスト期間中だっていうのに元気だね、入谷くん」


「テストより店長の飯の方が上回るんだもん」


「たくさん食べて、みんながんばってね」


「はい!」


 良い子の返事をして食いだす俺達に店長は満足気に微笑んで、厨房へと戻って行った。


「あの統基といい感じだったお姉さんと結婚する人って、どんな人なの?」


「いちいちその言い方すんのやめろ、充里。人妻だよ? 日野さんには俺も1回しか会ったことないんだよね。見事にシフトがかぶんないもんだからさ」


 ……よく考えたら天音さん、同じバイト先にふたりも男いたのか……こんなちっせー店で、さすがやってくれるな、あのおねーさんは。


「あの人、結婚するんだ」


 と叶が驚いている。


「子供できたんだってー」


「お……おい充里、そういう人のプライバシーなことを言いふらすんじゃねーよ」


「だって客からも店長からも聞いたぜ?」


 ……たしかに、店長わりと軽く天音さんのプライバシーな話を客にもしてたな。この店、客と店員の距離が変に近いんだよな。


「もー、いいから、早く食って勉強しねーと!」


 もう大丈夫だと思って来たのに、なんかまた強引に話終わらせてんな、俺。





 テスト期間中に迎えた土曜日。


 俺は、再び日野さんに会う。


「結婚おめでとう! 日野くん! カンパーイ!」


「おめでとうございますー!」


「すいません、ありがとうございます」


 店長の音頭で、日野さん、時東さん、工藤さん、有田さん、充里に俺で乾杯をする。


「天音ちゃん、体調大丈夫なの?」


「少しはマシになってきましたね。もうはじめは見てられないくらいだったけど」


「いつから付き合ってたんだよー? 言ってくれてもいいじゃん」


「すいません、なんか照れくさくて。ずっと片思いしてたものだから」


「俺、日野くんが橋本さんのこと好きなんだろうなってのは結構前から気付いてたかも」


「やめてくださいよ、恥ずかしいからー」


「照れることないじゃん、見事に射止めたんだからー」


「はじめまして、箱作 充里です」


「あ、はじめまして、日野 豊貴です」


 どんなタイミングで自己紹介してんだよ、自由人。


 みんなから質問攻め、冷やかされ攻めだな、日野さん。照れ笑いを浮かべて、幸せそうだ。


 良かったな……天音さんをちゃんと愛してくれる人がいた。もう、天音さんへの愛情がダダ漏れだよ。


「赤ちゃんの名前とか考えてるの?」


「まだですよー。性別もまだ分からないし」


「1文字ずつ取ったら? 天音と豊貴だからー、天貴あまたかとか!」


「天達みたいだな」


「天気当ててくれそうだね」


 みんな適当なこと言ってんなあ。思わず苦笑いしてしまう。


「でも、それだと2人目3人目の子供で使える漢字尽きちゃうじゃないっすか」


「もう2人目とか考えてるの?」


「考えてますよ。2人目はすぐにでも欲しい」


「年子は大変だって聞くよー。俺の友達何人か子供いるけどさー」


 すぐにでもって、天音さんつわりひどいから体力的にキツいんじゃなかろーか。さっきは見てられなかったって言ってたのに、日野さん。


「日野くん、クリームコロッケ好きだからたくさん種類作ったんだ。気に入ったのがあったら新メニューにするから教えてよ」


「豊貴コロッケっすね、店長」


「俺入りコロッケみたいな名前やめてもらえますー」


 日野さんってこんなによく笑う人だったんだな。どっちかというと無愛想なイメージだったけど、優しそうですごくいい人そうだ。


 良かったな、天音さん。日野さんなら、幸せにしてくれそうだよ。


「みんな楽しそーだなー。俺も酒飲みたい」


「やめとけ、充里。未成年が酒飲んだっていいことなんかひとつもねーんだから。お前ならノンアルであのテンション超えれっから」


「たしかに。日野さん、俺もコロッケ食っていいー?」


「いいよ、箱作くん」


「んな他人行儀なー。充里でいいぜ、豊貴!」


 マジで軽く超えてくからなー、充里は。


「充里は入谷くんの友達なんだろ?」


「友達ってか、もう腐り縁だな。腐りきっとるわ」


「腐れ縁だろーが! どっちにしろ腐ってっけど」


「幼なじみ?」


「じいちゃん同士がね。おかげで親父の代から生まれた時からの付き合いだよ」


「へー、3代に渡って仲いいなんてすごいね」


「腐りきってるだろ」


「充里がゆーな。こっちのセリフだわ」


「統基は調子乗りだけど悪いヤツじゃねーから仲良くしてやってよ」


「今まさに調子乗ってるヤツが言うな!」


「あはは! 悪いヤツじゃないのは聞いてるよー」


「天音ちゃんと入谷くん、ほぼシフトかぶってたもんねー」


 内心、ギクッとした。俺の話をしたことはあるのか……でも、バイト仲間として働いていた話しか聞いてないみたいだな。日野さんは屈託なく笑っている。


 それもそうか。


 あの都合の悪いことにはダンマリな天音さんが、日野さんとの結婚に大きく都合の悪い話をしているはずがない。


 天音さんなら、まず間違いなく生涯にわたって隠し通すだろう。

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