第94話 男にカワイイはほめ言葉じゃねえ

 生活指導の教師ばりに、朝の校門前に立っている。


 昨夜もほとんど寝てねえけど、全然眠くない。むしろ目ぇギンギンの心臓ドッキドキドンで叶が登校して来るのを待つ。


 冗談じゃねえ! 芸能界なんて、お父さんが許しません! どんなチャラ男が生息してるやら。純粋無垢な女子高生が足を踏み入れたりなんかしたらもう……考えるだけでおぞましいわ!


 しゃべりさえしなければ、神々しいまでの謎めいた雰囲気を持ち、堂々としつつも尊さを感じさせる叶はきっとすぐさま人気者になってしまうだろう。いや、しゃべったらバレるアホさもギャップとなって人気に拍車をかけるかもしれない。


 もう来月から東京と下山手を往復の日々が始まる。そんなんであの叶が3年生になれる訳ねえから、学校辞めて東京へ引っ越してテレビで観ない日はなくなる。


 俺なんかが囲い込めなくなってしまう。すっかり俺の手を離れてしまう。そしたら、簡単に心まで離れてしまうんじゃねえかな……。


 嫌だ! 俺がこの地で叶を愛し甘やかすんだから!


 あー、早く来い! 叶! 俺より家近いのにマジで遅い! もうすでに東京に行ってるとか言うんじゃねーだろうなあ……。お願い、来て! 叶!


 あ! 来た! 良かった、まだここにいた!


 叶は、たいして教科書も入ってねーのにカバンを重そうに担いで歩いている。


 駆け寄って叶のカバンをひったくって持ち、


「断った?!」


 と鼻息荒く聞くと、呆れたように俺を見て


「両親も反対で、断りの電話してたわ。名刺も取り上げられたから私からは連絡できないわよ」


 と言った。良かった! あー、良かった! 思わず叶を抱きしめた。


「昨日はごめん、大きい声出して。怖くなかった?」


 俺が叶にあんなに声を荒げることは多分そうそうない。もう感情のコントロールが完全にできなくなってた気がする。


「怖くはなかったけど、びっくりした。あんな統基の顔初めて見たもの」


「……え? どんな顔してたの? 俺」


 動揺しちゃってあんまり覚えてないんだよな。焦燥感ってーのかな、ただ焦って叶が俺から離れて行ってしまうって恐怖に襲われてた。


「なんか……オバケに怯えてる子供みたいだった。いつも統基って適当なことばっかり言ってチャラチャラしてるのに、正反対。すごく真剣な顔して必死に訴えてくるから同じ顔の別人かと思っちゃった」


 と、嬉しそうにいい笑顔を見せる。


「お前、まだ俺のこと適当なことばっか言うチャラい奴だと思ってたのか」


 たしかに、怯えて必死だったかも。……カッコ悪。そら叶に笑われるわ……。男が動揺なんて見せるもんじゃねえ。昨日下げてしまった分、気を引き締めて上げてこう!


「行こ!」


 叶が笑顔で俺の手を握った。……珍しいな、超照れ屋の叶からスキンシップ取ってくるなんて。


 ……ガキ扱いされてんじゃねーのか、これ。怯えた子供みたいな顔なんて見られたから。まーカワイイでちゅねー、お姉ちゃんが教室まで連れてってあげまちゅよー、的な?


「お前、俺のことカワイイと思ってんだろ」


「なんかしゃべり方もちょっと子供っぽくなってたよねー。ほんと、同じ顔の別人みたいだっ……あ、え? なんで機嫌悪いの? いいじゃん、たまにはカワイイのも」


 俺の表情を見た叶が慌てた様子を見せる。


「やっぱり!」


 あー、失態を晒してしまった! 情けねえ! 自分で自分の髪をわしゃわしゃにしてしまう。


 何?! 俺覚えてねえんだけど! 子供っぽいしゃべり方までしてたの?! 穴があったら入りたいとはこのことか!


 てか、昨日に戻ってやり直したい! 叶の記憶から昨日のあの時を消し去りたい!


「え、そんなに嫌なの? なんで? よく分かんないけど分かったよ、思ってないよ、カワイイなんて思ってないから」


「嘘だ! 十中八九思ってただろ!」


「え? 何? じゅ……じゅじゅちゅかいちぇん?」


「言えてねーんだけど」


 なんだよ、かわいいな、おい! 悶え死なせる気か!そしてお前は十中八九も知らんのか!


 冗談じゃねえ! こんな無知無知過ぎる奴に手を引かれるなんてまっぴら御免こうむる! 俺に引っ張らせろ!


「叶! 俺について来い!」


「え? どっか行くの?」


「教室だ!」


「……えっ?」


 なぜ強引に教室まで叶の手を引っ張ってったのか? 俺にも謎だが、そうでもしなきゃ恥ずかしさで死にそ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る