第95話 疑心暗鬼になる弁当

 嵯峨根さんが弁当を持って来るようになって、1ヶ月以上経った。クラスの奴らも殿様昼食スタイルに慣れて誰も何も言わなくなった。


 やっぱり絵面がひどいようで、初めはもーめっちゃ言われた。女子からは1年生がかわいそうだの、男子からはお前は何様だだの。もちろん


「殿様じゃい!」


 と黙らせた。そもそも嵯峨根さんが始めたことなんだから、俺に文句を言うのは筋違いってもんだ。問題があると思うならば嵯峨根さんに言いたまえ、って言ったのに多分誰も嵯峨根さんには何も言ってねえんじゃねーかな。


「テスト近いからそろそろ弁当いいよ。勉強しないと。期末初めてでしょ。底辺校とは言え科目も中間より多いしさ」


「心配してくれてるんですか? 嬉しいです!」


 喜ばせる気は一切ねえ。俺のせいで成績悪かったから責任取れ、とか言われないための保険だ。


「美心ちゃん、頭どーなの?」


 そんな聞き方しかできねーお前の頭がどーなってんだ、充里。


「私頭はこの学校ではいい方だと思います。中学では真ん中くらいの成績だったけど」


「真ん中?!」


 一緒に食ってる叶、曽羽、佐伯も驚きの声を上げる。


「なんでそんなに頭いいのに下山手なんか来たの?」


 俺中学の時なんか1と2ばっかりだったぞ。たまに体育とか副教科で3がある程度の。この学校に来る奴なんてそんな馬鹿ばっかりなのに。


「入谷先輩がいるからですよ、もちろん」


 と、嵯峨根さんが笑った。


 おお……さすがにキュンとくるな。だがしかし、俺にはそんな手は効かん!


「へー、そりゃわざわざご苦労さまです」


 ペコリと首から頭だけを下げた。


「お前ひどい奴だな! こんな一途な1年生に! もっといい学校行けたのに入谷のためにこんなド底辺にいるんだぞ!」


「知るか! 俺が俺について来いって言った訳じゃねーんだよ! 勝手について来といて俺が知るかよ!」


 佐伯は完全嵯峨根派だから面倒だ。嵯峨根さんがいいんです、ありがとうございますって佐伯に健気な笑顔を向けるもんだから、


「もーこんな奴やめときな、嵯峨根さん。同じ中学だったんだから中学ん時のコイツの凶悪さも知ってんだろ? 俺らが2年の時には嵯峨根さんも入学してんだからさ、始業式の時とかいたんだろ?」


 などと人の黒歴史を叶の前で掘り起こそうとしだした。待てお前、嵯峨根さんに乗せられてねえか? お前が今言おうとしてることは俺と叶を別れさせようと目論む嵯峨根さんの望み通りだぞ?


 どーしよ、この生粋の下山手っ子は1年女子の術中にはまってることに気付いてねえ。やべー、黙らせないと!


 そこへちょうど、実来がワイワイと大人数で教室に入って来た。神は俺を見捨ててはいない!


「実来ー、こっち来てよ! 佐伯、お前も中学ん時は楽しそうだったよなあ。実来、佐伯の中学ん時の話聞くー?」


「佐伯? 何かやったの? 佐伯」


 実来がキョトンとしながらも呼ばれたものだから来る。なるほど、空気の読める奴だ。ほとんど俺から話し掛けることなんてないのに素直に来てくれるとは、いい奴だ。


「あー、思い出した! そうそう、お前も俺らとよくつるんでたじゃん、中2中3の頃」


 充里も思い出したらしい。


「えっ、ちょ待って!」


「何の話しよーとしてたの? 話してみろよ、佐伯」


 人選ミスだ、嵯峨根さん。佐伯は中2で同じクラスになってからはほとんど行動を共にしてたし中1の時のことは知らないだろうから話せるはずない。


 俺が叶の前で話されたくないことは、佐伯が実来の前で話したくないことなんだよ。暴露話をさせるには佐伯は俺に近過ぎた。ただの目撃者じゃなく、共犯者なんだよ! あー、実来がちょうど来てくれて良かった。実来に救われた!


 嵯峨根さんの顔を見ても、特に失敗したか、みたいなガッカリ感は見られない。


 ……あれ? 俺の考え過ぎか?


「入谷先輩、はい、あーん」


 笑顔でだし巻き玉子を俺の口に運んでくれる。美味い! 俺だし巻き玉子が1番好きかもしんない。


「えっ……何してんの? 入谷。その子と付き合い始めたの?」


「へ? んな訳ねーだろ! 何言ってんだよ、実来!」


 変なことを言うんじゃない! そうか、食堂派の実来はこの光景、初見なのか! 全然空気読める奴じゃねーじゃん、コイツ!


「え、いいの? 比嘉さん! 浮気じゃないの、これ?!」


「どこが浮気だよ! メシ食ってるだけだろうが!」


 変な単語を出すんじゃねーよ! もしかして、こっちが嵯峨根さんの狙いだったのか?! 朝は教室前でクラスメートにあいさつしてたかと思えば今度は昼飯を食わせることで、自分こそ彼女だと周囲に勘違いさせることが!


「やだもぅ、違いますよぅ」


 と嵯峨根さんは頭を横にブンブン振りながら両手をほっぺたに添えている。……もう、あざといしらこい演技にしか見えねえ!


 もーダメだ、この女1ミリも信用できない!


「嵯峨根さん、弁当やっぱりいいよ! 明日からはしっかり勉強しろ!」


「えー。分かりました、ちゃんと勉強します! じゃあ最後のひと口どうぞ。あーん」


 ……あんなん言われて食べさせてもらうのも何だけど、最後なら大人しく食わせてもらって綺麗に終わる方が良さそうだ。


 あー、美味かったよ。短い間だったけどありがとう、嵯峨根さん。明日からはまたパン生活か。


「ごっそーさん」


「美味しかったですか?」


 ……最後の質問かな。えらい手間かけてくれたもんだよな。遠足の弁当なんかも俺自分で作ってたから、人の作ってくれた弁当ってすげー温かかった。


「美味かったよ、ありがとう」


 最後だ。感謝を笑顔に乗せて返事をした。


 嵯峨根さんもニッコリ笑うと、


「入谷先輩も勉強頑張ってください!」


 と元気に敬礼して去って行った。


 ……案外、いい子だったのかもしれないな。俺が勘ぐり過ぎてただけかな。だったら態度悪過ぎで申し訳なかったかも。


 ……途中から叶全然しゃべんなかったけど、浮気とか言われて気分を害したじゃろか。恐る恐る叶を見ると、なんか妙にキラキラした目で俺を見ている。


「え? 何? どうかした?」


 その反応は反応で意味不過ぎて怖いんだけど。


「統基、俺について来いって、あんまり言わないの?」


「は? 言う訳ねーだろ。行列作って歩いて何が楽しーんだよ。ハーメルンの笛吹き男か、俺は」


「そうなんだ……あの話、最後怖いよね」


「いや、ごめん適当言った。俺行列で歩いてる絵しか知らない」


 なんで叶嬉しそうなんだろ? どいつもこいつも、女ってのは何考えてんのか分かんねーな、やっぱり。


 女か……天音さん、少しは体調マシになってんのかなあ……。

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