第91話 ミッションコンプリート、本当は甘えたい

 お目当てのペットショップは大盛況だ。絶対、動物より人間の方が多い。人のこと言えねえけど全員がペットを探しに来たってのはあり得ない。動物園感覚で来た人間多数だろ、これ。


「こっちの爬虫類コーナーならまだすいてっけど」


「じゃあ、先にそっち見よっか。お昼過ぎたら人が少なくなるかもしれないし」


「叶、爬虫類平気なの? トカゲとかだぞ?」


「平気よ。触ったことはないけど、見る分には顔かわいくて好き」


「かわいいか? ワニじゃねーかよ」


「体見ないで顔だけ見てみなよ」


 顔だけねえ……あー、たしかに。クリクリの黒目がかわいい。頭上げてる角度とか絶妙にかわいい。


 へー、トカゲにこんなに種類があるとはねー。お、すっげー色したファンキーなヤツがいる。いいねー、俺好きだよ、ファンキーなの。


「うわ! 何コイツ今笑ってたんだけど! やっば! 超かわいい」


「あー、レオパちゃんだ。かわいいよね〜。ヒョウモントカゲモドキって言うんだけど、レオパードゲッコーとも言うの」


「かわいい! 俺コイツ飼おうかな」


「統基、虫平気なの?」


「虫? きらーい。なんで? コイツ虫取ってきたりすんの? もしかして」


「ううん、食べるの。生きてるコオロギとか食べるから、エサ用にコオロギも飼わなきゃならないの」


「げ! マジか! こんなかわいい顔して生コオロギ食うんかよー」


「しかも、足は固いから嫌がるんだって。コオロギの足を取ってあげなきゃいけないの」


「グロいんだけど」


 何それ、それを毎日なんて無理だわ。コオロギの足どうすんだよ。ゴミ箱に捨てんの? ゴミ箱のぞいたらコオロギの足だらけとかもうサイコパスな光景なんだけど。


「こっちに人工のエサも売ってるよ」


「それを早く言えよ」


「でもレオパ的にはコオロギの方がいいんだよ。肉食だからね。統基と一緒ね」


「誰が肉食だよ。俺は超草食だよ」


「またー。どこがよ」


 いやいや、俺冗談なんか言ってねえんだよ。


「コオロギかー。コイツはかわいいんだけど決断できねえなあ」


「迷うならやめた方がいいよ。飼い始めてからやっぱりやめる、なんてできないんだから」


「そっか、そうだな。かわいいんだけどな〜」


「かわいいよねえ」


「お、人気のワンニャンコーナーもちょっとマシになってきたかな。昼メシ時のうちにワンニャン見るか」


「うん!」


 叶はやっぱり犬かネコがいいみたいだな。俺はあのレオパってのが超気になる!


 当たり前のようにワンニャンもかわいいんだけど、帰りの電車でもレオパの笑顔が忘れられない。


「レオパってさ、本名なんだっけ?」


「本名って。ヒョウモントカゲモドキだよ」


 長! 叶って動物の知識はこれだけ頭に入るんだから、地頭はもしかすると悪くねえのかな? てか、爬虫類の名前覚えるくらいなら日本史でも覚えてろよ。


「なんでモドキなの? トカゲじゃねーの?」


「トカゲじゃなくてヤモリなの。あれ? イモリだっけ?」


 やっぱり、地頭から悪いな。大好きな動物でも違いに気付いて似たものを識別するのは苦手なんだな。


「めっちゃ気になるけど、俺動物飼育したことねえんだよな。小学校にいたウサギを見に行ったりはよくしてたんだけど」


「私もペット飼ったことないから、不安はあるのよね。面倒を見るってことをしたことがなくて」


「叶は面倒見られる方だもんな」


 不安か。面倒を見るのが不安ってことは、逆に面倒を見られることには安心感を持つのか?


 あ、そうかも。ひとりっ子で親から過保護なほどの愛情を注がれてきた叶は、常に愛され甘やかされてきた。叶も親に甘え続けてきてたんだ。


 だけど、高校生にもなって親に甘えるのは恥ずかしいと思うようになった。親離れが始まったのだ!


 だがしかし、15~6年も甘え続けた叶はおそらくすっかり甘えん坊さんだ。見た目はクールで自信過剰ながら、その内面には面倒を見るより見られたい甘えん坊が完成していた。


 そこへ現れたのが俺だ。


 親父のように叶の成長を愛でながら手を出し口を出すこの俺。高校生にもなって親に甘えるのは恥ずかしいことだと考える叶だけれど、彼氏に甘えるのは女子高生として恥ずかしいことではない!


 なるほどな。今日のミッションコンプリートだわ。どうしてパパのジュースは拒否って俺のジュースは受け取ったのか、その理由が判明した。研究の成果が出たな。


 パパにはもう甘えたくないけど、俺には実は甘えたいんだ。こんなキリッとした顔してるけど、本当はヨシヨシされたいんだ。


 自信過剰な堂々とした振る舞いがなければ、もっと早くに気付けただろうに。やっかいなもん武装してやがる。


 叶の家の前まで送って行く。


「この時間ならパパに遅いって言われないだろ」


「もう、パパのことは忘れてよ」


 叶が眉間にしわを寄せてへの字口になる。よほど恥ずかしいと思ってんだな。珍しく感情がダダもれだ。


「そんなに嫌がってやるなよー。いいパパさんじゃん。お前のことが大事なんだよ」


 と叶の頭をポンポンしながら言ってみる。叶を愛し甘やかす役は俺が引き継がせてもらう。安心して任せてくれ、お父上。


 叶は照れて笑いながらも嬉しそうだ。付き合い始めの頃はこんな子供扱いみたいなことをしたら怒るんじゃ、と思ったものだけど、実際には真逆だったんだな。ガンガンに子供扱いしても喜ぶんだ。


 子供扱い……子供……。


「統基? どうしたの?」


「あ……あ、ううん。なんでもない」


 笑って、頭ポンポンしてた手を今度はナデナデしてみる。ふふっと叶も笑う。


「さっきから何やってるの?」


「何でしょうー。俺明日は遊べねえから、また月曜日、学校でな」


「うん」


 最後に叶の頭をポンポン、として手を外した。めいっぱい笑って


「じゃあな」


 と言ったら、叶が驚いた顔をして


「え? それだけ?」


 って言った。それだけ? どれだけ?


「何? 何か待ってたの?」


「え……」


 何顔赤くして照れてんだ? 俺照れさせるようなことは言ってねえぞ。


「待ってないわよ! じゃあね!」


「そう? じゃあね」


 と手を振ると、いぶかしげに首をかしげて手を振って家に入って行った。


 なんだろ。やっぱり、何か待ってたのかな。

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