第86話 フラッシュバック

 2年1組の教室に小さい1年生が笑顔で入って来て、俺へとまっすぐ向かって来る。……何しに来た。


「おー、美心みみちゃん、なんで朝いなかったのー?」


充里はさすが、自由にストレートに聞くなあ。


「えへ、朝は寝坊しちゃって。入谷先輩、パンなんですか? 私のお弁当食べてください!」


「は? なんで?」


「育ち盛りの男の子がお昼にパンだけなんて栄養不足ですよ!」


 と、嵯峨根さんが勝手に人の席に座る俺の前の席に座って弁当箱のフタを開けた。


「おー! ミジュマルだ!」


 キャラ弁だ。多分ポケモンのキャラ弁だ。充里と曽羽と佐伯はすげーすげー言ってるけど俺、あんまりポケモン知らねー。リアクションに困るわ、こんなことされても。全くテレビを観て来なかった叶もキョトンとしている。


「あれ、ポケモンお好きじゃないですか?」


「好きも何もロクに知らねーもん。どっちかと言うと妖怪ウォッチの方が知ってる。弟が好きで毎週観てるからさー」


「じゃあ、明日はジバニャン作って来ます!」


 妖怪ウォッチはポケモンで言うピカチュウレベルのキャラしか知らんようだな。


 明日も来る気か。いらん。この子と関わるとめんどくさいことになりそうだ。


「いや、作って来なくていいよ。俺パン好きで食ってんだから」


「嘘ですね、私知ってます! パンが好きなんじゃなくて食に興味がないだけですよね? 少しでも興味を持ってもらえるように、だしとかすごくこだわったんですよ。はい、あーん」


 と、だし巻き玉子を口元に持って来られて条件反射で口を開けた。あ! 美味い!


「すげー美味いよ、嵯峨根さん!」


「本当ですか! 良かったー。私毎日お弁当持って来ますから、これで足りそうだったらパン買わなくていいですよ!」


「マジで? そりゃ助かるわ」


「はい、あーん」


「あーん」


 美味い上に食べさせてくれるから楽ちんだ。殿様気分て奴だな。寝不足でパンを持つのも面倒だから、机の上に食べかけのパンを放り出して両手からだらりと力を抜いて嵯峨根さんが口に運んでくれる弁当を食う。


「足りましたか?」


「十分、腹ポンポン。ごっそーさん」


 敬語がいいな。ますます殿様じゃねーか。いつの間にか大股開きでふんぞり返りながら食ってたわ。


「じゃあ、このパンわたくしめがもらってもいいですか?」


「食いかけだぞ、そんなもん」


「それがいいんです!」


「間接ちゅー的な? んなもんチューでも何でもねーよ。いいよ、持ってけよ」


「ありがとうございます! では、また明日、伺います!」


「おう、良きにはからえ」


 言葉の意味は知らんがなんか殿様気分からか口から出た。嵯峨根さんは敬礼して、教室を出て行く。


「……入谷、お前すげーな。あんな小さくてかわいい子に奴隷みたいなマネさせて平気でふんぞり返るとか」


「え?」


 佐伯が俺の昼食様式を呆然と見てたようだ。


「統基は昔っから奴隷はべらせたい願望あったからな」


「ねーよ! そんなもん!」


 叶がまた冷たい目を向けてくる。今の発言を取り消せ、充里!


「小1の最初の自己紹介で言ってたよ。小学校でやりたいことは何ですかって聞かれて奴隷をたくさん作りたいですって。実際お前3年くらいまでクラスメートのこと番号で呼んで奴隷にしてたじゃん。先生にバレて親呼び出されて超怒られてやめたけど」


「ああ、やってたなあ、そういや。よく覚えてんな、充里」


「やってたの?! ひどい奴だな、お前!」


「しゃあねーよ、子供のやることじゃんー。むしろ中学入った頃にはそんな面影ないくらい更生してたんだから褒めろよ」


「褒める訳ねーだろ。それに、思い返せば面影くらいはあった気がする」


「でも、充里も一緒にやってたんだぜ。コイツ今俺だけが奴隷はべらせてたみたいな言い方したけど」


「俺は奴隷の意味が分かってなくて統基のマネしてただけだよ。なのに俺まで怒られたんだから」


「あ、俺もそれ! 奴隷って何だろうーって思ってた」


「自分で言い出しといてそれは無理あるわー」


「やっぱりー?」


 あはは! と男3人は笑ったけど、叶と曽羽はすんげー冷めてる。


「最っ低な小学生ね」


「引いたー」


 ちょっ……曽羽までその綿菓子ボイスで引くのやめてくれるかな?!


 やっぱり、あの子に関わるとロクなことがない! は! もしかして、あの驚異の情報網で俺の悪い所を調べ上げて叶に知らしめるつもりか?!


 そうか、俺達を別れさせる大作戦か!


 俺が叶に嫌われてフラれた所を頂く気か!


 ヤバい! 俺、基本的に調子乗りだ! いっくらでも黒歴史掘り起こされるぞ、これ! もれなく充里も掘り起こされるぞ。とばっちりで充里も修羅場を迎えるかもしんない。ごめん、充里!


 放課後。


「俺、そろそろバイト行くわー」


「あ、もうそんな時間か」


 と、充里が席を立ちカバンをつかむ。


「え、なんで?」


「俺も新しいバイトさんが決まるまで期間限定で今日からひろしでバイトすることになったの。あのお姉さん、辞めたんだろ? あの統基といい雰囲気のお姉さん。統基ひとりじゃめちゃくちゃらしいじゃん」


「え! 入谷浮気してんの?!」


「してねえ! てっきとーな単語使ってんじゃねーよ、佐伯!」


「比嘉さんを裏切ったりしたら俺が許さねえからな! 殺されても文句言うなよ!」


「俺が叶を裏切る訳ないに決まってんだろ! 裏切ってもねーのに殺されたら文句も言うわ!」


 いや、叶のことを好きな仲野がそれ言うの? 万が一俺が浮気して叶と別れたら喜ぶ立場じゃねーの?


 しかし、言われんの2人目かよ! 俺、そんなに叶のことを裏切りそうか? んな訳ねーだろ、ずっと叶を一途に思い続けてるのに!


「じゃあなー、また明日ー」


 と、門の前で佐伯、仲野と別れて4人でひろしへと歩く。


「おい、ちょっと急がねーと。あのエプロン初めて着けるの絶対時間かかるぞ。俺もなんとか自分になら着けられるようになったけど人に着せる自信はねえわ」


「マジで?」


 急ぎ足で歩いてたらホコリでも吸ったのか、のどがイガっとして咳が出た。ひろしの前に着いた頃には収まったけど。


「いってきまーす!」


「行ってらっしゃいー、がんばってねー」


「あ、行ってらっしゃい」


 と言いながら、叶は何やらカバンをガサゴソしている。まあ、いいや、とひろしの引き戸に手を掛けた時、


「統基!」


 と呼ばれて、全身の毛が逆立ったような、鳥肌が立ったような感覚に襲われた。瞬間的にひろしのエプロンを着けた天音さんの笑顔が頭に浮かぶ。


 え! 天音さん?!


 辺りを見回すと、叶が笑顔で


「はい、のど飴」


 とのど飴を手渡してくれた。


 ……叶か……。あー、びっくりした。俺を統基って呼ぶ女は最近まで天音さんしかいなかったせいかな。一瞬、天音さんに呼ばれたんだと思った。


「あ……ありがとう」


「どうしたの? 汗すごいよ?」


「あ……ほんとだ。今日暑いよな」


「そこまで暑くないけど?」


「統基、早く入んねーと」


 充里はもう引き戸を開けて店に入っている。


「お、おう! あ、気をつけて帰ってね」


「うん。バイトがんばって」


「ありがとう」


 手を振って叶と別れ、店に入る。あー、まだ心臓バクバクしてる。マジびっくりした……。

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