第85話 寝不足のせい

「おはよー、統基」


「はよー、充里」


「どした? なんか、寝不足?」


「そーかも。ぜんっぜん眠くなんなくて、ぜんっぜん寝れんかった」


「あはは、マジでー。すげー顔してんぞ、統基」


「おっぱよーごじゃいやす! うわ! なんだ入谷! その顔!」


「え、なに佐伯、俺そんなにひどい顔してんの? たったひと晩寝てねーだけで?」


「おはようー。え、入谷くんどうしたの? 一晩中悩み通したような顔して?」


 マジでそのムダな鋭さ封印して、曽羽。


「統基に悩みなんてねーだろー」


「充里にだけは言われたくねーわ。お前は悩んだ経験すらねーだろ」


「ねーかも」


「すげーな充里! 悩んだことがねえとか!」


「充里見てて悩みポイントなんてあると思うか? 佐伯」


「かわいい彼女いるし顔いいし体も恵まれてるし運動神経いいし頭悪いけどこの学校内ならまだいい方だし、スルースキル抜群の自由人だもんな。悩まねーか」


「ほめ過ぎだろ。ちげーよ、シンプルに悩むだけの脳みそがねーだけだわ」


 あー、脳みそ充里と交換したい。俺の脳みそは昨夜の辛そうな天音さんの声がエンドレスリピートされている。


 あんな電話1本で終わらせるなんて、ひでーよ、天音さん。何度俺から関係の清算を持ち掛けたって応じなかったくせに、こんな突然……こんな終わり方。ひでーよ。ひどすぎる。


 もうこのまま会わないつもりかよ。ねーよ、こんな終わり方……俺にも、責任負わせてくれよ。俺だけ何もなしなんて、それで俺が喜ぶと思うのかよ……。


「あ、おはよう、叶」


 えっ。曽羽の声に教室の後ろのドアを見ると、叶が入って来る。


「おはようー」


 みんな口々にあいさつをする中、なんか叶の顔を見づらい……。自分の席にカバンを置いて、叶がこちらにやって来る。


「おはよう、統基。昨夜、メッセージ気付かなかったの?」


「あ……ごめん、叶。読んでねーわ。何だったの?」


「大したことでもないから別にいいんだけど」


 正しくは、叶からメッセージが来てるって通知には気付いた。でも、なんか読めなくて読まなかった。


「比嘉さんのメッセージを無視するとか、どういうつもりだ! 入谷!」


「うるっせーマザゴリ! お前と違って人間には色々あるんだよ! 人間は誰もがお父さんとお母さんから生まれてくるんだよ! 辛いつわりを乗り越えてお母さんはお母さんになるんだよ! ありがたいことだな!」


「……は? え? あ、ああ! 俺のママンは宇宙一だからな!」


「てめーのママンなんかどーっでもいいんだよ! そんなにママンが良いんならママンの腹ん中に戻って来い!」


「誰のママンがどうでもよくないの?」


 え。もー、曽羽ちゃん、マジで口開かないでもらいたい。もー、お願いだから鋭いこと言わないで? ただの天然でいて?


「みんなのママンだよ。みんなお母さんを大切にしようね」


「お母さんを亡くしてる統基が言うと説得力あるわね。どうしたの、急に? お母さんの命日か何かなの?」


 うんにゃ。命日なんぞ知らん。


「365日、毎日誰かの命日さ」


「365日毎日誰かの誕生日なら聞いたことあるけど」


「なんか今日の統基いつにも増して変だな。寝不足のせいかね」


「そうそう、俺寝不足なんだよね」


「そうなんだ? 昨夜遅くにメッセージ送ったから寝てて気付いてないのかと思ってた」


「……睡眠ってさ、レム睡眠とノンレム睡眠ってあって、夢見るのはレム睡眠の方なんだって」


「あれ、ノンレム睡眠の方じゃなかった?」


「そもそもレムって何?」


「寝てる時だから、零夢レムじゃない? 夢を見ないからゼロ夢でレム。だからノンレム睡眠は無零夢ノンレムで無いゼロ夢だね」


 何言ってんのかまるで分からん。それでいいんだよ、曽羽。お前はただただ天然でいれば。


 昨夜はあんなに眠れなかったのに、午前中ほとんど寝てた。授業中も休み時間もぶっ通しで寝てた。でも、全然スッキリしてねえ。


 スッキリどころか、孝寿に見せてもらった子供の動画の赤ちゃんの顔が俺そっくりで、ハイハイしながら俺の方にパパパパって迫って来る夢を見て椅子から転がり落ち、起きたら汗びっしょりだった。


「統基、普段親父って呼んでるのに寝言でパパパパ言ってたぞ。お前本当はパパって呼びたい願望とかあるんじゃね?」


「俺がパパパパ言ってたの?」


 あれ? 言われる方の夢だったはずなんだけど。覚えてない夢で俺が赤ちゃんバージョンがあったのかな。俺が高速ハイハイしながら誰かをパパパパ呼んでんの? 嫌だわ、キモイわ。


「あれ寝言だったの? ふざけて田代先生のことをパパって呼んでるんだと思ってたわ」


「呼ぶかよ、キモイわ」


 1番前の席の俺の寝言が1番後ろの叶にまで聞こえてたのか。我ながらなかなかの声量だな。クラスの全員に聞かれてんじゃねーか。


 叶と充里の席辺りに、俺と曽羽、佐伯が集まって昼飯タイムだ。


 相変わらずパンをかじっていると、


「入谷先輩! お邪魔しまーす!」


 と元気な1年生が教室に入って来た。え、昨日半べそかいてたくせにまた来たの? 朝は教室の前に嵯峨根さんがいなかったからもう諦めたんだろうと思ってた。


 えー、お帰り願いたい。俺今小娘にまで気ぃ回る気がしねえわ。何言っちゃうか自分でも不安なんだけど。今度こそ泣かしちゃうかもしれないんだけど。

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