第87話 会話って何だっけ
一緒に働いてみるとよく分かる。充里はやっぱり器用な奴だ。仕事の覚えは早いしソツなくこなし、客からの評判もいい。
「へー、統基くんの友達かー。統基くんよりビール入れんの上手いんじゃねえのー」
「そんなん言わなくてもいいじゃないっすか! 田島さん!」
「おっさん田島さんって言うの? よし、多分覚えた!」
「おっさんはねえだろ、充里ー」
「お兄さんがいい? おっさんー」
結局おっさんって呼んでんじゃねーか。かなり失礼な接客なのに、ジュースおごってもらって乾杯して一緒に飲んでる。馴染み方がすごいな、充里。
これはもう才能と呼んでいいだろう。俺もコミュ障ではないつもりだけどこのコミュ力モンスターの前だと俺って普通な奴だよなと実感させられる。ジュース飲んでねえで働けよ、って言う気力すら奪われるわ。
「充里くん、こっち来てー」
店長が呼んでる。ああ、もう9時45分だ。時東さんが来たから充里を紹介するのかな。と思ってふと見ると、時東さんと有田さんがいた。
あ、そっか。今までは俺だけが10時上がりだったけど、充里も10時までだもんな。天音さんはオープンラストで入ってたけど。
天音さん……大丈夫かな。食えてんのかな、あの状態で……吐き気って、一日中ひどいんだろうか。また電話してみようかな。
……いや、あの言い方は多分もう俺からの連絡を望んでない。
都合の悪いことにはダンマリな天音さんが、つわりに苦しみながらもハッキリとバイバイって言った。天音さんはもう、俺が天音さんの人生に関わることを望んでない。
それは、よく分かった。
分かったけど……。
「統基!」
カウンターに座る充里が俺を呼んでるのに気付いた。
「あ、何?」
「飯だって!」
あ、まかないか。時東さんと有田さんにおはようございますーってあいさつして、充里と並んでまかないを食う。
「超うめーな、田中さんの飯。これ毎日食えるんなら俺バイト続けよーかなー。でも曽羽ちゃんと遊ぶ時間減っちゃうんだよなー」
「いや、てかさ、そんな長く付き合ってて毎日放課後から夜まで一緒にいて話すことなくならないもんなの?」
「なくなんねーよ?」
「何やってんの? 曽羽とふたりん時って」
「ベタベタしたりイチャイチャしたりチュッチュしたり」
聞くんじゃなかった。
「統基だって比嘉と旅行行ってたじゃん。でも話すことなくなんなかっただろ」
「俺らはまだ付き合いたてだし。お互い知らねーことだらけだよ」
「付き合いたてではねーだろ。俺らとそんな変わんないじゃん。まだ知らないことだらけなの? それ会話足りてなくね?」
会話……
「会話って、何だっけ」
「何難しく考え過ぎてんだよ。バッカじゃねーの、今してるだろー、コレコレー」
充里が笑い飛ばす。いや、難しく考えてない。むしろ、何も浮かばなかった。マジの会話って何だっけだった。
叶とも話ならしてる。でも、話してないことも多いんだ。だから、こんなに変な気持ちになってるのかな。
家に帰って風呂上がったら、叶からメッセージが来てた。……今日は、ちゃんと返さねーとな。実際、昨夜とは違って精神状態もかなり落ち着いたし。
「ミジュマルってこれだって。すごくそっくりに作ってたのね」
へー、ポケモンにこんなんいるんだ。ピカチュウとネコしか知らんわ。
……今日は俺全然叶の様子見てなかったけど、やっぱり彼氏が他の女の作った弁当食うの嫌だったりするんかね? こんな、わざわざ画像探して送ってくるなんて……。
俺は正直、作って来て食わせてくれたら金は浮くわ楽ちんだわ殿様気分満喫だわで全然ウエルカムなんだけど。
会話って大事だよな。叶と話そう。文字でだけど。
「さがねさんの弁当、食っていい?」
「なんで私に聞くの?」
「いやかなって。ヤキモチとか」
「あの状況でヤキモチなんて焼かないわよ。さがねさんがかわいそうになるもの」
え、そんなにひどい絵面になってたの? マジか。俺殿様ってか悪代官じゃん。
「じゃあいいの?」
「私はいいけど」
まあ、叶が気にする程の存在ではねえわな、あんな小娘。彼女がいいって言うんだから、遠慮なく食お。
翌日、約束通り嵯峨根さんはまた昼飯時に現れた。昨日のがドッキリで来てくんなかったらどうしようってちょっとビクビクだったわ。1年生に騙されて昼飯ナシなんて、食堂に行きながら泣くとこだわ。
叶のお許しは得てるので思いっきりふんぞり返って食わせてもらう。じゃないと、大の2年生男が1年生女子に世話焼かれてるみたいでダセーし。悪代官に見えるより赤ん坊扱いされてるように見える方が嫌だ。
「5・6時間目に調理実習でドーナツ作るの。統基も食べる?」
嵯峨根さんが敬礼と共に去ると、叶が言った。
「ドーナツ? すげー調理実習でんな凝ったもん作んの? 食う! 3時のおやつに食う!」
「楽しみにしてるといいわ。うちの班には愛良がいるから失敗はないもの」
「えー、俺も曽羽ちゃんのドーナツ食いたーい!」
「充里用に取り分けとくね」
「え、曽羽料理できんの?」
意外! 超意外! 天然と料理なんて相性最悪そうなのに。大爆発起こしかねないだろうに。
「愛良は小学生の頃からお姉ちゃん達と料理してたからね。昔はレンジ破壊したりボヤ騒ぎ起こしたりしてたけど、もうすっかりプロ級の腕前よ」
「お前、幼なじみでもねーのに見てたかのように言うなー。なんで叶がそんなに自慢げなんだよ」
「壊したのはレンジじゃなくてオーブントースターだよ、叶」
間違えてるし。なんだこの信用できない語り部は。
「叶は料理できねーよな?」
「できないわね。人間ひとつくらいはできないことがある方が謙虚になれていいのよ」
「ひとつどころじゃねーし1ミリも謙虚じゃねーんだけど」
だから、この根拠のない自信はどこの泉から尽きることなく湧いてくるんだ、全く。
「叶はお母さんが料理上手いんだよね」
「上手いって言うか、好きなのよね。昔っからおやつも手作りだし、何でも作っちゃうの」
叶のお母さんか……仕事しながら毎日弁当作って、おやつも作って、晩メシも作るんだろう。大変だろうに、叶のために自分からやってんだもんな。旅行行くってなったら荷造りもするし。やっぱり過保護だよな。
彼氏がコレだなんて、認められねえんだろーなー。花恋ママですら廉が彼女連れて来たら蹴り飛ばしてやるかなんか言ってたもんな。蹴り飛ばすとまでは言ってなかったか。俺がバイト始めてからは亮河に廉の飯頼んでるくらい放任主義なくせに。
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