第55話 誕生日デート 1/2
週末、土曜日には、天音さんが誕生日を祝っておごってくれると言うので聖天坂のえらい小洒落た古民家風のお店でランチだ。いつものゴールデンリバー前ではなく、初めて聖天坂駅前で待ち合わせをした。まあ、ランチの後でゴールデンリバー行くんだけどな。そりゃ。
「予約していた橋本です」
店内に入ると、天音さんが名乗る。
「お待ちしておりました、橋本様」
と、店員さんが個室へ案内してくれる。落ち着いた黒基調の廊下には高そうな絵画が壁にかかっている。連れて来られたのは2人にしては大きめの個室だ。どっしりとした木のテーブルに座り心地のいい椅子。
「高そう! 天音さん、こんな店来るの?!」
「まさかー。私も初めて来たの。前にテレビで人気の隠れ家的なお店特集で見て、聖天坂じゃん! って思って覚えてたのよ」
人気の隠れ家ってそれツッコミ待ちな特集だな。
「ひろしもあればこんな店もあるんだから、幅広いよなー聖天坂」
「本当よねー」
さっきの店員さんが何かボトルとグラスを2つ持って来た。
「失礼ですが、お客様ご年齢は?」
天音さんには聞かず、俺にだけ聞いてくる。え? 年齢制限?! ガキがこんな高級店来るな、みたいな? ふざけんな、俺にもお高そうな隠れ家ランチ食わせろ!
「
精一杯カッコつけて堂々と答える。いけるか? 無理があるか?
「失礼致しました。ご協力ありがとうございます。こちらシャンパンでございます」
と、グラスにシャンパンを注ぐ。ああ! 年齢確認か! なるほどね。
「ありがとう」
精一杯の低音ボイスで右手を上げ足を組む。どう見ても二十歳だろう。多分。きっと。
店員さんが個室から出て行ってドアが閉まると、天音さんに爆笑された。
「カッコつけ過ぎ! 本物の二十歳はそんな背伸びしてないから!」
「え? 背伸び感出てた?」
どの辺に出てたの? うわー、なんか小っ恥ずかしい! 背伸びして余計にガキに見えるとか、超恥ずい!
天音さんがグラスを持って笑いかけてくる。
「二十歳かっこ仮のお誕生日おめでとう、統基」
「あはは! ありがとう、天音さん」
乾杯してシャンパンを飲む。あ、シャンパンって酒だよな。歓迎会で泥酔したぶりだわ、酒飲むの。未成年は酒飲んじゃダメだからな。未熟者だから理性を失う。でもまあ、いっか。せっかく誕生日を祝ってくれるのに俺未成年なんで飲まねっす、とかガキくさいこと言って台無しにするのも何だし。この後ゴールデンリバーだから眠くなっても寝れるし。
結婚式にも行ったことのない俺は、前菜です、とかチマチマ料理を運ばれるのは初めてだ。自分のペースで食べられないのってイラッとするな。もうねえよ、あんなちんまり盛ってるから。どかんと盛れ、どかんと。俺腹減ってんだけど。もっとハイペースで持って来てくれないもんだろーか。
初めこそサラダだけ持って来られてイラついたけど、この店の料理超美味い。食べることに興味ない俺が次の料理が楽しみになってきた。
隠れ家なんてもったいない。アピれアピれ。
「すっげー。超肉柔らけーんだけど!」
「ふふっ、それじゃとても二十歳には見えないわよ。ちゃんとカッコつけてないと」
「口の中で解けていくようだ。極上のお肉ですね」
「きゃー、それそれ!」
天音さんが手を叩いて喜んでいる。お気に召しましたか、お嬢さん。
てか、二十歳に見える見えない関係なく単にカッコつけてるのが気に入っただけだろ。タダ飯いただいてるし、お礼も込めて精一杯カッコつけて振る舞う。
結構酒飲んだし、完食する頃にはもう腹ポンポンなんだけど。デザートもチョコだかイチゴだかカスタードだか何なのかよく分からんかったけど、甘さ控えめでエエお味だ。美味かったー!
「ごちそうさまでした。大変おいしいお食事でしたよ、お嬢さん」
「今日ずっとそのモードでいてよー」
「めんどくさいご要望ですね、お嬢さん。断る!」
「えー、ここ高いんだからね」
んー、そう言われるとなあ。しゃあねえ、タダだし、やるか……。
「かしこまりました、お嬢さん。今日は大人バージョンでやらせてもらいますよ」
「大人って言うか、ホストっぽいけどね」
あ。そういや俺、大人の男って親父や兄貴達とひろしの店長やバイトさんくらいしか知らんかも。ホストっぽくなっちゃうのも仕方ねえな。客商売の奴らばっかだもん。普通の大学生にまでホストモード搭載されてるし。
店を出て、歩きだす。天神森へは1駅程だから、電車代がもったいない。歩いて行く。
「お疲れじゃありませんか、お嬢様。おんぶでもしましょうか。お姫様抱っこは長距離はキツイんで勘弁してもらえますか」
「おんぶでもキツイでしょ。なんかいいわね、執事っぽくなってきた!」
「執事いいね! 俺、執事やりたい。こちらの角を曲がりますよ、お嬢様。足元にお気を付けて、犬の粗相物があります」
「粗相物って何なの、執事」
「お望みでしたらオブラートに包まずに大声で言いましょうか、お嬢様。いーぬーのー」
「言わなくていいから!」
「いいんですか、お嬢様! いーぬーのー」
「黙らっしゃい、執事!」
聖天坂から、天神森へ……すっかり酔っ払ってた俺は、声を抑えることもせず、堂々と天音さんをエスコートしていた。
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