第52話 遠足係は臨海公園で絶叫する

 二学期は学校行事が立て続けにある。高梨のせいで、高校生って超忙しい。


「遠足係やる人ー。えー、いねーの? 遠足係ってさ、行き先好きに決められるし下見に学校の金で行けるんだぜ。超お得だよー、はーい、やる人ー」


「なんかおもろーそうー。俺やるー。曽羽ちゃん、一緒にやろうよ。学校の金でデートしよ!」


 充里が手を挙げて前の方の席の曽羽を誘う。


「いいよー」


「デートか! おい、比嘉、俺らもやるぞ! どこ行きたい?」


 俺も手を挙げて比嘉の手をつかんで強制的に挙げさせる。


「どこでもいいの? 私臨海公園行きたい。リニューアルして動物園ゾーンが充実したらしいんだけど、まだ行ったことないのよね」


「よし、決定! 高梨先生! 行き先は臨海公園ね」


「おー、はえー。いいねー、このスピード感。じゃあ、この計画書に書いて俺に提出な」


 遠足前の日曜日、遠足係4人と高梨で電車を乗り継いで臨海公園へ。


「お前ら、好きに遊んで来いよ。はい、これ学校からの金。俺、こっち行くわ」


 と高梨が駅前のパチンコ屋に消えてったから、下見とは名ばかりにデートを楽しむとしよう。


「曽羽ちゃん、どこ行きたい?」


 ベージュに近いくらいのブラウンの半袖ジャケットとハーフパンフのチェックのセットアップの下に白地にカラフルな花火のイラストが描かれたシャツを着た攻めたファッションの充里が尋ねる。


 曽羽は薄手のベージュの襟の大きな長袖ブラウスにグレーのオーバーオールを着ている。ウエストがベルトで締まったデザインで胸が強調されてて俺を攻めてくる。


「せっかくだから海行きたいなー。中学の修学旅行以来海見てないし」


「俺もー。じゃ、海へゴー。統基らも行こーぜ」


「いや、俺らの目的地は動物園ゾーンだ。海なら夏休みに見た」


 俺達2人だけの素晴らしき夏休みの思い出をこんな汚ねえ海に汚されたくない。


「じゃー、後で合流して遊園地ゾーンなー」


「あいあーい」


「入谷! 早く動物園行こ! まずは何がいるのかしら」


 比嘉は7分袖の赤地に見たことねえ動物のようなものが小さくたくさん描かれた派手なTシャツに7分丈の黒と白のストライプのシックな雰囲気のズボンを履いている。チグハグさがすげえ。


 コイツ……夏休みに会った時は肌着かなみたいな白いシンプルなキャミソール着たりしてたし、気候に合わせた服装はしてるけどファッションセンスも皆無だな。お母さんが買って来た服を適当に着る男みたいだ。


 今日は少しは涼しい。動物達も元気に出迎えてくれよな。俺は大して興味ないけど比嘉が喜ぶとこ見たい。


 比嘉は犬だけじゃなくて、本当に動物に好かれてる。なぜか比嘉が檻に近付くと、ケヅメリクガメもレッサーパンダもホンドタヌキもギンギツネも寄ってくる。


「まあ、いつものことよね。私くらいになるとピグミーゴートすらほっとかないのよね」


「ピグミーゴート? ああ、このヤギか。動物に詳しいんだな」


「まあ、こんなに寄って来るのに無知じゃ申し訳ないものね」


 単に動物好きだとなぜ素直に認められないんだ、コイツは。


 猿山に行くと、寄ってくる理由が分かった。ニホンザルがえらい叫び声を上げてすごいジャンプ力で比嘉に飛びかかろうとする。フェンスがなかったら襲われてる所だ。


「お前これ、完全に舐められてるよ! この人間になら勝てると思われてんだよ!」


「何言ってるのよ、入谷。私より全然小さいのに」


 全然小さい猿にもお前になら勝てると思われてんだよ! 野生の勘を舐めんな!


 動物園を1周すると、そろそろ昼飯だなって時間だった。結構それぞれの動物に時間掛けて見てたと思うんだけど、1時間くらいでまわれちゃったよ。


「比嘉、リニューアル前は来たことあるの?」


「あるけど……」


「何が変わったの? 前はもっと動物少なかったの?」


「少なかったって言うか……前はいたポニーとワオキツネザルがいなくなって、ピグミーゴートとキタホオジロテナガザルに代わってるわ」


「何その微妙過ぎるリニューアル」


「でも、かわいかったから良かったわ。ケツメリクガメのお食事シーンも見られたし」


「あれかわいかったな! 超咀嚼なげーの。一番長く見てたんじゃね? ケツメリクガメが草食ってるとこ」


「固かったのかしらね? 前に動画で見たケツメリクガメはもっとむしゃむしゃ食べてた気がするんだけど」


「お! 動物の動画よく見るの?」


「うん! もう時間があったら見ちゃう。今はねー、ウーパールーパーにはまってて」


 マニアックー。なんだウーパールーパーって。

 でも、良かった。もうストリートビューなんて見てねえし、対象のDVDも見てねえのかな。


「あ、充里いた! ヘイ、ガイ!」


 この臨海公園は中央ゲートで遊園地ゾーンと動物園ゾーンが真半分に分けられている。特に落ち合う場所を決めていなかったけど、多分この中央ゲートに来るだろうと思っていた。


 レストランを覗くと案外高くて学校からの金だけじゃ足が出そうだったので、売店でヤキソバやおにぎりを買って腹が満たせればそれでいいことにした。


 ベンチに座って食ってると、ハトがやってくる。ハトが比嘉の足を突くのを、時折痛そうに顔を歪めながらも微笑まし気に比嘉は見てる……それ絶対、懐かれてねえよ。お前今、平和の象徴から攻撃されてっぞ。


 遊園地ゾーンは4人でまわることにした。だがしかし、もう時間がない。ハトに一番時間を費やしてどうする。いくらでも寄って来るもんだから、ついおもしろくなってしまった。


「しょうがねえ。どれかひとつだけ乗って帰るか。何がいい?」


 と3人に聞くと、充里が即決定した。


「そりゃー臨海公園に来たらあの巨大3回転の名物ジェットコースターだろ。あの木でできてるからギシギシ言って時々ネジの飛ぶいつぶっ壊れてもおかしくないと一部で言われているジェットコースター」


「いや、俺一部の声が正しい気がするー。ジェットコースターってこれだろ?」


 目の前にジェットコースターがあるけど、白い木だったんだろうがなんかカビ生えてるし、ネジ穴らしき穴があるのにそれを埋めるネジはない。いやこれ、ぶっ壊れるよ。


「怖がりなんだからー、統基。行こうぜ、曽羽ちゃん」


「うん」


 曽羽も平気な顔して充里に続いて歩いて行く。マジか、あいつら! この場合、恐怖を感じるのは怖がりなどではなく命の危機を察知しての人間の防衛本能だと思うのだが。


「へー、入谷、意外と怖がりなの? まあ、私も―――」


「誰が怖がりだ! 男がネジのぶっ飛んだジェットコースターごとき怖がるか! 曽羽でも乗れるようなもんにこの俺が乗れねえわけねーだろ! 行くぞ! 比嘉!」


 比嘉の腕をつかんで歩き出してしまった。しまった! やっちまった! 人間の防衛本能を男のプライドが遥かに凌駕しやがった!


 シートベルトを拒否ったら降ろされるかな、としないでいたら、係員の人が何も言わずに丁寧にやってくれた。お手数お掛けしただけになっちゃってスミマセン。


 もういい! ここまで来たら腹をくくって三回転して来ようじゃねーか!


 隣を見ると、比嘉が真っ青な顔色をしている。


「どうした? 腹でも冷えたか?」


「……私、ジェットコースター乗るの初めてなんだけど……」


「え? そうなの? 大丈夫なの?」


「全然、大丈夫じゃないんだけど……」


「大丈夫だよ、怖かったら怖さを隠さずに声に出した方が恐怖が軽減されるらしいぞ。安心しろ、比嘉。お前がどんなに恐怖で変な顔になっても、大声で叫んでも俺の愛は変わらないぜ。もしもマジでこのジェットコースターがぶっ壊れたら俺が命を懸けて助けてやるから」


「……ほんと?」


「本当。俺を信じろ。怖くなんかねえよ。俺がお前の笑顔を守り通すぜ。俺はお前のエアコンフィルター。あ、間違えたボストンバッグ」


 もう恐怖で自分でも何を言ってるのか分からなくなった。俺も超ビビってるけど比嘉だけは守るって言いたいのに、言い慣れない単語をわざわざ言おうとしてしまって出て来ない。


 これはあれだ、このジェットコースターでビビってドキドキした分、俺達はお互いを更に好きになるんだ。更にドキドキするんだ。これに耐えれば、比嘉はより俺を好きになってくれるんだ!


 俺は3回転を舐めていた。ちょ―――怖い。


「があああああああだああああ来いやあああああ無理いいいいいだああああえあああああばああああああ、あ! エアバッグ! 俺お前のエアバ―――だ―――!」


 気持ち悪い……これ普通に酔った……。


 ヨロヨロとカッコ悪くジェットコースターを降りた……充里が駆け降りて来て


「なあ、エアバッグって何? 統基の声でエアバッグってハッキリ聞こえたんだけど? てかエアバッグの前後に叫んでた奴すげービビってたよな、無事に帰還できたんかね?」


 ……言わねえけど、前後も俺だわ、多分。声ひっくり返りまくったおかげで助かったか。


 けど、隣に座ってた比嘉には俺だってバレてんじゃ……めっちゃ引かれてたらどうしよう。比嘉は初めてジェットコースターに乗ったのに、比嘉の叫び声は聞こえなかった。ただただ、俺が大声で叫ぶ声しか俺の耳には聞こえなかった。超だっさ……。


 比嘉を見ると、ふらついてたから抱き留めた。お? 俺の醜態なんて見る余裕なかったか? この様子なら。


「大丈夫?」


「大丈夫じゃないよ……でも入谷のおかげでだいぶマシだったわ。超大声で叫んでくれたおかげで私も恐怖を声に出せたわ」


 比嘉も叫んでたのか。そりゃ叫ぶよなー、こえーもん、これ。いろんな意味で。


「ありがとう」


 と比嘉が笑った。あー、かわいい! 比嘉のためにわざと大声出した訳じゃなく超怖かっただけだけど、こんなかわいい笑顔が見られるなんて、乗って良かった!


 臨海公園から出て駅前に行っても高梨の姿が見当たらない。


「もう3時過ぎてるのに? 高梨のことだからおせーってキレられるかと思いきやいねえんかい」


「俺パチンコ屋見てくるわ。先帰っちゃったんかね?」


 え、学校からの金俺らに預けたまんまで? 教師としてどうなの? それ。いや、引率せずパチンコ屋行ってる時点でどうなのって話ではあるんだけど。


 充里がパチンコ屋に入って数分後、戻って来た。


「超フィーバー、別積されてやんの。これ閉店までコースだから先帰っててってー」


 マジで教師としてどうなんだ! だったら最初っから別で帰ることにしてりゃあもっと遊園地も楽しめたのに!

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