第48話 すべての母親にありがとう

 階段を降りると、ホスト三兄弟と孝寿、廉に囲まれて母さんがめっちゃ笑っていた。なんだ?


「お誕生日おめでとう!」


 と、廉が手作りであろう折り紙で作ったレイみたいな輪っかを母さんの首にかける。


「誕生日?」


「うん! 今日、ママ誕生日なんだよ」


「今日?! 言ってよ! ごめん、俺何も用意してないよ!」


「もう十分よ。ありがとう」


 母さんが髪を耳に掛けながら俺の顔を見て笑った。……え? ありがとう……?


 あ、でも、ちょっと分かる気がする。10年以上も同じ家で暮らしてきたのに、これまでの俺には、単に廉の母親で今の俺の母親だとしか思えなかった。


 ……今も、廉の母親で俺の今の母親なのは変わんねーな。あれ? でも、たしかに何かが変わった。


「ハッピーバースデー、花恋姫」


「プリンセス花恋、どうぞこちらに」


「今日は俺達が全力ホストモードでもてなすよ」


「俺が忘れられない誕生日にしてやるよ、花恋」


 ドSホストが混ざってるな。なんで普通の大学生にホストモードが搭載されてんだ。


 まーでも、イケメンホストに囲まれると母さんもあんなデレるんだな。廉も母さんの隣で楽しそうだ。今までなら俺はこの距離で見守るだけだっただろう。でも、今日からは!


「誕生日おめでとう! 母さん!」


 俺も混ざる!


「おー、全員揃ってるかー? お! 花恋! 花恋も起きてる!」


 親父が母さんを見付けて嬉しそうにはしゃいでいる。いや、その年じゃカワイイよりも落ち着けよ、だわ。


 親父の後ろを3人のコック帽と3人の職人さんっぽい人がついてくる。


「今日はまた、大掛かりっぽいなー」


「花恋の誕生日だからな! 今日はブュッフェだ」


「ブュッフェ?! この家で?!」


「外でもいいけど、お前ら引き連れてると目立つからな。今日の主役は花恋だ! 俺には毎日花恋が主役だけどな」


 おー、浮き足立っとるな、おっさんが。


 職人さん達がテキパキとブュッフェ台を制作していく。コック達は持って来た料理をセットして、更にうちのキッチンで料理を始める。


「甘党の花恋のために、デザートも充実してるからな!」


「ありがとう! 銀士と結婚して本当に良かったわ!」


 と母さんが親父に抱きついて、一目散にデザートコーナーへ向かう。皿いっぱいにケーキを取って、センターテーブルに置いてソファに座った。


「一緒に食べよう、銀士」


「うん!」


 嬉しそうだなー、おっさんが。だがしかし、親父は甘い物が苦手だ。母さんに


「あーん」


 とケーキを口に入れられて、おえー、おえー、と吐きそうになりながら飲み込んでいる。飯食わせてもらってないから、空っぽの胃にケーキか。俺でもキツいわ……新手のイジメじゃねーのか。


「唐揚げは1人1個だよ! 孝寿お兄ちゃんずるい!」


「よく言うな、廉! お前それ3個目だろ! 俺見てたんだからな!」


「美味しいんだもん! 僕は成長期だから食べないとダメなんだよ! 孝寿お兄ちゃんはもう大人だから食べても大きくならないでしょ!」


「ふざけんな! 俺はまだ身長180センチも夢じゃない遺伝というポテンシャルを秘めてんだよ!」


 あー、また孝寿と廉が争ってるよ。あいつらは仲良く食べるってことができないもんかね。


 コックさんがわざわざ2人に駆け寄ってまだ揚げてるんで揚げたてが来ますよーと教えてくれてる。食いしん坊2人がやったー、揚げたて美味そーと盛り上がっている。ようやく仲良くなったか。


 皿に山盛り載せて孝寿と廉もテーブルについた。


 ホスト三兄弟もソファの間のセンターテーブルに酒とケーキを敷き詰め終わったようで、揃ってブュッフェ台で皿に盛り付けていく。


 こうして少し離れて見るとカッコイイー。3人並んでると更に迫力あるわ。


 孝寿も食いながら兄貴達を見て、


「やっぱりシルバーの愛弟子達はすげーわ。俺のやってたことなんてホストごっこだったんだなって身に染みたよ」


 と珍しく白旗を上げた。


「孝寿兄ちゃん、ホストごっこなんかやってたの? どこで?」


「割とあちこちで」


「なるほどねー。いやいや、十分様になってたよー」


「統基、新学期始まったんだろ?」


 ホスト達も皿を手にテーブルにやって来た。


「始まったと思ったら2クラス減っててさ、びっくりしたよ」


「2クラスも?!」


 みんな驚いている。だよなー。


「うち、2クラスしかないよ。5年生がなくなっちゃうよ」


「学年消滅する勢いだな」


「マジで統基が卒業する頃には消滅してんじゃねーの」


「それじゃ俺も学校辞めてんじゃん」


「俺の行ってた高校も2年になる時のクラス替えで1クラス減ってたけど、夏休みだけで2クラスは半端ねえな」


「俺の高校も! バイクで事故って死んだ奴とか留年する奴とかガキできて辞める奴とかで人数減るんだよな」


 へー、慶斗と悠真は経験者か。クラスが減るのって、底辺校あるあるなのかな。いい高校出てる亮河と孝寿はマジでかーと驚いてるみたいだ。


「うちのクラスにも妊娠してとさせてで辞めた奴がいて、友達がさ、神様は高校生にも平等に子供授けるんだなーって言っててさ」


「平等かね? 俺の友達、子供できなくて不妊治療始めるって奴いるよ。もう30代だし、自然に任せるのは諦めたって」


「神様も高校生よりそういう夫婦に子供授ければいいのに。そしたら、学校辞めずに済んだし」


「高校生カップルと子供が欲しい夫婦じゃ、できたって時のリアクションが大違いだよな。やべぇ! ってなるか、やったー! ってなるか」


「望んでなくても授ける、望んでるからって授けない。ある意味残酷な程に平等かもな」


「学校辞めたってことは、おろさずに産むんだ?」


 亮河がクールにカッコよく食いながら変な声で言う。


「おろさずに?」


 ……ああ、そうか。そういう選択肢もあるんだ。


「うん、男の方は就職するために学校辞めたって」


「へー、ちゃんと責任取って偉いねえ」


「女の親が激怒なんだって」


「俺、そういうの嫌い。男だけが悪い訳じゃねーのに、責任取れだの娘を傷ものにしやがってだの。女だってやりゃーできる可能性があるのなんて分かってやってるのにさ」


「言ってることは分かるけど、言ってるのがケイじゃーなあ。ただの体験談による不満だろ、それ」


 亮河の言葉に、慶斗以外がうなずく。廉は意味分かってうなずいてんのかね。


「そういう話聞くと他人事じゃねーな。俺ら全員、望まれて授けられた子供なのか分かんねーもん。おろされてても文句も言えねえ」


 孝寿が感情のこもってない声で言う。俺ら全員、父親の違う廉まで揃いも揃って未婚の男女の間にできた子供だ。


「産んでくれてありがとう、だな」


 亮河が笑って言った。


「ママ!」


 廉が花恋ママのいるソファへ走る。


「産んでくれてありがとう!」


 母さんに抱きついて廉が言った。自分の誕生日にそんなことを言われて、当然、母さんは戸惑っている。


「俺も、後で母親に電話しよかな。何年ぶりだろ」


「ちょこちょこ連絡しろよ、ユウ」


 母親か……ほとんど覚えてないけど、うっすら、病院のベッドに座る母親に抱きしめられた記憶があるような気がする。俺を挟んで、親父も俺と母親を抱きしめていたような……。


 本当にあった記憶なのか、俺が勝手に作った記憶なのかも分からないほど、うっすらと。

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