第49話 悲願、叶う

「入谷、お母さん亡くなってるの?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


 朝の教室で、マイ彼女の比嘉と親の話になった。俺は比嘉と隣同士の席を無事にゲットしている。


「うっすら母親に抱きしめられた記憶を思い出した気がするんだけど、事実かどうかも怪しいもんだわ」


 まあ、どっちでもいい。今更、母親恋しくなったりもしない。母さんならいるし。俺は確信してる。俺らはモノホンの家族になれる。


「私が思い出させてあげるわ。お母さんになってあげる。私なら母性を吐き出せるはずよ」


「は?」


 比嘉が立ち上がって、席に座る俺を抱きしめる。


「母性母性母性母性母性母性母性母性」


 耳元で母性母性つぶやくのやめてくれるかな?! 怖いわ!


 いや、てゆーか、自信過剰過ぎる! ぜんっぜん母親なんて思い出さない! 比嘉に抱きしめられてる気しかしない! ただただドキドキするだけなんだけど?! なんで教室なんだよ! 2人っきりの時にしろよ!


「お! 統基、ついに比嘉を落としたの? そんな抱きしめられちゃってー」


「充里!」


 助けて、充里えもん! 朝から刺激が強い!


「どう? 鮮明に思い出したでしょ」


「思い出すか、馬鹿!」


「馬鹿は入谷でしょ! 記憶力悪いわね!」


「あー、なんだ、また違うのか。頑張れ、統基ー」


 あ! 充里が勘違いをしている。訂正せねば!


「待て、充里! 俺の彼女を紹介しよう! 比嘉 叶だ!」


「え! マジで?! マジ? 比嘉!」


「う……うん」


「やったな、統基! 悲願叶ったな!」


「叶った!」


 うおおおーと雄叫びを上げながら両手の拳を突き上げる。やった! 俺はやった! 俺ひとりじゃ無理だったけど、兄の意見を素直に取り入れ、ヒラメキに従って俺は成し遂げた!


「えー、おめでとう! 入谷!」


「マジで比嘉さん落としたの?! 入谷すげー!」


 クラスの連中も祝福してくれる。あー、嬉しい!


「ありがとう! みんな、ありがとう!」


 拳をパーに変化させ、両手を上げて拍手に応える。なんていいクラスなんだ! ありがとう、みんな!


 那波と真鍋にも報告したかったなあ……応援してくれてたのに……。


「え? 何の拍手なの?」


 と優夏が教室に入って来た。そうだ! 報告ならできる!


「優夏、那波に報告しといて! 俺、比嘉と付き合ってるって!」


「え、そうなの?! 分かった! 那波も喜ぶよ、きっと!」


 そうだ。この教室にいなくたって、報告はできるし友達なのは変わらない。きっと俺の悲願が叶ったことを、那波も真鍋も喜んでくれる!


 まだチャイムが鳴ってないのに、仲野と行村も登校してくる。


「お! 遅刻じゃねーじゃん、マザゴリ」


「俺は比嘉さんのために心を入れ替えたからな。ちゃんと早寝早起き朝ごはんの体調万全で来たよ」


「比嘉のためねえ」


 顔に似合わない爽やかさを振りまく笑顔の仲野を見てたら、かましたくなった。立ち上がって、俺の前に立ってる比嘉の肩を抱く。


「手遅れだ! 比嘉はもう俺と付き合ってるんだよん」


 うわー、仲野がすげー顔した。顔色も表情もなくなってしまった。もう、ゴリラなのかオランウータンなのかボノボなのか分からない。


「もー入谷、恥ずかしいから!」


「照れんなよー。俺のこと好きだって言ったじゃん。俺はもっといっぱい言ってるけどー」


「じゃあ私もいっぱい言っちゃおうかなあー」


「きーきーたーいー。比嘉の好きいっぱい聞きたい!」


「やだ、恥ずかしいー、入谷から言ってよ」


「好きだよ、比嘉」


「私も好きだよ、入―――」


「やめんか! なんっでそうなってんの?! え、これ比嘉さん?」


 仲野が驚くのも無理はない。俺も驚いた。付き合ってみると比嘉は超甘々だ。メッセージの内容も付き合う前と後とでまるで違う。


 クールビューティかと思いきや俺には超デレてくるとか、超かわいいんだけど。どこまで俺のツボ突いてくるんだ、コイツ。


「ほんと、そっくりな別人かと思うよね」


「えー、なんか違う……」


は? 違うって何だよ? あ、天音さんの同種族か、もしや。


「あー、お前、冷たい比嘉が好きだったんだ? お前もドMか」


 意外とドMって生息してるものなんだろうか? ドSの数だけドMもいるんだろうか。


 てかコイツ、ドMでマザコンのストーカーゴールデンゴリラか。どれだけ肩書き増やせば気が済む。


「誰がドMだ! あの綺麗な冷たい目で睨みつけながら思いっきりなじって欲しかっただけだよ!」


「キモいくらいドMだわ! 比嘉! マザゴリとはもう目も合わせちゃいけません!」


「はーい」


「素直ー。かわいいなーいい子だなー叶ちゃんー」


 頭をなでると、比嘉が嬉しそうに笑う。あー、かわいい! やっぱり同じ顔の別人じゃねーのか。かわいいからいいけど。もう比嘉なら何でもいいわ。


「なんか違うー」


 こんっなにかわいい比嘉に不服顔をするとか、こんのマザゴリ超ムカつく。


「お前には違ってもいいの! 比嘉は俺のもんなんだから、黙れゴミ! ゴリラのくせに人間様相手に違うとか偉そうに意見してんじゃねーよゴミ!」


「それ! それだよ、入谷! 俺が欲しかったのはそれだ!」


「は?! お前、ゲイの肩書きまで乗っける気?! いらねえ! もう胸焼け通り越して吐きそう!」


「おはよー。どうしたの?」


 曽羽が教室に入って来た。みんなが俺達を見てキャーとかウゲーとか言ってるのが気になったらしい。


「曽羽ちゃん、おはよ! 仲野がさー、ゴールデンゴリラでストーカーでマザコンだった上にドMで統基に惚れたのー」


「へー。そうなんだ。変態てんこもりだね」


 笑顔でサラッと言うな、曽羽。そんなてんこもりはいらん! リモコンてんこもりよりもいらん!


「あ、聞いたよ入谷くん。叶と付き合うんでしょ? 良かったね、叶と仲良くなれて。いっぱいチューしてくるって叶言ってたよ」


「いっぱい?」


 いや、口にチューしたら超恥ずかしがるからほっぺにチューしてるくらいなんだけど。


 比嘉を見ると、真っ赤になってる。……さては、見栄張ったな。チューどころかラブホすら多数ある日本有数の歓楽街、天神森の常連な曽羽に、盛って話しやがったな。しょうがねえ子猫ちゃんだな。乗っかってやるか。


「今日もいっぱいチューしようねー、比嘉」


 と、ほっぺにチューした。キャーと女子が湧く。


「やだ、もう! 恥ずかしい!」


「お前が言ったんだろーが! 絶対するからな! 慣れだよ、慣れ。そのうち慣れて恥ずかしくなくなるから!」


 キャー比嘉さんがカワイイ〜と女子がキャーキャー言ってる。だろ? 俺の前じゃ超カワイイんだから。男子もニヤニヤが止まらない様子で、両手で顔を隠して照れる比嘉を見てる。お前らもキモいんだよ。んなニヤけて見てんじゃねーよ。


「なんか違うー」


 仲野だけ不満そうだ。もうマジでお前なんかに違うって言われるの問答無用でムカつくんだけど。いや、このムカつきを言葉にするとこの変態を喜ばせるだけだ。堪えろ、堪えろ俺。


「お前はもういい、変態。沖縄に帰れ。海の藻屑となって消えて来い」


「それなんだよ! やっぱり入谷だ!」


 どれだよ。あ、しまった。冷静に言葉選んだつもりだったんだけど、目の前にドMがいると俺もついドSが発動してしまうみたいだ。こんなゴリラ喜ばせてどーする。

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