第40話 ゴールデンでゴリラなニューおもちゃ
チャイムが鳴ったけど、自分の席に戻る気になれなかった。動きたくなかった。今比嘉から離れたらまた落ち込んで、また自分に都合のいい言葉に流されそうで。そして、また大きな後悔に飲み込まれるんだ。
嫌だ。俺はもう後悔なんかしたくないんだよ。この比嘉に顔向けできねえ気持ちを抱えたままでも、比嘉のそばにいたい。
「席につけー」
と、体育教師の高梨が教室に入って来た。え、担任まで変わんの?
「なんで高梨?」
「箱作、お前学校来てんのか。部活来ねえから学校も来ないのかと思ってたわ」
「部活? 俺部活入ってたっけ?」
「バスケ部だよ。俺が顧問の」
「あー! 入部してたかも! 高梨が顧問かー。退部するわ」
忘れてたんかい。そしてそのまま退部かい。
「1組の担任だった
「りんりん辞めたのー? なんで?」
「お前らが暴れるからだろ! 俺が担任の間だけでも大人しくしてろよ! 今年の1年はひどい!」
俺らは大人しい生徒だわ。てか1組はケンカもしねーし平和な和気あいあいとしたいいクラスだわ。問題起こしまくってんのは他のクラスだろ。
教室の後ろのドアがパーンと派手な音と共に開いた。
「あ? なんで高梨?」
「あ、マジ高梨だ」
仲野と
「はい、遅刻ー」
高梨が名簿に何か書いている。チッと舌打ちした仲野が1番後ろの比嘉の席の隣にいる俺を見た。
「入谷、なんでそこに座ってんだよ。お前の席、絶対そこじゃねーだろ。イなんだから、もっと前だろ」
めんどくせーな。今俺こんな奴の相手してる気分じゃねーんだけど。
「比嘉の隣が俺の席なの」
「何言ってんのよ!」
キャーとかフーとかオーとか歓声の飛ぶ中、仲野が俺の横に立つ。
「ここは俺の席だ。どけよ」
どくかボケが。俺は今しがた絶対に比嘉のそばを離れないとガチッと固く心に決めた所だ。
「仲野に前の席やるよ。お前目ぇ悪そうな顔してるから。高梨先生! 俺この席なら大人しくしてる! ダメなら今から仲野と派手めのケンカする!」
俺ケンカなんかしたことねえけど、じゃあやれよ、って言う教師もいねえだろ。いくら高梨でも。
「よし、そこで大人しくしてろ、入谷! 仲野ももうケンカすんなよ! 少なくとも俺が担任のうちは! お前はやることが物騒なんだよ。次ケンカしたら俺がぶっ殺す!」
高梨が1番物騒だわ。仲野が今度は比嘉の前の席の充里を見た。
「箱作、お前その席譲れよ」
ん? もしかして、コイツ比嘉狙いか?
「曽羽ちゃんの隣に行っていいなら譲ってやるよ。高梨と交渉しろよ、お前が」
仲野が充里を睨みつけているが、残念ながらこの自由人に脅しは効かない。挑発してる訳でもなく笑っている。
仲野はどうも、高梨が苦手みたいだな。ケンカばっかりして目ぇ付けられてんだろーな。
「充里、ダメだよ。叶、小学校の時から仲野くんにしつこく付きまとわれてたらしくて、中学でも迷惑してたの。高校に入ってからはせっかく入谷くんが叶をガードしてくれてるのに」
前の方の席から振り返って曽羽が言う。
「え? あ、そう! 俺が比嘉を守る!」
付きまとわれて迷惑って、比嘉も付きまとい行為をしてんだけど。自分がされて嫌なことは人にしちゃいけませんって言われただろ、小学校の頃に!
結局、仲野の席は1番左端の1番前に落ち着いた。あそこの席も黒板見やすくはねーな、そう言えば。
そう言えばと言えば、比嘉は親の転勤に加えて何度も転校してるのに、仲野に小学校から付きまとわれているってどういうことだろう? 比嘉の話の感じから、中学以降にやっとあの家に落ち着いたんだと思ってたけど、俺の思い込みだったのかな。
今日は始業式だけだから、すぐに終わった。比嘉に聞いてみよ。
「なあ、比嘉」
「おい! 入谷! 気安く比嘉さんに話し掛けてんじゃねーよ!」
仲野がドタドタとまっすぐ俺の席に来て机をバン! と叩く。てかコイツ、発する音が全部うるさい。ゴリラかお前、力加減てもんができねーのか。
「は?」
「比嘉さんはお前なんか相手にしねえ!」
たしかに、相手にされてねえけど。グサッと来ること言ってんじゃねーぞ、このゴールデンゴリラ。
「へえ。俺が比嘉に何したか、教えてやろうか? なあ、仲野。聞きたい?」
「えっ……何かしたのか? 入谷!」
比嘉はキョトンとした顔をしている。あれ、お忘れかな。
「俺、比嘉の家で比嘉に2回も―――」
「あ! まさか言う気じゃないでしょうね! 入谷!」
比嘉が真っ赤になって珍しく取り乱す。その比嘉のリアクションを見た仲野が愕然としている。
「い……家で?! 入谷! 何した!」
仲野を無視して体ごと比嘉の方を向く。真っ赤になって慌てちゃってー。比嘉ってば、かわいいー。
「えー。比嘉ー、言っちゃダメなの?」
「ダメ! 絶対ダメ!」
比嘉が両手で大きくバツを作る。必死じゃねーか、比嘉。かーわいいー。
「比嘉がダメだって言うなら言えねーな。俺、比嘉に絶対服従だから。ごめーん、仲野ー」
ふっ、思った通りだ。
他の女子なら俺からチューされたら周りに言いふらす所なのに、比嘉は誰にも言っていない様子だった。恐らく曽羽にすら言っていない。あの常軌を逸したド天然ならば、どれだけ比嘉が言うなと言っても口を滑らせるはずだ。
中身小3の比嘉はチューされたなんて恥ずかしくてみんなに知られたくないんだろう。高校生がチューしただけとは思えないリアクションをしてくれると信じていたぞ、比嘉!
「な……何したんだ、入谷……」
軽くチューしただけだが、際どい妄想を膨らませて勝手に悶絶してろ! バーカ!
「ねえ、比嘉。お前転校繰り返してたんだろ? なんでこのゴルゴリに付きまとわれてたの?」
「ゴルゴリ?」
「あ、待って、考えさせて! 仲野がゴルゴリだろ? ゴル? ゴリラは分かるんだけど、ゴルってなんだ?」
充里がゴルゴリをクイズにしだした。そしてゴリラに到達するまでの早さよ。充里もゴリラだと思ってたんだろーな。
「ゴールデンじゃねーの? 髪の毛」
行村も自分の髪を触りながらやって来た。
「やるねー、行村! 大正解!」
「いえーい」
「ゴールデンゴリラねー、なるほど!」
「誰がゴリラだよ! 比嘉さんの前で変な呼び方すんじゃねえ! 比嘉さんはゴリラだなんて思ってねえ!」
「ゴリラだよね?」
比嘉に向かって仲野を指差すも、比嘉は仲野の顔なんて見ようともしない。
「ゴリラね」
「ほら、ゴリラだよ、仲野くんー」
「お前調子乗ってんなよ!」
ちょっとふざけ過ぎたかな。顔を真っ赤にした仲野が俺に殴りかかろうと拳を上げた。
あ!やべぇ!
席を立ち、とっさに比嘉の後ろに隠れ、比嘉の背中から小声で伝える。
「比嘉! 仲野の顔見て! 目が赤い気がすんの! 見てみて!」
「え? そうなの?」
比嘉の背中に隠れてるから見えないけど、比嘉が仲野の目を見つめているはず。
成功したかな? 比嘉の背中から顔を出して仲野を見てみると、案の定比嘉に見つめられてすげー汗かきながら真っ赤になっている。バーカ。問題起こしまくりのヤンキーのくせにえらい純情少年じゃないのー。かわいくはなーい。
「何もなってないわよ」
「ほんとだ、俺の見間違いみたい。もう仲野の顔なんて一生見なくていいよ」
「そうね。無駄な時間を過ごしたわ」
これは強力な盾だな。比嘉がいれば、この馬鹿と思いっきり遊べる! いいおもちゃをありがとう!
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