第41話 マザコンゴリラも大規模ストーカー
「って、お前いいオモチャくれたけど話がそれてんだよ。なんでゴルゴリに付きまとわれてんの? 比嘉が嘘言ってたの? 曽羽の天然暴発?」
立ち上がって比嘉と仲野の間に入り席に座る比嘉を見下ろす。
「嘘なんて言ってないし愛良の天然も発動してないわよ。私が転校した先した先に仲野が転校して来ただけよ。超キモい」
「え? マジで?」
仲野を見ると、まだ真っ赤な顔して拳を上げたまま比嘉を見つめている。ほんとだ、超キモい。
「超キモい」
比嘉が仲野の方を見るまでもなくなぜか再び冷たく言い放つ。いや、だからお前も同じことをしてるんだけどな。自分も仲野も同じストーカーだということに気付いてねーのかな? 自分のこと見えてなさ過ぎじゃね?
「ゴルゴリ、なんでそんなことできたの? ストーカーの域超えてない?」
仲野が勝ち誇ったように笑って言う。
「俺のママンが探偵雇って転校先を突き止めてその校区に引越してくれたんだよ。俺のママンは世界一優しいからな!」
あ、なんか甘いもん食い過ぎたっけ? 胸焼けしてきた。
「ゴールデンゴリラでストーカーな上にマザコンとか、もうしつこい。もういい」
「なあ統基、マザコンゴリラの方がインパクトあるんじゃね?」
「あー、そうだな。マザゴリに改名な。改名理由はマザゴリの方が的確に仲野の気持ち悪さを表しているから」
「ぶっはは! いいねー、マザゴリ!」
「おー、行村も気に入った? いえーい」
「いえーい」
行村とハイタッチして親睦を深めていると、仲野が上げていた拳を俺の顔面に寸止めした。目の前に突然拳が現れてビビった。俺ケンカなんてやんない良い子だもん。てか、おおー指毛すげーなコイツ、さすがはゴリラ。
「何? マザゴリ」
「お前俺にケンカ売ってんのか」
「お前よりこんなに小さくて細っこい俺のこと殴るの? 比嘉の目の前で?」
仲野が返答に困った顔をしている。そうか、比嘉に嫌われる恐れがあるから俺を殴れたのに殴らなかったのか。
いい判断だ、マザゴリ。さっき仲野が寸止めしたのを殴ると思ったらしい比嘉は一瞬すごく怯えた顔をしていた。
「暴力振るう男の子なんて怖いねえ? 叶ちゃん」
「……怖い……」
「えっ、絶対、振るわない! 俺、絶対暴力なんて振るわないから! 怖がらないで、比嘉さん!」
「怖い男の子なんて嫌いだよねえ? 叶ちゃん」
「超嫌い」
「嫌わないで! もう、本当に暴力なんて振るわないから! 俺、心入れ替えるから! 今日から俺、良い子になるから! 約束する!」
仲野が慌てて取り繕ってるけど、時すでに遅しだ、バーカ。比嘉は親から過保護な程愛されてきた。褒めて育ててやらなきゃいけない、ちょっと強く言われただけでもヘソ曲げるような比嘉に、暴力なんて受け入れられる訳がない。
コイツは比嘉のことを知らなさ過ぎる。見てるだけじゃ分からないことが山のようにあるんだよ。比嘉、お前もな。
「なあマザゴリー、ずっと聞きたかったんだけど、なんでお前俺と統基を敵視してくんの? 俺らマザゴリに何かした?」
充里が尋ねると、仲野は答えず比嘉を見た。仲野が悲しげに見つめているのに気付いた比嘉に顔を背けられてから、仲野は俺を睨んだ。
「お前らのポジションには、俺と行村がいるはずだった。行村と曽羽、俺と比嘉さんが公認のカップルで楽しい高校生活を送るはずだった。なのに! 入学早々、式も始まる前から曽羽は箱作と付き合い出すわ、いつの間にか入谷が公認の片思いをみんなから成就するよう応援されてるわ!」
「え? 何? ヤキモチ? お前さ、今日も遅刻してたけど入学式の日も学校来んの遅かったんじゃねーの? そんなんでこのポジション狙えると思ってたの?」
呆れたゴリラだな、全く。俺らがそんな悠長にしててこのポジションを築いたとでも思ってんのか。甘いわ!
「俺と統基なんか、1番に学校行って登校してくる女子物色してたから。お前らとは気合いが違うんだよ!」
「そーだそーだー。言ってやれ、充里ー。ゴリラのくせに生意気だぞおーって言ってやれー」
「ムカつく……ムカつくんだよ、お前ら! 学年1のイケメンコンビも狙えると思ってたのに、みんなして充里・入谷、充里・入谷って!」
「そりゃそーだろ。俺らのがかわいいもん。ノーゴリラだもん」
充里と並んでかわいいポーズを取る。充里そこそこ体はゴツいけどな。顔は優しくてゴリラ感は皆無だわ。
しかし仲野はこの厳つい顔でイケメンを自認してたのか。家に鏡ねーのか、コイツ。
「かわいいで売ってねーだろ、お前ら! ただのお調子者コンビじゃねーか!」
行村は大して思い入れはないらしい。ケタケタ笑っている。
「諦めろ、マザゴリ。お前じゃデカ過ぎるし、ゴツ過ぎるし、金髪過ぎるし、顔面が厳つ過ぎる。コンビニ店員を怯えさせそうなお前が比嘉に選ばれることは絶対にねーよ」
対象と仲野には、哺乳類ってくらいしか共通点がない。冷静に考えて俺以上に対象から遠い。無理ゲー過ぎる。
「俺は何年も掛けて沖縄から比嘉さんを追ってきたんだ! 今更諦められるか!」
「沖縄から?!」
あ! 比嘉んちのシーサー! 俺と同じくシーサー好きなご両親なのかと思ってたけど、まさかの本物だったの?!
「え、比嘉ももしかして沖縄から来たの?」
「そうよ」
あ、せっかく俺シーサー好きなのに何のアピールもしてなかったわ。もったいない!
「比嘉、俺シーサー大好きなんだ。いいよね、シーサー。かっこいいよね、マジ」
「そう?」
チッ、小3女子にシーサーのカッコ良さは共感されねーか。
いや、え……いや、違う。問題はシーサーの良さが伝わってないことじゃない。ちょっと待って。
「お前今、沖縄から来たって言った?!」
「そうよ。
「いとまんし?」
知らん! 那覇くらいしか知らん!
何コイツら?! 遥々、沖縄から海越えてストーカーしてんの?! スケールでか!
そりゃー、なかなか諦める気にならないはずだわ。わざわざ時間と金掛けてたのが無駄になるんだもんな。
……あ……!
分かった! 比嘉のストーカーしてた8年を取り返す方法!
孝寿にハナから無理なんだから諦めろって言われたんだと思いつつ反面、孝寿がヒントだと言ったのをどこかで信じていた。たしかに、孝寿はヒントをくれてたんだ!
パッと射した明るい光に、胸の黒いモヤモヤが吹き飛んだ。
「充里ー、入谷ー。カラオケ行こーぜ! 行くよな? 失恋ソング縛りな。俺に失恋ソングいっぱい聴かせてくれるよな?」
うわー、来夢が怖い。目を半開きにして笑いながら俺と充里の肩に手を置く。
「俺は曽羽ちゃんが行くなら行くー」
「俺は比嘉。でも俺バイトの時間までだけど」
「行くよな?! 曽羽! 比嘉さん!」
「充里が行くなら行くー」
曽羽がニコニコしながらフワフワした声で答える。かわいいよなー、曽羽。
いいな、充里。比嘉は絶対、そんなかわいいこと言わねーもん。いいけど。別に期待してねーし。
「またバイトなんだ。私、行かない」
やっぱり比嘉はかわいいことなんて言わない。けど……その言い方に、一縷の望みを感じてしまった。バイトまでは、まだ十分に時間はある。比嘉と遊べるチャンスだけど、だけど……
「悪い。俺、バイトあるから」
……直感に逆らえず、断ってしまった。
「えー」
と、不満の声を漏らす充里を無視して、俺のことなんか見ないで帰り支度をする比嘉を見た。……やってみるか……。
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