第37話 夏休みの大冒険
夕方4時頃、解散になってみんな自転車で帰る。俺はもちろん、理由もなく比嘉について行く。比嘉は俺がついて来ることに特に疑問を持つこともなく走る。こういう時にツッコまれないのは馬鹿のいい所だな。
ツッコまれた所で好きだからついてくんだよって言うだけだけどな。
国道888号線の行先案内って言うのかな? 青い標識のような看板に、右に曲がると聖天坂、左に曲がると山手町、そして、まっすぐ行くとらんらんビーチと矢印が伸びている。
ビーチ?! この先にビーチあんの?!
この中では俺は聖天坂しか知らないけど、ここから聖天坂は自転車ならさほど遠くない。そんなに遠くない距離にビーチがあるなら、海に行きたい!
「比嘉! まっすぐ行くぞ! ビーチだって!」
左手をハンドルから離し、看板を指差す。
「あ、ほんとだ! 海行こ! 海!」
「でも、どれくらいで行けると思う? この辺りに海なんかある訳ねーよな?」
「45分よ! 45分も走れば、私には海が見えるわ!」
最早、自信過剰ってよりも占い師じゃねーか。まあ、万が一2時間とかかかったって往復してもまだ8時だ。行くか!
比嘉の予言した45分後くらいでは、やっと行ったことのない場所に出た程度だった。それより何より、あの看板以来、この国道888号線の看板にらんらんビーチが出て来ないんだけど? どこかで微妙に曲がらないとたどり着かないなら、無理だぞ。
かと言って適当に曲がってみたりなんかしたら、道に迷う。ただまっすぐに行けばいいはずだからこそのチャレンジだ。
「ねえ、そろそろ曲がらない? ずっとまっすぐ行くの飽きたんだけど」
この誤ったチャレンジャーの言うことを聞く耳は持たない。
「そろそろ腹減らない? コンビニあったら何か食おーぜ」
「そうね。私もおなかすいた」
「もう1時間くらいチャリこいでるけど、まだ行けるの? お前体力ねーだろ」
「この私にないものなんてないわ。特に自転車はいくらこいでも疲れないの」
「ふーん」
比嘉を見ると、たしかにこの暑さの中意外なほど涼しい顔をしている。へー、自転車に乗ると疲れを感じるセンサーもぶっ壊れるんだ。またひとつ、いらん情報を仕入れてしまったな。
「あ! コンビニ!」
「あ」
コンビニと聞いて、全然関係ないけど思い付いた。
「あとどれくらいで着くのか、スマホで検索すりゃいいじゃん。ヤバいくらい遠かったら引き返さないと」
「入谷、何言ってるの? 大冒険でスマホなんて使っていい訳ないでしょ! スマホ、しまって!」
「大冒険?」
この小学生は大冒険を楽しんでたのか。そりゃ知らなかった。大冒険ねえ……たしかに、今俺達は全く知らない土地のコンビニにいる。普段俺達が生活してるとこよりも完全に田舎っぽい。マンションも4階建てくらいのまでしかないし、同じ造りの細長い一軒家が隣の家と密接に建ち並んでいたりもしない。
そんな知らない土地で、この先に目的のビーチがあるのかないのかすら分からない。大冒険と言えなくもない?
「よし! 食って飲んだら冒険に出発だ!」
「おー!」
楽しそうに拳を振り上げる比嘉がかわいい。マジで小3だな、コイツ。
だがしかし。どこが45分だよ、エセ占い師、と文句を言いたくなる。もう2時間以上走ってる。暑いし、さすがに疲れて来た。もう、この先に海がある気なんてしない。
国道888号線に、久しぶりの看板が見えて来た。
「あ! 入谷、出た! らんらんビーチ!」
「え?! あ、マジだ! ここへ来て看板に名前があるってことは、多分近いぞ!」
それからは、30分もしないうちに「らんらんビーチ コチラ→」と道路に看板がぶっ刺さっていた。その案内に従い更に走ると、思っていたよりも大きなビーチが広がっている。
「やっと着いたー! 本当に自転車で行ける距離にビーチなんてあったんだ!」
比嘉のテンションが上がってる。片道約3時間の距離を自転車で行ける距離と言っていいのかはともかく、たしかにビーチだ。
砂浜が見える。が、ここから砂浜へ行くには3段程の階段とも呼べない段々畑のように緩やかに広がる段差があった。
え、チャリ降りねーの? 比嘉は自転車に乗ったまま、段差に向かう。まあ、あれくらいならちょっと勢い付ければチャリでも降りられるか。
もう夜7時前だ。もちろん海水浴客なんていないし、まだこうして段差がハッキリ見えるくらい明るいし、チャリで砂浜爆走とかおもしろそう!
俺もペダルをこぐ足に力を入れ、スピードを上げて段差に突入した。下を見ながら慎重に砂浜へと降りる。ガタガタしつつも、無事に砂浜にたどり着く。
「えっ?! あ!」
比嘉の声に続いて、ガシャーンと自転車が倒れる音がする。
え、何?!
振り向くと、比嘉が段差の上で転けていて、自転車だけ砂浜にたどり着いていた。チャリでいけると判断したんじゃなくて単に段差に気付いてなかっただけかよ!
「大丈夫か?! 比嘉!」
比嘉に駆け寄ってしゃがみ込むと、比嘉が目を見開いている。どうした? 何かに取り憑かれたのか?! 知らぬ間にゾンビに噛まれたのか?!
比嘉が転がったまま見つめる先をつられて見た。
……すげえ……まだ十分空は明るい。その明るさは海に沈んだ太陽の残りの明るさで、海がそんな明るさを反射している。
太陽はない。なのに、太陽の残りもんが、こんなに綺麗なんだ。オレンジで、金で、黄色で。海の青さなんてない。もちろん空も青くない。なのに、海だ。
海だ……。
「比嘉、立てる?」
大丈夫なら、並んでこの景色を見たい。そんなとこに転がってないで。
声をかけると、比嘉は我に返ったように立ち上がって、砂浜を波打ち際まで走った。
……走れるんだ。たいしたケガはしてないみたいだな。ホッとした。
ここまで、3時間チャリをこいで来た。寄り道しながらだったことを差し引いても、家に帰るまで2時間はかかるだろう。負傷していては、かなりしんどいのは明白だ。
「入谷! 海だよ!」
比嘉が嬉しそうだ。海無し県出身なのかな? でも、俺も同じく海は珍しい。中学の修学旅行以来の海だ!
「写真撮ろーぜ!」
「うん!」
比嘉も俺も、適当にスマホで写真を撮る。凝った写真撮れる人がいたら、今これかなりいい写真撮れそうなんだけどなあ!
ただ、みるみる日が落ちる。明らかに刻々と暗くなる。
「比嘉、いい加減帰らねーと」
「そうね。びっくりするくらい急に暗くなって来るわね」
自転車にまたがり、同じく自転車をこごうとしてる比嘉を見た。
「お前、足!」
比嘉はふくらはぎの半分くらいまでの緩いズボンを履いてるけど、右足のズボンの裾から血の赤い線が何本もクッキリしてる!
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