第38話 夏休みの思い出

 近くのスーパーで消毒液と大きめの絆創膏を買った。ひざの大きく皮膚をえぐられた傷をできるだけ丁寧に手当てをする。


「お前帰れるの? この足で無理じゃね?」


 こんな足でチャリこいで帰ろうなんて、下手したら冒険どころかサバイバルだよ。


「大丈夫! 出血の割には痛くないから!」


 と、まだ興奮気味に比嘉が言う。


 でも……多分、海を見てテンション上がった勢いで痛みを感じてなかっただけっぽい。10分も走ると、明らかにペースが落ちてきた。


「……比嘉、止まって。チャリ降りて」


 街灯の下でズボンをめくると、割高の大きめの絆創膏がもう血に染まって傷口の辺りは血が絆創膏の小さな穴からこんもりしている。


 絆創膏は3枚入りだ。消毒して、新しい絆創膏を貼った。見ている間にも、血がじわじわと広がる。


「比嘉、もう暗いしこの足じゃ無理だよ。この近くで泊まれる所を探して、明日帰ろう?」


 今の所持金ならまだ、探せばネカフェとか泊まれる所はあるだろう。無理をしてチャリをこぐなら、目的地を家からシフトチェンジした方が無難だ。


「俺、絶対手え出さないって約束するから」


「手? 何の話? 泊まるなんてダメだよ、お母さんもう晩ごはん作ってるもん。帰って食べなきゃ」


 んー……比嘉のお母さん、ごはん作って比嘉の帰りを待ってんのか……。


 そうだよな。どんな理由付けて連絡したって、心配しちゃうか、比嘉のお母さん。お母さんに心配かけちゃーダメだな。


 すっかり暗くなりつつある中、コンビニの明かりが見えた。


「比嘉、あのコンビニまで頑張れ」


 コンビニに着くと、自転車を降りて比嘉のひざを確認する。


「足、大丈夫?」


「うん、見た目ほどは痛くない」


 お前の言うことは信用ならん。顔は痛くない顔してねえ。ひざはもっとだ。


「自分で消毒して絆創膏貼り替えてろ」


 時間短縮のため、手当は比嘉に任せる。消毒液と最後の絆創膏を渡して、コンビニに入る。とりあえず必要なのは、水分補給だ。俺は汗くらいだけど、血まで流してる比嘉はより水分補給が必要なのかな?


 レジのおじいさんを見る。オーナーって名札付けて、何か大量にハンコを押す作業をしている。この人か。この人がこの店の長か……。


「すみません、俺ら、らんらんビーチに行こうって自転車で来たんすけど、場所知らないまま適当に走って来たんすけど、友達がこけて大出血してて走れそうにないんすけど。俺の後ろ乗っけて帰りたいから、友達のチャリ置いとかせてほしいんす。赤いチャリ。あ、自転車。絶対明日取りに来るっす」


 じいちゃんが手を止めて俺の顔を見た。コワモテなじいちゃんだ。怒られるかな……。


「いいけど、友達、大丈夫なの?」


 大丈夫じゃねえの。俺超心配なの。聞いて、じいちゃん。


「めっちゃ血ぃ出てます。もう絆創膏3枚目なんだけど」


「ちょっと待ってて」


 と、じいちゃんは奥に行ってしまった。ちょっと待っても戻って来ないから、お茶とジュースのペットボトルを4本持って来てレジカウンターに置いた。


「お待たせ。これ、塗るといいよ。消毒もできるし、厚めに塗れば絆創膏なしでもバイ菌入らないよ。あげる」


 と、じいちゃんが何かを差し出す。受け取って見ると新品かもしれないくらい、綺麗な軟膏のチューブだ。


「え? これくれんの? マジで?」


「あはは、マジで。黙って自転車を置いて行くこともできるのにちゃんと言いに来たご褒美だよ。友達に塗ってあげて」


「ありがとう! じいちゃん! あ、これください」


「君、いくら持ってるの?」


「1300円くらいっす」


「まだ先が長いんだろう? 取っておきなさい。これはじいちゃんから君に餞別だ」


 と、笑顔でペットボトル4本を袋に入れてくれた。


「いや、さすがにそれは悪いっす。1300円あれば足りるでしょ?」


 じいちゃんの顔が険悪になる。


「もうすっかり暗い。何があるか分からないんだから、そんな少ししかないお金は大事にしなさいと言っている」


 ……なんか、素直に受け取った方がじいちゃんの機嫌が良さそうだな。


「ありがとう! じいちゃん!」


「気を付けてな」


「うん!」


 コンビニを出ると、比嘉はまだ傷の手当てをしてるようだ。コイツ、早口だし早足なくせにトロくさいな。


「あ!」


「ん? どした?」


 見ると、剥離紙をはがした絆創膏を地面に落としている。あーあ。比嘉が慌てて拾い上げて確認してるけど、小石まみれで使えたもんじゃない。


「……絆創膏、買って来る」


「大丈夫だよ。コンビニのじいちゃんが薬くれた。分厚くぬれば絆創膏いらないんだって」


「え? くれたの?」


「うん、顔怖ぇけどすげー優しいじいちゃんでさ、このジュースもくれた。金払うって言ったんだけど、大事に取っときなさいって」


「ジュースまで? 4本も? 入谷のおじいちゃんだったの?」


「ううん、知らないじいちゃん。すげー優しいじいちゃんだよな。ありがたいよ」


 と笑うと、比嘉が


「すごいわね、入谷……」


 と、何がすごいのか知らんが褒めてくれた。


 さてと、傷口にもらった軟膏を塗る。血と軟膏が混ざってるけど、大丈夫だろ。


「OK! じゃー後ろ乗って」


「え?」


「チャリ置いといていいって。俺、明日取りに来るから、今日は後ろに乗って」


「え? 取りに来るの? こんな遠くまで?」


「遠いの分かってんなら早く乗れよ。モタモタしてる間に真っ暗じゃねーか」


「……あー、ほんとだ……なんか怖い」


 怖い?!


 ひらめいた! 吊り橋効果! たしか、吊り橋効果だ! 怖いドキドキを恋のドキドキだと勘違いさせる黒魔術!


「ふっ……ほら、比嘉。早く乗れよ」


「え? 何、急にカッコつけだしてんの?」


 怪訝な顔をしながらも、比嘉が俺の自転車の後ろに乗った。よっしゃ、ゲット! 最っ高のドキドキをお見舞いしてやろうじゃねーか!


「比嘉! 霊が見える!」

「キャー! おだぶつあみぶつ!」


 ……お陀仏させてどーする。南無阿弥陀仏?


「比嘉! ゾンビが追いかけて来てる!」

「キャー! 十字架! 十字架!」


 ……ドラキュラと間違えてるだろ。何か違う。一応怖がってるけど、なんかダメだ。そもそもの基礎知識がないと、怖さ半減なのかも。


 心理的に怖がらせるのが難しいなら、物理的に恐怖を与えればいい。


 急勾配の坂道で猛スピードを出してみる。


「あー! 霊が! 霊が勝手に! しっかりつかまって!」


 返事をする余裕もないのか、無言で俺の腰からおなかにキュッと比嘉の腕が強く巻き付く。あー、素晴らしき、夏休みの思い出。俺はこれが欲しかった。そのためにケガさせちゃって悪い。


 車のいない所ではかなりのスピードで飛ばしてたおかげで、9時半頃には比嘉を送り届けることができた。


 最後にもういっちょスピードを上げて、比嘉の家の前で急ブレーキをかけて止まる。あー、おもしろかった!


「比嘉?」


 やり過ぎたかな? 恐怖で固まってしまってるみたいだ。


「あ! シーサーが除霊してくれたみたいだ。もう大丈夫だよ」


「シーサー?」


 比嘉が自分ちを見上げる。


「あー家だー」


「しっかり足治せよ。じゃーな、おやすみ!」


 家の前でしゃべってて親が出て来ても気まずい。ケガさせてるし。早々に立ち去るとしよう。


「うん、おやすみ」


 比嘉が笑って手を振った。大冒険、完。だな。


 俺も早く帰ろ。腹減ったし汗だくで風呂入りたい。


 風呂上がりにスマホを見ると、比嘉からめっちゃ来てる。なんだ?


 比嘉がたくさんの写真を送ってくれてる。俺もすぐ隣で写真撮ってたんだから、ほとんど同じなのに。


 結構、俺も写ってる。これが、比嘉の見てた景色か……。


「ありがとう。やっぱり画像で見ても超キレイだな」


 あー、素晴らしき、俺と比嘉の夏休みの思い出。

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