第35話 人生の先輩からの特別ヒント
親父と母さんの出会いは俺の母親の葬儀場だったのか……。
「泣いてる俺に、私にあなたの子供を育てさせてくれませんかって言ってきたんだ。俺らが揉めてたのを見てたんだろうな、花恋。私の子供と兄弟として、あなたの子供を育てさせてほしいって申し出てきた」
「え、その時もう廉、生まれてたの?」
「廉はその時生まれたばかりで、乳児院にいた。本当は自分の手で育てたいけど、自分には身寄りがないから働かないと生きていけない。父親は子供ができたと知ったら逃げて行方知れずになった、って聞いて、統基を取られたばっかりの俺は頭に来てなあ。必ず統基を取り戻して、花恋の子供も俺が育てる! って決めて、すぐさま入籍した」
「行動、早!」
「で、花恋に希の親の住所をメモってもらって、統基を取り戻しに行ったんだけど、その時の花恋がカッコよくてさー」
「え? あの母さんが?」
母さんはどこかフワフワしてる空気感があって、あまりしゃべらないしつかみどころのない女性だ。ロイヤルミルクティーくらい柔らかい色合いの長いまっすぐな髪で、小柄で痩せてて小さな顔に小さくてまん丸の目が印象的で、どちらかと言うと守りたいと思わせるタイプだろう。
「俺が無難なスーツで髪もキチッと撫でつけて行こうとしたら、花恋が仕事に誇り持ってるんでしょ、だったら正装で行こうよって言ってくれてなあ。そのスーツ脱いで髪洗って、1番派手なスーツ着てバースデーイベントの時くらい、完璧なカリスマホストシルバーで統基を迎えに行ったんだよ」
「ダセーよ! 嫌だよ、そんな親父に迎えに来られるの!」
「花恋も正装だっつって派手な特攻服着て、外車初めてだって言いながらデカい車転がして希の親の家の玄関に躊躇なく突っ込んでってさー。ありゃ、しびれたね」
「大迷惑かけてんじゃねーよ!」
「修理代だっつって大金突き付けたら大人しく統基を渡してくれて、ハッピーエンド」
「エンド、じゃねーんだよ。なんっだそのめちゃくちゃな話は!」
親父がまた、今度は見たことないくらい真面目な顔で俺を見た。
「統基、大事なことはどう出会ったかじゃない、どう愛するかだ。俺に言わせりゃ、落とすまで15年もかかるなんて孝寿が甘いんだよ。出会ってすぐに結婚したって、十分愛せる。純愛だ!」
親父……何言ってんのかよく分かんねえ。何が言いたかったんだ、このおっさんは。
「その愛してる女、息子とイチャついてっけどいいのか、パパ」
「え?」
孝寿が指差す流しそうめんセットの作業場に、よく見えんが悠真と母さんがいるのは見える。
「悠真! 花恋から離れろ! 父親の嫁に手ぇ出すとかすげー根性してんな!」
「ちげーよ! 父親の嫁が超グイグイ来るんだよ! 俺、嫁さん以外の女に触ったら死ぬんだけど!」
親父が流しそうめんセットのハシゴを登る。
入れ替わりに慌てて悠真がハシゴを降りる。
「花恋!」
「やっと来たー、銀士」
親父を待ってたの?! どこで誰と誰を待ってるんだよ! 母さんも何がしたかったのかまるで分からん!
あ、そういや、廉は?!
あ、慶斗とソファでデザートを楽しみながら廉が今1番ハマってるスマブラで白熱の戦いをしている。慶斗必死な顔してるけど、ゲームうまいんだな。メキメキ腕を上げてる廉とあれ程までに渡り合えるとは。
慶斗のことだからきっと何も考えてないんだろうけど、廉がこっちの話を全く気に掛けないくらい遊んでくれてて良かった……。
亮河と悠真も廉を囲んでソファでゲームをし始めた。親父と母さんも作業場から降りてこないから、俺と孝寿がテーブルに残った。
孝寿や親父の話を聞いて、俺はまた比嘉に向かいたい気持ちが高まっていた。でも、気持ちが落ちた時に投げやりになってしまう感情も自分のとる行動も俺は知ってしまった。
俺はやっぱり、亮河や孝寿とは違って冷静さが足りない。寂しさや虚しさのどん底のままでいられない。他人の手を借りてでも1秒でも早くどん底から這い上がりたくなってしまう。
這い上がった先でまた後悔することにも気付けない。
でも俺きっと、このまま比嘉を諦めたんじゃ大きく後悔する。嫌だ。俺はもう後悔を積み重ねるようなことはしたくない。
「なあ、孝寿兄ちゃん。俺、今更親父みたいに純愛だって言うのは図々しいけどさあ、比嘉のこと好きなんだよ」
「統基、純愛の定義知ってるか。十分、純愛だって言っていいと思うぞ、俺は。そもそもそんなもん主観によるもんなんだから、自信持って俺には純愛だって言えばいいんだよ。誰にも遠慮する理由なんかない」
そうか……いいのか、俺、比嘉のこと好きでいて。
「そう言えば、テストどうだったの? 成績出たんだろ?」
「あ! 俺すげーの! 通知表、4と5ばっか! こんなの初めてだよ! 中学の時なんか1と2と3ばっかりで、廉の小学校の3段階評価の通知表より悪かったのに!」
「おー! すげーじゃん! 頑張ったな、統基!」
「比嘉も生まれて初めて3取ったって喜んでたよ。1が1つもないなんて、小学校から今までなかったらしくてさー」
「すげーな、比嘉さん」
なんか、孝寿が引いてる気がする。いや、分かるけど引かねーでやってくれよ、頑張ったんだから。
欠点も3つにまで減った! この調子でいければ、無事に2年生になれそうだ。そうだ、希望はある! まだ1年の1学期が終わっただけだ!
「俺、結局テストやら対象やらで孝寿に教わったヒントまだ試してねーんだよ! 学校始まったら、比嘉にそっこーやってみる!」
「統基、本当に比嘉さんのことばっかりだな」
と孝寿が笑った。え、俺そんなに比嘉比嘉言ってる? そんなこと言われたら恥ずかしいんだけど。
「学校以外では比嘉さんと会ってないの? 夏休みの間ずっと?」
「いやー、4人以上の大人数では会ってるけど。2人ではなんか……俺も会う気になれなくて、誘ってもない、みたいな」
「なんで?」
「だって、俺の顔じゃダメなんだもん。顔見られるのがもう嫌になっちゃって」
「話が戻っちまったな。統基、お前は比嘉さんの顔だけが好きなの?」
「顔だけって訳でもないけど、比嘉の顔好きだよ。テスト終わりにみんなでボーリング行った時にさ、珍しくハイテンションで笑っててめちゃくちゃかわいかった! でも俺、正直ストーカーしてる時の比嘉の顔も好きなんだよな。すげー静かな笑顔なんだけど、すげー幸せそうなの。俺にはあんな顔、させられねえ」
あー、また気持ちが沈んできた。ただ見てるだけであんな幸せそうな顔なんて、この顔の俺には一生させられないだろう。
「別に全部じゃなくてもいいじゃん。静かな笑顔は対象担当、ハイテンションの笑顔は統基の担当で」
「担当制か。なるほどね」
そういう考え方もあるのか……。さすが、人生の先輩は柔軟な思考をなさる。
「統基がいじらしくてかわいいから、特別にもう1つヒントやるよ」
「えっ! 何?!」
「断言してやる。比嘉さんがストーカーやってた8年を取り返さないと、統基には落ちねーよ」
「え……」
ヒントなのかそれ? 死刑判決じゃないのか? 俺に8年巻き戻せっての?! 無理だろ! どうやって?!
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