第34話 親父と花恋ママの昔話

 孝寿のスマホを食い入るように見る。あーマジで、めくれどもめくれども幸せそうだよ。赤ちゃんが泣いててもこの写真撮りながら孝寿は幸せなんだろうなってのがよーく分かるよ。


「え? 何? 次々写真見続けながら統基の顔がどんどん暗くなるんだけど? 暗い顔しながら愛娘を見続けられるの複雑な心境なんだけど」


 孝寿、顔整ってるもんな。対象みたいな黄金比な顔じゃないけど、かなりの女顔だけどかなりの美形だ。せめて、孝寿の顔なら俺にも可能性があったんだろうか。


 何? 何? と俺を見る孝寿を思わずキッと睨んでしまう。


「その顔なら奥さんもコロッと孝寿を好きになったんだろーな! いいな、顔のいい奴は! どーせ、俺の顔じゃダメなんだよ!」


 テーブルに突っ伏して、何なら泣いてやろーかって気持ちだ。顔なんかどうにもならねえ。俺にはどうしようもない。


「顔? 何言ってんのか分かんねーけど、全然コロッと好きになられてねーよ、俺。奥さん元彼のこと大好きだったから。俺なんかガキ扱いではじめは全然相手にされてなかったよ」


「え?」


 孝寿でも相手にしないの? この奥さん? 俺なら、孝寿以上の顔の奴に惚れられることなんてないだろうって思ってめっちゃ相手するぞ、きっと。


「あ、分かった。比嘉さんがストーカーしてる相手が統基とはタイプの違う顔なんだ? ストーカーって見た目にどハマりするパターンが多いもんな。それで自分の顔に自信失くしてんのか、統基」


「え……」


「おー、孝寿すげーな、当たりっぽい。俺も統基が顔顔言ってるから思ったんだけど、年上の女は統基の顔が好きなんじゃね?」


「えっ」


「おー、すげーな、亮河兄ちゃん。対象の顔がどストライクの比嘉さんとはうまくいかない中、年上の女には統基の顔が好きだって言われて揺れてんだ、統基」


 コイツら、怖!


 さすがに鋭過ぎだろ! ここまで言い当てられると怖いわ! でも、一点違う!


「俺は揺れてなんかねえ! たしかに一瞬天音さんでいいかなって思ったけど、俺は慶斗とは違う! ちゃんと、こんな関係はやめようって言ったもん!」


「言ったもんってどこのやんちゃ坊主だよ。言った結果どうなんだよ」


「……結果はないかも……」


「まー、しゃあねえわ。エロそうだもんな、年上の女」


「そこまで分かんの?!」


 何なのコイツら?! 怖!


「亮河や孝寿には俺の気持ちなんて分かんねーよ。俺の顔じゃダメなんだもん。幸せなお前らには分かんねーんだ」


「思い込みだ、統基。俺の顔は奥さんの好みじゃなかったぞ。むしろ、元彼が奥さんの好みのどストライクだった」


 綺麗な顔して孝寿が言う。


「嘘だ! どストライクな彼氏がいて心変わりする訳ねえ!」


「嘘じゃねーよ。俺がそんなに信じられねーの? 最後に人を動かすのは気持ちだって言っただろ? 俺が奥さんを好きになったのは3歳で、奥さんが俺を受け入れてくれたのは18歳だ。統基は15年比嘉さんを好きでい続けて俺の言うことが嘘だって言ってんのか」


「15年?!」


 いや、俺今現在15歳なんだけど?! 比嘉の8年を上回って来やがった! どんだけ年単位で一途なんだよ、コイツら!


「なんだ? 統基、惚れた女がいるのか」


 いつの間にか、親父がそうめんズルズル食いながらすぐ隣にいた。


「へー、ガキだと思ってたら、もうそんな年かー。まあ、孝寿なんか3歳から親戚のお姉さんと結婚するってわめいてたけどな」


「わめいてたってなんだよ! のたまってたんだよ」


 親父がからかうように言うと、孝寿が断固抗議の構えを見せる。へー、孝寿も嫁さんのことになるとムキになったりするんだな。


「マジで3歳から好きだったんだ? 俺3歳なんか記憶ねーよ」


 5歳の記憶すらないし。5歳……なんで5歳の時のことを思い出そうとしてたんだっけ? あ、そうだ親父だ。親父の結婚だ。


「なあ、なんで俺らの母親とは結婚しなかったのに、花恋ママとは結婚したの?」


 素朴な疑問をぶつけると、親父のそうめんをすする手と口が止まった。孝寿が驚いた顔で俺と親父を交互に見る。


「え? 離婚じゃねーの? 俺離婚したんだと思い込んでたよ。パパちょこちょこ会いに来てくれてたし」


「オーナーは廉の母親が初婚だよ。2人とも子連れだけど、初婚同士だ」


 亮河は色々と事情を知ってるみたいだな。親父がまたそうめんをすすりだす。


「入籍はしてなかったけど、結婚してるのと変わらない気持ちではいたよ」


「なんで子供ができても入籍しなかったのさ。そんで、なんで花恋ママとは子供できてないのに結婚したのさ」


「お前らにとって何もおもしろくねー話だよ」


「親父がおもしろい話した試しねーよ」


 俺は1歩も引く気はない。親父が言いたくなさそうなのが余計に興味をそそる。俺の顔を見てそれを悟ったのか、渋りながらも親父が昔話を始めた。


「ホストの夫や父親なんて色々不都合だろうと思ったんだよ。俺はホストでてっぺん獲るって決めてたから、子供ができてもやめるつもりはなかったし。でも子供ができたことは嬉しかった。だから、入籍はしないけど最大限子供達の世話したり、会いに行ったりはしてたんだよ」


 親父がそうめんを食う。なんとなく、俺らもこの間にズルズル食う。


「そんな感じのまま、統基が生まれた訳だけど、俺はうまくいってると思ってたんだ。全ての子供に平等に愛情を掛けられている、十分な金を全員に渡して不便な思いはさせてないって。俺が間違いに気付いたのは、統基の母親が死んだ時だ」


「え? 統基の母親死んでんの?」


 孝寿が驚いてこちらを見る。いや、俺ほとんど覚えてないから、詳細は分からん。


「病気でな。統基が2歳くらいから入退院を繰り返して、頑張ってたんだけど5歳の時にとうとう死んじまって。その時、初めて俺とのぞみは法律上は他人なんだって思い知らされたんだよ。希の親に認めてもらえてなかったからもちろん喪主なんて任せてもらえないし、親族席にも座れない」


 親父は悲しさを隠さず話す。こんな親父の顔、初めて見る……そして俺の母親、希って名前だったんだ。知らなかったな。


「希の親類達はホストなんかに子供が育てられる訳がない、の一点張りでなあ。たしかに俺1人では育てられてなかった。亮河の母親に協力してもらって、なんとか育ててる状態だった。希と両親の折り合いが悪かったから、それでも希が生きてる間は何も言ってこないで、見舞いにすら多分来てなかったんじゃねーかな。なのに、葬儀が終わったら、お前を統基の父親だなんて認めないって、統基を連れてっちまって」


「え?! 俺?!」


「向こうだって、大して付き合いのなかった希の子供を育てたいって奴なんていなかったんだよ。誰が育てるかで揉めてんのに、俺には絶対渡さないってえらい剣幕で」


 俺、完全に厄介者扱いじゃねーかよ。軽くショックだわ。


 親父が箸を置いて、腕を組んだ。誰の顔を見るでもなく、そうめんがなくなった器を見つめる。


「俺がいいかげんな状態で満足してないで、ちゃんと籍を入れていればこんなことにはならなかったんだって、もう絶望して後悔に襲われて……希の親類達が統基を連れて全員帰っても諦めきれなくて葬儀場の隅っこでダーダー泣いてたら、その葬儀場で働いてた花恋が話しかけてきたんだよ」


 ……母さんが? 俺の母親の葬儀場で……。

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