第33話 イヤなとこほど遺伝する

 ピンポーン、ピンポーンとインターホンを連打する音が響く。


「うるっせーな!」


 とドアを開けると、もう熱気が入って来る。うわ、暑っ!


「暑い! 早く開けろ!」


「俺ら来んの分かってんだからさ、鍵開けとけよ!」


 亮河、慶斗、悠真のホスト三兄弟だ。揃いも揃って暑さに弱いのか、機嫌が悪い。


「いいなー、学生は。夏休みでずーっと家にいられるんだから」


「平日は毎日バイト行ってるよ。兄貴達が行動するの夜じゃん。まだマシだろ」


「人を夜行生物みたいに言いやがって、お前ホストの仕事なめてんだろ」


 敬ってはねーのは確かだわ。


 ソファでゲームをする廉に、


「今日はなごやん持ってきたぞ、廉! こしあんが好きだって言ってたから、多分好きだろと思って名古屋行って買って来た!」


 と三男の悠真がお菓子を差し出した。廉がコントローラーをほっぽって


「ありがとう! 嬉しい! 悠真お兄ちゃん、一緒に食べよーよ!」


 と笑顔で受け取る。そこへ長男の亮河が割って入った。


「どけ! ユウ! ほら廉、廉が食べてみたいって言ってた銀座の銘店のチーズケーキとガトーショコラだよ! 冷蔵庫に冷やしとくから、後で食べような!」


「ありがとう! 亮河お兄ちゃん! わー、僕本当に買って来てくれるなんて思ってなかったよー」


「俺も、廉クレームブリュレが好きって言ってたから、フランス語勉強してフランスから個人輸入して取り寄せたんだよ!」


「フランスから? すごーい! ありがとう! 慶斗お兄ちゃん、大好き!」


 次男の慶斗に至っては国をまたいでんのか! 完っぺきに、ホスト達を操ってやがる! 廉が1番ホストに向いてるんじゃねーのか、親父の子じゃねえのに!


「実は、廉も親父の子供だったりして」


 と廉には聞こえないように、小さな声で亮河に言った。


「そりゃねえよ。統基、オーナーと廉の母親が結婚した時のこと、覚えてねーの?」


「え? 覚えてない」


「そうなんだ? 統基何歳だったんだっけ?」


「5歳じゃねーかな」


「まあ、お前も大変だっただろうから、忘れたいんかねえ」


「え?」


 ピンポーン、とまたインターホンの音が響く。


「あ、俺無意識に鍵掛けたかも」


 と、玄関に走る。


「おせーよ! 暑い!」


 孝寿も機嫌悪そうだな。何なんだ、揃いも揃って暑いくらいで情けねえ奴らだ。


 孝寿がリビングの直線に置かれている方のソファに仰向けに転がった。


「あー、暑い! なんか知らねーけど、20代になってからすっげー暑さに弱くなったの! 急に! 10代の頃は真夏でも平気でサッカーしてたのに!」


「え? そうなの?」


「俺らもだよ! 絶対遺伝だな、これ。20代になると急に来るの。覚悟しとけよ、統基!」


「うわー、そんなに暑さに弱くなることも、慶斗と兄弟だって実感するのもダブルで嫌だわ」


「お前な」


「じゃあ、僕もそんなに暑さに弱くなるのかな」


 廉……。


「俺がさせねえ! 廉が慶斗みたいにならねーように、廉が20歳になるまでに兄ちゃんが薬か魔法を発明してやるよ!」


「ほんと? 僕、海好きだから暑さに弱くなるの嫌なんだよね。絶対だよ、統基お兄ちゃん!」


「任せとけ!」


「廉! 俺らも統基に協力してやっから、安心しろ!」


「そうそう!」


「まだ10年もあるんだ、余裕だよ!」


「廉、海好きならさ、みんなで海行かねえ?」


 と、孝寿が起き上がった。兄貴達がいいねーとか言い合ってるけど、


「嫌だわ! お前らと海なんて! トラブルの予感しかしねえ!」


 断固拒否だ! 絶対行くか!


「おー、みんな揃ってるなー」


 と、親父が業者さんっぽい男達とリビングに入って来た。


「テーブル端に寄せて、スペース作ってー」


「パパまたなんか呼んだの? 悪いけど俺、食欲ねーよ、暑すぎて」


「俺もねーよ。だから、流しそうめんくらいならサラサラ食えるかと思ってさー」


 壮大な流しそうめんセットが業者さん達によって組み立てられた。2メートルはゆうにありそうな高さに、そうめんを流すための作業場がある。うちの天井って、こんなに高かったのか。


「すごーい! 高ーい! 僕登りたい! 上からそうめん投げたい!」


「投げるな! 流せ、廉!」


「危ねーよ、廉! 俺らに任せとけよ」


「嫌だ! 僕登りたい!」


「しょうがねえなー」


 慶斗が廉を肩車して、


「ユウ、先に登って廉を受け取ってくれ」


 と言った。悠真が流しそうめんセットのハシゴを登り、作業場でスタンバイする。そこへ、慶斗が肩車した廉を近付け、廉が作業場に手を掛けて登り悠真が引き上げた。


「気を付けて立てよ、廉」


 廉が作業場の床に這いつくばっている。


「怖い! 立てない!」


 お前は何がしたかったんだ!


「もうー、かわいいなー、廉」


 悠真が廉を抱き上げて、慶斗へと引き渡す。慶斗が腕を伸ばして廉を受け取り、抱きかかえると廉が慶斗にしがみついた。


「たまらん! かわいいなー、廉!」


 もう、廉が何をしようがかわいくてしょうがねーんだな、コイツらは。


 食欲ねえ、とか言ってた割に、孝寿はやっぱり廉と取り合ってそうめんを食っている。


 いや、俺そこまで夏バテしてねーから、なんならそうめんだけだと物足りないんだけど?


「統基、俺廉にチーズケーキと統基にチャーシュー持って来たんだよ。冷蔵庫に入ってるから食えよ」


「なんで俺にはチャーシューなの? トッピングにちょうど良さそうだけど。ありがとう! 亮河兄ちゃん!」


 冷蔵庫を開けると、まず廉への貢物の多さよ。すげーな、ホストに貢がせるんだから。お、あった! チャーシュー!


 おー、お高そうなチャーシューだ。ありがたいことに、薄切りと塊と2種類ある。切るのめんどくさいから、薄切りの方を持って行く。


 超美味い! そうめんにも合うし、チャーシューだけ食っても美味い!


「亮河兄ちゃん、これ超美味いよ! 食える?」


「そんな美味いんなら1枚もらおーかな」


「うん!」


「あ!これうめーな! 帰りに家用に買って帰ろ」


 純愛を貫いている嫁さんに食わせるのか。立派だなー、亮河は。


 それに比べて、俺は何をしてるんだろう……。


「何かあったんだな、また。統基は1ヶ月会わねーと何かしらあるな。若いっていいねー」


「何も良くねーよ。俺は亮河兄ちゃんが羨ましい」


「俺? なんで?」


「好きな人に選ばれて、子供5人も産んでもらって」


「え? 何があったの?」


 聞いてくれるか亮河兄ちゃん、と思ったら、


「俺にもチャーシューちょうだい! ねえ、見て見て! 俺の子供! 最近めっちゃ笑ってくれるんだよー、超かわいい!」


 と孝寿がスマホと箸を持って走って来た。


「子供?」


 孝寿が差し出すスマホを覗き込むと、孝寿そっくりの赤ちゃんがおしゃぶりをつかんで笑っている。めちゃくちゃかわいい!


「おしゃぶりを口に入れたらさ、こうやってつかんで外すのに今ハマってんの! スポンって感覚がおもしろいのか音が好きなのか分かんないんだけどさー」


「かわいい〜。いいなー、家に帰ったら自分にそっくりのこんなかわいい赤ちゃんとラブラブな奥さんが待ってるんだ……いいなー、孝寿」


 めくれどもめくれども、出てくる写真全部かわいい。ムービーもかなりある。あー、かわいい赤ちゃんが動く! 衝撃的かわいさ!


 寝てたり、笑ってたり、泣いてたり。あ、これ孝寿の奥さんだろうな。孝寿と奥さんと赤ちゃんのスリーショットの自撮りもたくさんある。なんって絵になる家族なんだ。オムツのCM見てる気分だわ。


 あー、幸せそう……いいなー、孝寿。


 俺とは大違いだ。何をやってもこの顔じゃ選ばれない俺なんかとは……。恨めしい程に羨ましいなー、孝寿。

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