第22話 女々しいは男のプライドにクリティカルヒットする

 もう水飲んでるみたいで味なんか分かんねーけど橋本さんと日本酒を3杯くらい飲んだ頃、階段を上がって来る音がした。


「あ! 入谷くん、10時だよ、帰らないと。ごめんね、忙しくて僕全然歓迎できなくて」


 店長……なんて、いい人なんだ! 土曜日なんだから、そりゃ忙しいよ。昨日でも俺訳分からんくらい忙しかったのに! その気持ちだけで十分さ!


「とんでもないです、店長。ありがとうございます!」


 店長の手を両手で握る。


「え? どうした? 入谷くん?」


「忙しいのに、ありがとうございました。どうぞよろしくお願いします!」


「あ、え? あ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


「俺、帰ります!」


「あ、私お酒飲ませちゃったから責任持って送り届けます! お疲れ様です!」


 靴履いて帰ろうとする俺に橋本さんがついてくる。


「え? 酒飲ませたの?! 入谷くん未成年なんだよ? ダメだよ、橋本さん!」


「ごめんなさい! 入谷くん大人っぽいから、高校生なのつい忘れちゃって。ごめんなさい、責任持って送ります!」


「ちゃんと送って行ってね! 事故とかないように!」


「はい! お疲れ様でした!」


「お疲れ様でしたー」


 って、俺も言う。


 お? 階段がぐにゃぐにゃした感じがする。何これ、おもろー。


「大丈夫? 入谷くん」


 と、橋本さんが俺の体を支えてくれる。あー、橋本さんの体温いし柔らかい。癒されるわー。


 階段を下りてまっすぐ引き戸を橋本さんが開けてくれて店の外に出る。あ、風が強くて、昼間とは違ってちょっと肌寒いかも。橋本さんの温かさが身に染みるはずだ。


「足元フラついてるよ、入谷くん」


「そっすか? ごめん、橋本さん」


 あ、マジだわ。気い抜いたら橋本さんに全体重掛けちゃいそうだわ。


 そこ気を付けて、とか段差あるよ、とか言われながらしばらく歩いた。明るい建物の前で、


「私も飲み過ぎちゃったから、ちょっと休憩してっていい?」


 って橋本さんに聞かれた。


「休憩?」


 寝そうになりながらなんとか歩いてたんだけど、顔を上げた。


 煌々と光る看板が目の前にある。ご休憩2900円~、ご宿泊6900円~。


 ……宿泊? ホテル?


 ちょっと眠気が覚めた。え? 年上のお姉さんに導かれるホテルって、もしかして充里が行くようなラブホ?


 看板を確かめる。あ、ホテル・ゴールデンリバーって書いてるけど、ラブホテルとは書いてないわ。なーんだ、違うっぽい。


「休憩するだけで2900円もかかるみたいっすよ。俺、金持ってねーよ」


「いいよ、それくらい私が出すから」


 と、橋本さんが俺の手首を掴んで入って行く。まー、金かかんねーならいいか。俺、超眠い。ちょっと寝れたら俺もちょうどいいな。


 もー体がフワフワしてて何も考えられない。橋本さんに引っ張られるままこけないようにだけ足を動かす。


「入谷くん、靴脱いでないよ。そこで脱いで」


「え? あ、これ玄関?」


 玄関? え、俺どこに来たんだっけ?


 奥の部屋に入ると、大きなベッドの横をゴールデンなリバーが流れている。え、俺マジでどこに来たんだっけ?


 あー、でも、リバーのせせらぎの音が超リラックスできる。そういや、俺今日マラソン走ってんだよ。途中棄権したけど。比嘉のティーチャーも大変だったし、疲れがMAXだわ。


「あー、眠」


 バフッとベッドに倒れ込んだ。スーッと、眠りに落ちる。


「寝ていいよ」


 寝かかった所で耳元で女の声がして、すげーびっくりした。目を開けると、橋本さんが隣で寝転がってる。


 まさかの光景にびっくりして起き上がった。


「え? 橋本さん? なんで?」


 なんで俺、橋本さんとベッドで寝てんの?!


「急に目、覚めたの?」


 寝転がったまま、橋本さんが俺の目の辺りをクルクル指差して笑う。


「あ……なんか、ほとんど寝てたみたい」


「そうだね」


 体を起こした橋本さんがそのまま抱きついてきた。うーわ! びっくりした! 慌てて橋本さんの腕を押し返す。


「いや、何してんの、橋本さん」


「ここまで来といて拒否るとか、なくない?」


「ここまで? どこ、ここ?」


「ラブホテル」


「いや、違うよ。俺見たもん。看板にはホテルとしか書いてなかったよ」


「ラブホテルの看板にはラブホテルって書いてると思ってたの?」


 ……書いてないの? もしかして。え、俺、橋本さんとラブホ来る理由なんてないよ! 俺……俺、今日告ったばっかなんだよ!


「ごめん、拒否る! 俺、好きな子がいるんだよ! ごめん、俺これラブホだなんて思わなかったから!」


 もう男のプライドも何もあったもんじゃない。めっちゃアタフタしてて超カッコ悪いけど、そんなもん気にしてる場合じゃねえ!


「男のくせに好きな子とじゃなきゃ嫌だとか言うの? 女々しいんだ。女の子みたい」


 ……男のくせに? ……女々しい? ……女みたい?


 大人しい顔してこの女……イラつかせんのが上手いもんだな。子供だと思って舐めやがって……この俺に女々しいとかよく言いやがった。小柄で細ぇ体してたって男なんだよ。今言ったこと、絶対、後悔させてやる。


「お前こそ女のくせにこんな所に男連れ込んだりして、見かけによらず肉食系なんだ? いい大人がわざわざこんなガキ相手にして恥ずかしくないの? 俺初めてで何も知らねーよ?」


「知らなくていいよ。私、初めての男の子に自分好みに色々教えてみたかったの」


「へえ」


 大人しいのは顔だけみたいだな。そんな願望を持つような女が大人の世界にはいるのか……軽く肩を押すと何の抵抗もなく橋本さんは倒れた。その体の上に馬乗りになっても顔色ひとつ変えない。


「じゃあ教えてよ。橋本さんが教えた通りのことだけやってやるから。ねえ橋本さん、いちいち細かく全部指示出して。俺何も分かんねーんだから」


 横たわった橋本さんの長い髪がベッドの白いシーツに広がってるのを見下ろしながら言った。今更恥ずかしがったって、絶対に逃がさねえ。何も言わないなら何もしないだけだ。

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