第23話 ただのクズによるクズい話

「統基ー! あ、いた!」


 来んなー、もう、来んなー! って願ってたのに、俺の部屋のドアが開けられた。茶髪で前髪を後ろに流した女優さんみたいに綺麗な男が入って来る。俺のすぐ上の兄貴、四男の孝寿か。


「お前の母ちゃん全裸で寝るんだな。間違えてドア開けたら笑って手招きされて超ビビったわ」


 ドア開けたのが愛妻家の孝寿で良かったー! 他の兄貴だったら間違いが起こったかもしれねえ。間違いは、簡単に起こる!


「あ? どうした? 比嘉さんにフラれた?」


「フラれる前にせっかくリセットした後悔を倍返しだよ! 俺、もう何してんのー!」


 自分で自分の髪をわしゃわしゃにしてしまう。


 せっかくこれまでの後悔の積み重ねをリセットして、ちゃんと素直に告って、比嘉を2年生にするために勉強を教えるって大義名分を得ることにも成功したのに! あんなにかわいい笑顔をこれからいっぱい見られるはずだったのに!


 まさかその日のうちに積み重ねた分よりデカい後悔を背負い込むなんて! 完全に口車に乗せられた! 大人舐めてたのは俺だ! ぜんっぜん恥ずかしがらねえ! あの女、大人しい顔してやりやがる!


「何言ってんの統基?」


「……聞いてくれんのか、孝寿兄ちゃん。俺、やっちまった……」


「え? 何?」


 そもそもさ、こんな酔った勢いでの話ってさ、朝起きたら隣で女が寝てて、え? 俺もしかしてやっちまったの?! ってなるもんじゃねーの? 俺超鮮明に覚えてるんだけど?


 酒飲ませた責任取って家まで送るとか言ってたくせに、やるだけやって解散だったし! 俺、普通に家まで1人で歩いて帰ったし! 初天神森だったのに、よく帰れたもんだよ、俺!


「俺、汚れた」


「あー、まあ、しゃーねーわ。元気出せ」


「何してんの、孝寿、統基! 廉が1人でゲームしてんぞ! 構ってやれよ!」


 階段を上がる足音がしたと思ったら、変な声で黒髪スーツの男が現れた。長男の亮河か。


「亮河兄ちゃんが構ってやれよ」


「統基、今デンジャラスなんだよ。初めて酒飲んだ勢いで、女の術中にハマって本命いるのにやられちまったんだって」


「は?」


「孝寿! 言っていいことと悪いことと物の言い方ってのと諸々!」


「どうした? 統基」


 ベッドのへりでへこたれてる俺の肩を抱いて、亮河が変な声で優しく微笑んでくれる。


「俺、なんで未成年が酒飲んじゃダメなのか分かった。未熟な俺らじゃ、理性を失うからなんだ。理性なんかない、俺」


「それがまだ高校生で分かるだけ賢いぞ、統基。ケイなんか、とっくに成人してんのにいまだに酒の怖さ分かってねーぞ。あいつバツ2だけど、バツ3待ったナシだぞ」


 慰めてるつもりか、亮河。そんなもんが兄貴な時点で汚点でしかねーわ。


 またドタドタ廊下を歩いてくる足音がする。またかよ!


「お? 何してんの? 統基どうかしたの?」


 と、かなり高い位置から顔を出して汚い金髪の男が俺の部屋を覗いている。ああ、次男の慶斗だ。


「クズ兄貴か」


「なんだよ、いきなり。ユウが何かしたの?」


「え? 俺? 統基に何もしてねーよ!」


 三男の悠真もいたのか。相変わらず亮河みたいに変な声でもなく、慶斗みたいに派手な色のドンキ行くのかみたいなスウェット上下を着てる訳でもなく、孝寿みたいに女性と見間違えるくらい美しい顔をしてる訳でもなく、やたら耳にピアスを付けている以外は特に何の特徴もない。


 てか、なんで俺の部屋に兄貴達全員集合してんだよ。


「統基、今デンジャラスなんだよ。まんまと年上の女に酒飲まされてまんまとラブホ連れ込まれてまんまとやっちゃったんだって」


「言い方ひどくなってる!」


「まあ、初めての思い出がそれじゃーへこみたくもなるよな、統基」


 優しいー。亮河惚れそうー。


「なんでへこむの? いいじゃん、やれる時にやれる女とやっとけ、統基」


「それでバツ3なんだろ、クズ兄貴!」


「先走んな、まだバツ2だ」


「嫌だー俺、これと半分同じ血が流れてるなんて嫌だー。そんな戸籍にバツ付けたくねーよー」


「バツなんかいくらでも付けられるんだぞ、上限ねえよ。付け放題。子供できた女と結婚すれば相手選びにも困らない」


「子供できたからって他の女別れてくれんのかよ? 修羅場の匂いしかせんわ!」


「俺がためになる話をしてやろう。別れてくれなきゃ飛べばいい。俺実際女同士が泥沼化しちゃって5年鹿児島に飛んでた時期あるんだけどさ、ひどいアトピーだったのが治ったの。それ以来こっちに帰って来ても再発しなくて肌ツルツルで超快適なんだよ。鹿児島って神秘だよ」


「鹿児島の神秘の話はどうでもいいんだよ!」


 慶斗、とんでもねえクズじゃねーか! 何もためにならねーよ! ただのクズによるクズい話だよ!


「お兄ちゃん、どうかしたの?」


 廉がやって来た。かわいい廉に聞かせる話じゃねーな。兄貴達、変なこと言うなよ!


「かわいい廉に変な話聞かせらんね。廉ー、俺廉と2人で食べようと思って1個4800円もする牛乳プリン買って来たんだよ。牛乳プリン好き?」


「好き!」


「かわいいー。プリン食いに行こーぜー、廉」


 と、慶斗が廉をヒョイっと肩に担いだ。


「わー! 高ーい!」


「俺には統基がなんでへこんでんのかすら分かんねーから、お前らで話聞いてやってくれや。俺下で廉と遊んでるから」


 慶斗が廉を担いだまま部屋を出て行った。


 ……あいつ……小柄な方とは言え小5の廉をあんなに軽々と担いでくなんて、クズのくせにカッコイイー。ありゃあ、モテるんだろうなー。


 俺と孝寿がベッドに座り、亮河と悠真がその前に立っている。デカい2人が立ってると、威圧感あるー。


「いや、てか俺も統基が何へこんでんのか分かんねーんだけど。相手ブスだったの?」


「そういう問題じゃねーわ! 普通にかわいいし!」


 悠真も分かんねータイプかよ。悠真も担いでけ、慶斗!


「統基には好きな子がいるんだよ」


「じゃあ好きな子とやりゃいいじゃん」


「できるならやっとるわ!」


 え、てか、むしろ比嘉となんてやりにくくなってない?


 橋本さん、私好みに色々教えてみたかったって言ってたんだけど。俺記憶完璧にあるわ、やっぱり。


 完璧に橋本さん好みの記憶が……。


「あ―――」


 くせの強い自分の髪をわしゃわしゃにしてしまう。


 せめて、せめて記憶がなければギリノーカンにできたかもしれないのに! 思い出すだけで橋本さんを呼び出したくなるくらい記憶ある!


 どれ? どれが一般的で、どれが橋本仕様なの?! 分かんねえ! だって俺、何も知らない無垢な少年だったんだから!

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